第10話 カメラに映ってしまいました
数日後、俺たちは三度目の配信のために東京第三ダンジョンへ入っていた。
前回までと違い、今日は最初から少し奥まで進む予定になっている。お嬢様が浅層の魔物にはだいぶ慣れてきたこともあり、協会が初心者向けとして指定している範囲の中で、まだ配信では訪れていない区域を選んでいた。
水城から「同じ場所ばかり映していたら視聴者も飽きるんじゃない」と言われたらしく、お嬢様も珍しく事前に地図を調べている。
「この先に地下湖があるのよ。規模は小さいみたいだけど、水晶みたいな鉱石が壁に出ることもあるらしいわ」
『観光配信になってきた』
『ダンジョンってこういう場所もあるんだ』
『お嬢様今日は平和そう』
『征司くんいる?』
最後のコメントは見なかったことにした。
名前を知られてからというもの、俺について聞く人間はむしろ増えている。お嬢様本人の人気も順調に伸びているので、俺だけが目当てというわけではないのだろうが、毎回一定数はこういうコメントが混ざる。
俺は相変わらずカメラの後ろだ。
昨日からお嬢様の基礎訓練も始めているため、歩き方や剣を構えたときの姿勢には少しずつ変化が出ている。何でもすぐ身につくほど都合よくはいかないが、自分でやると決めたことには真面目なので、教える側としては楽だった。
「征司、もう少し広く撮れる?」
俺は一歩下がり、画角を調整した。
お嬢様の全身と、その奥に続く通路まで入る。
「そう。それでいいわ」
『相変わらず会話がジェスチャーだけ』
『声出さないの徹底してんな』
『お嬢様には通じてるの面白い』
この程度なら慣れた。
俺が喋らない方が、お嬢様も自分で配信を進めることになる。結果として本人の話し方も少しずつ上手くなっていた。
通路の先へ進むと、足元が緩やかに下り始める。
しばらくして水の流れる音が聞こえ、開けた場所へ出た。
地下湖と呼ばれてはいるが、俺が想像していたほど大きくはない。学校のプールを二つ並べた程度の水面があり、その向こう側の岩壁に青白い光が点々と浮かんでいる。
「見て。あれじゃない?」
お嬢様が指差す。
岩壁の一部から、透明な結晶が何本も伸びていた。
『うお、綺麗』
『天然の魔晶石?』
『採取できるやつ?』
『結構珍しくね?』
お嬢様も興味を持ったらしく、普段より足早に水際へ近づく。
俺は念のため周囲を確認した。
魔物の姿はない。
水中に何かいる可能性もあるので近づきすぎないよう手で示すと、お嬢様は分かっているというように一度頷いた。
「採っていいものなのかしら」
俺は首を横に振った。
所有区分までは確認していない。
勝手に採取して問題になるくらいなら、見るだけにした方がいい。
「そうね。今日は配信しに来ただけだもの」
珍しく素直だ。
お嬢様は水晶を見ながらしばらくコメントを読んでいたが、突然こちらへ手を伸ばした。
「ちょっと貸して」
俺はカメラを持ったまま首を傾げる。
「私が近くから撮ってくるわ。その方が綺麗に映るでしょう」
確かに、俺が今いる位置からではお嬢様と岩壁を同時に映すため距離を取っている。
水晶だけを近くから撮るなら本人が持った方が早い。
周囲に危険もない。
俺はカメラを手渡した。
「こう持てばいいのよね?」
俺は親指を立てる。
「任せなさい。これくらい私にだってできるわよ」
お嬢様は楽しそうに水晶へ向かった。
俺はその場に残り、代わりに周囲の警戒へ集中する。
カメラが俺の手から離れると、両手が空くのでこちらの方が護衛としては楽だった。
『お嬢様カメラマン』
『近い近いw』
『手ブレすごい』
『征司くん返して』
「うるさいわね。初めてなんだから仕方ないでしょう」
どうやら撮影はあまり上手くないらしい。
俺からは画面が見えないが、コメントを見る限りかなり揺れている。
お嬢様は何度か位置を変え、壁から伸びた水晶を正面から撮ろうとする。
「これなら綺麗でしょう?」
『おお』
『今度はいい』
『青いの綺麗だな』
成功したらしい。
俺も岩壁へ視線を向ける。
確かに近くで見ると、結晶の内部に薄い光が流れているように見えた。ダンジョンが現れる以前には存在しなかった鉱物らしく、装備やシールドの材料としても利用されていると聞いたことがある。
「せっかくだから、湖の方も映しておきましょうか」
お嬢様がその場で身体を回した。
カメラも一緒に大きく動く。
そのレンズが、こちらを向いた。
俺は何をしているのか理解するまで少し時間がかかった。
お嬢様も同じだったらしい。
二秒ほど、俺たちはカメラ越しに顔を合わせた。
『!?』
『男映った』
『待って』
『征司!?』
『初顔出し!?』
『でっか』
『想像よりゴツいんだけど』
『え、こっち見てる』
『肩幅すご』
コメント欄の速度が一気に上がった。
お嬢様が慌ててカメラを水面へ向ける。
「今のは事故よ!」
『もう遅い』
『見ました』
『切り抜きました』
『二秒あったぞ』
『顔普通に見えた』
『怖そう』
『でも思ってたより全然あり』
『いや私はかなり好き』
『守られる系じゃなくて守る系の男だこれ』
俺は近づき、お嬢様へ手を差し出した。
「返します!」
カメラを受け取る。
画面を見ると、さっきまで四千人台だった同時接続者数が急に増え始めていた。
「……すみません。俺も気づくのが遅れました」
「征司が謝ることじゃないわ。私がカメラを向けたんだから」
お嬢様はそう言いながら、明らかに不機嫌そうにコメント欄を睨んでいる。
『もう一回映して』
『ちゃんと顔見たい』
『声も聞きたい』
『お嬢様そこ代わって』
『従者ってマジだったんだな』
『あれに守られてんの羨ましい』
「誰が代わるものですか」
お嬢様が小さく呟いた。
配信中なので普通に拾われている。
『独占欲w』
『今の聞いたぞ』
『お嬢様かわいい』
『征司くん逃げて』
俺としては、何から逃げればいいのか分からない。
顔が映ったこと自体は、今さら大きな問題ではないだろう。
学校ではすでに俺が撮影役だと知られているし、名前も配信で出ている。顔まで知られたことで街中で気づかれる可能性は増えるかもしれないが、お嬢様ほど注目されるとは考えにくい。
それより気になったのは、コメント欄の反応だった。
予想していた通り、好意的なものばかりではない。
『やっぱ男にしてはゴツすぎる』
『もう少し細い人想像してた』
『怖くない?』
その辺りは理解できる。
俺自身、世間で好まれる男性像から外れている自覚はある。
ただ、その直後には、
『そこがいいんだろ』
『女守ってあの戦い方するなら納得の体格』
『ぶっきらぼうそうなの好き』
『男に守られるってちょっと憧れるかも』
そんな反応に混じって、数は多くないものの妙に勢いのあるコメントも流れていた。
俺は少しだけ画面を見たあと、カメラをお嬢様へ向け直す。
「何?」
俺は手で先を示した。
そろそろ探索へ戻ろう、という意味だ。
「そうね。いつまでも征司の話をしている場合じゃないわ」
『露骨に話題変えたw』
『お嬢様嫉妬してる?』
『次も顔出しお願いします』
「しないわよ!」
お嬢様はいつもより強く言い切った。
その後の探索では、俺が二度と画角へ入らないよう、お嬢様が何度もこちらの位置を確認していた。
珍しいものを撮るために始まった寄り道だったはずなのに、配信終了時のコメント欄では水晶より俺の話をしている人間の方が多かった。
俺としては不本意だったが、少なくとも次からは、お嬢様にカメラを渡すときもレンズの向きを確認した方がよさそうだった。
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