第9話 水城奏は数字に厳しい
翌日の昼休み、水城さんは昨日と同じように俺たちの席までやってきた。
ただし、今回は説教をするような顔ではなかった。片手に持ったタブレットをこちらへ向けながら、お嬢様の机の前で足を止める。
「昨日の配信、見たわ」
「それはどうも。今度は危なっかしくなかったでしょう?」
お嬢様は待っていたとばかりに胸を張った。
昨日は一時間の探索を予定通り終え、シールドもほとんど減らさず帰ってきた。俺が戦闘へ参加することもなかったので、水城さんが前日に指摘した問題については一応改善できている。
水城さんもそこは認めるらしく、素直に頷いた。
「昨日についてはね。ちゃんと撤退基準も決めていたし、戦い方も初回よりずっと慎重だった。そこは普通に良かったと思う」
「でしょう? 私だって一度言われれば分かるのよ」
「一度で分かるなら最初からやってほしかったけど」
最後に一言余計なところは変わらない。
お嬢様が睨んでも、水城さんは気にした様子もなくタブレットを操作している。
昨日話したときにも思ったが、彼女は相手が誰であろうと必要なことはそのまま言うらしい。お嬢様のような人間を相手にすると多少は遠慮する者もいるが、水城さんにはその辺りがない。
俺としては分かりやすくて助かる。
「それで、今日は何です?」
「九条君に用事があるわけじゃないんだけど」
俺が聞くと、水城さんは少しだけ困ったようにこちらを見た。
「十六夜さんが昨日の数字をどう見てるのか気になって」
「六千八百人よ」
お嬢様が即答する。
「配信終了時点の同時視聴者数は六千八百二十一人。登録者も二万七千人を超えたわ。どう? 文句ある?」
「数字そのものに文句はないわよ。十分すごいと思う」
珍しく素直に褒められたせいか、お嬢様の表情が少し得意げになる。
水城さんはそのままタブレットを机へ置いた。
画面には昨日のお嬢様の配信ページが表示されている。
「ただ、昨日の配信で一番視聴者が増えたところ、どこだと思う?」
「私が三体目を倒した辺りじゃない?」
「違う」
「じゃあ、最後?」
「九条君の名前をうっかり出したところ」
お嬢様の顔が固まった。
俺も画面を見る。
水城さんが表示しているのは配信中の視聴者数を時間ごとにまとめたグラフらしい。細かい数字までは俺には分からないが、確かに途中で一度急に伸びている部分があった。
「その前から順調に増えてるけど、ここだけ伸び方が大きいの。コメントも一気に増えてる」
「偶然よ」
「そうかもしれない。でも無視する数字でもないでしょう」
お嬢様は不満そうに俺を見る。
俺に見られても困る。
「昨日も言いましたが、初回で珍しがられた影響が残っているんでしょう」
「九条君、本気でそう思ってる?」
水城さんがこちらを見る。
「他に理由がないので」
「男の探索者が珍しいのは事実よ。でも、それだけなら探索者登録した男性が全員話題になってるはずでしょう」
言われてみれば、それもそうかもしれない。
男性探索者は少ないとはいえ、俺一人というわけではない。
それでも、俺の場合はお嬢様の初配信で偶然戦闘が映ったという事情がある。そこまで含めれば珍しいのではないかと思うが、水城さんは納得していないようだった。
「しかもコメントを見る限り、単に男だから見たいって人だけじゃないのよ」
水城さんが画面を切り替える。
『今日もずっとカメラやってるの?』
『征司くんマジで出てこないな』
『お嬢様しか映さないの徹底してる』
『名前呼ばれたときだけ一瞬カメラぶれたの草』
『護衛なのに自分が目立つ気ゼロなの好き』
『十六夜様と従者の関係もっと見たい』
俺は最後まで読み、少し考えた。
「やはりお嬢様との関係込みで珍しがられているんでしょう」
「どうしてそう徹底して他人事なのよ」
水城さんが呆れた顔をする。
隣ではお嬢様が腕を組んだまま、何とも言えない表情でコメントを見ていた。
自分の配信で俺の話をされることが気に入らないのだろう。
「まあいいわ。九条君本人が出たくないなら、無理に出す必要はないと思う。むしろ今のところはそれで正解じゃない?」
「どういうことよ」
お嬢様が反応する。
「気になるのに映らないから、余計に気になるんでしょう。毎回顔を出して喋ってたら、ここまで話題になってないかもしれないし」
そういうものなのだろうか。
配信に詳しくない俺には判断できない。
水城さんは俺ではなくお嬢様へ向き直った。
「ただし、九条君だけで数字を取ろうとするのはやめた方がいいと思う」
「するわけないでしょう」
お嬢様は即座に答えた。
さっきまでの不満そうな顔とは違い、今度はかなり真面目だった。
「これは私の配信よ。征司を見たい人がいるからって、征司を見世物にするつもりはないわ」
「そこまで言ってないけど。でも、その考えならいいんじゃない」
俺はお嬢様を見る。
本人にとっては当たり前のことらしく、こちらを気にしている様子もない。
俺としても助かる。
撮影と護衛なら構わないが、自分がカメラの前で何か喋れと言われても困る。昨日のようにお嬢様が自分だけで配信を成立させられるなら、その方がいい。
「前に言っていたのは、こういうことですか」
俺がタブレットのグラフを見ながら尋ねると、水城さんがこちらを見る。
「何が?」
「配信者ごとの数字を見比べるのが好きだと話していたでしょう。単純な再生数を見るだけではなく、どの場面で視聴者が増えたのかまで確認するんですね」
昼休みに聞いたときは趣味として数字を眺めている程度に考えていたが、実際に見せられると想像していたより細かい。配信中の視聴者数だけでなく、コメントの内容まで照らし合わせて、どの出来事が数字に影響したのかを確認しているらしい。
「せっかく数字が出てるんだから、見るならそこまで見た方が面白いでしょう。もちろん、これだけで原因を断定できるわけじゃないけど」
「奏、昔からこうなのよ。私に配信者の話をするときも、誰が何万人になったって話より、どうして増えたのかばかり気にしてたもの」
「十六夜さんだって結構聞いてたでしょう」
「面白かったから聞いていただけよ」
お嬢様は当然のように答えた。
以前から二人の間ではこういう話をしていたのだろう。お嬢様が配信を始めるきっかけの一つになったと聞いたときは意外だったが、水城さんが普段からこんな調子で話していたのなら、興味を持った経緯も何となく想像できた。
水城さんは小さく咳払いして、再びタブレットへ視線を落とした。
「とにかく、今は初回の話題が残ってる時期だから、何をやってもある程度は数字が動くと思う。でも、一か月後も同じ人数が見てるかは別の話」
「昨日、私も征司に同じことを言ったわ」
「珍しくまともなこと言ってるじゃない」
「珍しくは余計よ」
お嬢様がむっとする。
俺は朝に見せられた火神すずという配信者の動画を思い出した。
百万人以上の登録者を抱える人間でも、そこまで行くには長い時間がかかっているらしい。
「では、しばらくは今の形で続けるのがいいんでしょうか」
「どうして私に聞くのよ」
水城さんは即座に返した。
「数字を見て気づいたことなら言えるけど、それを見て次に何をするかまで私が決めたら、十六夜さんの配信じゃなくなるでしょう」
「でも、奏の方が詳しいじゃない」
「詳しいのは見る方。実際に配信してるのはあなたなんだから、やりたいことくらい自分で決めなさいよ」
そこで答えそのものを渡さない辺りは、水城さんらしいと思う。
お嬢様もすぐに言い返さず、しばらくタブレットに表示された数字を眺めてから腕を組み直した。
「なら、当面はダンジョン攻略を続けるわ。私はまだFランクだし、配信者として以前に探索者として実績がないもの。まずはそこを上げる」
「それなら分かりやすいんじゃない? 成長してるところも見せられるし」
水城さんが頷く。
お嬢様は褒められたのが嬉しいのか、少し口元を緩めた。
俺としても異論はない。
危険な階層へ急いで進まないのであれば、お嬢様が経験を積むこと自体には賛成だった。
昼休みの終わりが近づき、水城さんがタブレットを閉じる。
「じゃあ、私は戻るから。次も無茶しないようにね」
「分かってるわよ。昨日はちゃんとできたでしょう」
水城さんはそこで俺にも視線を向けた。
「九条君が一緒なら、危ないところでは止めるでしょうし、そこはもう心配してないけど」
「もちろんです」
「……終わったあとまで何でも先回りして世話を焼くのは、また別の話だからね」
「それに何か問題が?」
「ほら、そういうところ」
水城さんは呆れたように笑い、そのまま自分の席へ戻っていった。
俺が隣を見ると、お嬢様はまだ配信の数字を眺めている。
「何か思いつきましたか」
「しばらくは探索者として強くなるわ。せっかく見てくれている人がいるんだから、昨日と同じことを毎日やっていても仕方ないもの」
「それなら、今日から少し訓練を増やしますか」
「征司の訓練?」
「基礎からですが」
お嬢様は一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「……配信だけ頑張るという選択肢は?」
「ありません」
「奏、やっぱり余計なこと言ったわね」
そう言いながらも、本気で断るつもりはないらしい。
今までなら有名になることだけを考えていたお嬢様が、探索者として強くなることまで考え始めた。
少なくとも、最初にダンジョン配信を始めると言い出した頃よりは、次に何をするべきか自分で決められるようになっていた。
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