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第11話 偶然を当てにするのは配信じゃない

 顔が配信に映った翌日も、学校へ入った瞬間から昨日までとは違う視線を感じた。


 もっとも、俺にとっては予想していた範囲ではある。昨夜のうちにお嬢様の配信から切り抜かれた動画がいくつも投稿されており、俺が二秒ほど映っただけの場面も妙に拡散されていた。普段ほとんど姿を見せない注目されてた男の撮影係が突然映ったのだから、しばらく話題になるのは仕方がない。


 廊下を歩いていると、すれ違った女子の何人かがこちらを見たあと、小声で話している。


「本当に大きいんだ」

「私はもうちょっと細い方が好きかな」

「でも昨日の戦ってる動画と一緒に見ると、あれくらいの方がよくない?」

「男に守ってもらうって、ちょっと想像できないけどね」


 最後まで聞くつもりはなかったので、そのまま教室へ入った。


 少なくとも、全員から好意的に見られているわけではないらしい。


 昨夜のコメントにも似たものはかなりあった。男にしては体格が大きすぎる、怖そう、もっと細いと思っていた、という意見は珍しくなかったし、その反対に妙に熱心に褒める人間もいた。


 ネットというのは、普段なら近くに何人いるか分からないような趣味の人間でも一か所へ集まれる。


 お嬢様の言っていた一過性のバズというものに乗って、そういう変わった好みの人たちまで動画を見に来ているのだろう。


 俺が席へ向かうと、先に来ていたお嬢様がスマートフォンから顔を上げた。


 その視線は一度俺へ向いたあと、そのまま俺の後ろへ流れる。


 廊下側では、さっき俺を見ていた女子の何人かがまだこちらを気にしているらしい。目が合うと慌てて顔を逸らしたので、おそらく昨夜の映像について話していたのだろう。


「征司。今、また見られてたでしょう」

「昨日の映像がありますからね。しばらくすれば落ち着くと思います」

「そういう話をしてるんじゃないのよ」


 お嬢様は何が不満なのか、俺の顔をじっと見る。


 俺が顔を知られたこと自体は、昨夜の時点である程度納得していたはずだ。それなのに、今朝から誰かが俺を見るたびに微妙に機嫌が悪くなっている。


「何か問題が?」

「……別に」


 別に、と言いながら、お嬢様は明らかに納得していない顔をしていた。


 そのまま椅子から立ち上がると、わざわざ机を回り込んで俺のところまで来る。そして何の断りもなく俺の腕へ両手を回した。


「お嬢様?」

「何よ」

「いえ、急にどうしたのかと思いまして」

「ちょっと立ちたくなっただけよ」

「それなら俺の腕は必要ないでしょう」

「細かいことを気にしないの」


 そう言って、むしろ先ほどより腕に力を入れる。


 肩が触れる程度ではなく、ほとんど体の横を預けるような距離だった。家にいるときならともかく、教室でここまでくっついてくるのは珍しい。


 しかも、お嬢様は俺を見ていない。


 俺の腕を抱えたまま、先ほどこちらを見ていた女子たちの方へちらりと視線を向けている。


 それに気づいた女子の一人が、気まずそうに友人との会話へ戻った。


 すると、お嬢様はようやく少し満足したように俺の方を見る。


「……あんまり気にしなくていいから」

「何をです?」

「ネットで騒いでる人も、学校で見てくる人もよ。昨日まで征司のことなんてほとんど知らなかったくせに、顔が映った途端に好きだの格好いいだの、勝手なことばっかり言って」


 思ったより本気で腹を立てているらしい。


「好意的に見られる分には、特に困りませんが」

「私は困るの」

「お嬢様が?」


 聞き返すと、お嬢様は一瞬だけ黙った。


 何か言いかけたように唇を動かしたあと、俺の腕を抱える力がまた少し強くなる。


「……征司はずっと私のところにいたんだから」


 小さな声だった。


「急に出てきた人たちに、勝手に知ったような顔をされるのが気に入らないのよ」


 理屈として分からなくはない。


 俺は幼い頃から十六夜家に仕えていて、お嬢様とは学校でも家でも、没落してからもほとんど一緒にいる。そんな人間が急にネットで知られ、昨日まで存在すら知らなかった相手から好き勝手に評価されているのだから、お嬢様からすれば自分の身近なものを勝手に触られているような感覚なのかもしれない。


 昔から所有物へのこだわりが強かった記憶はないが、今回は俺自身だけでなく十六夜家の配信にも関わる話だ。余計に気になるのだろう。


「俺は別にどこかへ行きませんよ」

「……分かってるわよ」


 俺としては単に、ネットで多少騒がれた程度で従者の仕事を辞めたり、お嬢様の側を離れたりするつもりはないという意味だった。


 だが、その言葉を聞いたお嬢様は少しだけ目を細めた。


「分かってるけど、ちゃんと言っておきたかっただけ」


 何を、とは言わなかった。代わりに俺の腕へ頬が触れそうなほど近づき、そのまま離れる気配もない。


 周囲からは先ほど以上に視線が集まっている。


 むしろ注目を避けたいなら逆効果だと思うのだが、お嬢様は気にするどころか、視線が増えるほど俺の腕を抱え込む力を強めていた。


 どうやら俺を見られること自体が嫌なのではなく、昨日まで俺を知らなかった女子たちに、好き勝手に興味を持たれることが気に入らないらしい。


 俺は昔からお嬢様の従者として側にいる。そのことを周囲に示したいのなら、俺としては止める理由もなかった。


 俺が特に抵抗しなかったことで納得したのか、お嬢様はようやく少し機嫌を直した。それでも腕を離すつもりはないらしい。


 そうこうしているうちに、スマートフォンの画面には通知が次々と増えていた。


「それで、昨日の数字はどうだったんです?」

「配信終了後のアーカイブが朝までに十四万。登録者は四万を超えたわ」


 数日前まで登録者がほとんどいなかったことを考えれば、十分すぎる数字だ。


「順調ですね」

「当然よ。まあ、昨日は予定していた水晶より別のものが話題になってしまったけれど」

「事故だったので仕方ないでしょう」


 お嬢様の視線が俺へ向く。


「征司は本当に気にしてないの?」

「顔が知られたことですか?」

「それもあるけど、自分があれだけ騒がれてること」


 俺は少し考えてから首を傾けた。


「今だけでしょう。否定的なコメントも普通にありましたし、お嬢様の配信が一時的に大きく広まって、その中に俺みたいな男を好む変わった人が多く集まっただけだと思います」

「変わった人って……」


 お嬢様が呆れたような顔をしたところで、横からため息が聞こえた。


「九条君って、自分のことになると数字の見方が急に雑になるのね」


 いつの間に来ていたのか、水城さんが俺たちの机の横に立っていた。


 相変わらず片手にはタブレットを持っている。


「否定的な意見があるから、一部の変わった人が騒いでるだけっていうのはさすがに乱暴じゃない?」

「でも、実際に好みではないという人もいましたよ」

「全員に好かれる人間なんているわけないでしょう」


 そう言われると、その通りではある。


 水城さんはタブレットを操作し、昨日の配信に関する数字を表示した。


「顔が映った直後から同時視聴者が増えてるし、その後の切り抜きも他の場面より伸びてる。少なくとも『男だから珍しい』だけじゃなくて、九条君自身に興味を持ってる人が相当いるのは事実だと思う」

「ネットなら同じ好みの人が集まりやすいだけでは?」

「それを一万人単位で集められるなら、十分人気って言うのよ」


 俺にはいまひとつ実感がない。


 学校で顔を知られているのと違って、画面の向こうにいる数万人は姿も見えない。同じ教室にいる何十人かの女子から見られる方が、数字だけ何万人と言われるより現実味があった。


 水城さんは俺がまだ納得していないと分かったらしく、追及するのを諦めたように肩を落とした。


「まあ九条君の自己評価については今はいいわ。それより十六夜さん」


 話を振られ、お嬢様が俺の腕を抱えたまま水城さんを見る。


「何よ」

「次の配信、何するか決めた?」

「もちろんダンジョンへ潜るわよ。この前も言ったでしょう。まず探索者として実績を作るって」

「それは目的でしょ。配信として何をするのかって話」


 お嬢様が少し黙った。


 俺も横から彼女を見る。


 確かに、これまで三度の配信は毎回大きく数字が伸びているが、その理由を振り返ると予定通りだったものばかりではない。


 初回は本来出ないはずのホーンハウンド。


 二回目はお嬢様が俺の名前を口にした。


 三回目はカメラが偶然こちらを向いた。


 お嬢様自身の戦闘や話し方を見に来ている人も増えているが、一気に数字が跳ねた場面だけを見れば偶然が多い。


 水城さんも同じことを考えていたらしい。


「今まで運が良かっただけとは言わないわ。十六夜さん自身を見てる人も増えてるし、九条君との関係が面白いって人もいる。でも、配信するたびに何か事故が起きることを期待するのは危ないでしょう」

「期待なんてしてないわよ」

「十六夜さんがそうでも、視聴者は期待するようになるかもしれないってこと」


 水城さんはそこで一度区切り、少し真面目な表情になる。


「昨日みたいに顔が映る程度ならいいけど、最初のホーンハウンドみたいな事故がまた数字を伸ばしたらどうするの? 前回は戦ったから、次も少しくらい無茶した方が盛り上がるって考え始めたら一番まずいと思う」


 お嬢様の腕に入っていた力が少し緩んだ。


 俺も反論する気にはならなかった。


 初回のことを考えれば、水城さんの懸念はもっともだ。


「それは俺も同意します」

「征司まで?」

「偶然起きたことを利用するのと、偶然が起きることを前提にするのは別でしょう」


 護衛の立場からすれば、予定外の出来事は少ない方がいい。


 お嬢様が安全に探索し、それでも見てもらえる方法を考える必要があるなら、その方が俺としても助かる。


 水城さんは俺の言葉に頷いた。


「そういうこと。別に派手な企画を毎回やれって言ってるんじゃないの。ただ、今日は何を見せる配信なのかくらいは決めた方がいいんじゃない?」


 お嬢様はしばらく黙っていたが、やがて俺の腕から離れると自分の席へ戻った。


 机に置いたスマートフォンを眺めながら、考え込む。


「……だったら、次は征司に習ってる訓練の成果を見せるわ」

「訓練の成果ですか」

「前回より少し難しい区域へ行って、私はどれだけ戦えるようになったのかを見てもらう。それなら探索者として実績を積む目的とも合うでしょう?」


 水城さんが少し考えたあと頷く。


「悪くないと思う。少なくとも『今日は何か面白い事故が起きるといいな』よりずっとまとも」

「誰がそんなこと言ったのよ」


 お嬢様は不満そうだったが、自分で次の内容を決めたことには少し満足しているらしい。


「ただし、少し難しい区域へ行くなら事前に条件を決めます」

「またそれ?」

「撤退するシールド残量、相手の数、予定時間です。配信前に全部確認します」

「分かったわよ。そこまで言うならちゃんと決めるわ」


 以前なら面倒そうに流していたところだが、今回は素直に了承した。


 水城さんもそれを聞いて満足したらしく、タブレットを閉じる。


「それなら私は何も言わない。偶然は起きたら利用すればいいけど、偶然が起きないと成立しない配信にはしないことね」

「分かってるわ」


 話がまとまったところで、朝の予鈴が鳴った。


 水城さんが自分の席へ戻り、お嬢様もようやく授業の準備を始める。


 俺は自分の席へ戻る前に、もう一度スマートフォンの画面を覗いた。


 昨日の俺が映った切り抜きには、朝になっても新しいコメントが増え続けている。


 好意的なものもあれば、やはり好みではないというものもある。


 これだけ意見が割れているのだから、やはり万人受けするタイプではないという認識自体は間違っていないはずだ。


 ただ、水城さんの言う通り、好んでくれる人間が想像していたより多い可能性くらいは認めてもいいのかもしれない。


 それはそれとして、次の配信で俺がやることは変わらない。


 予定外の出来事など何も起きず、お嬢様だけがしっかり成果を残せるなら、その方がずっといい。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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