第12話 男の手料理は珍しいらしい
放課後、水城さんが十六夜家へ来ることになった。
きっかけは昼休み、お嬢様が次の配信で訓練の成果を見せると決めたことだった。探索する区域や撤退条件まで確認しているうちに話が長くなり、お嬢様が「だったら家で続ければいいでしょう」と誘ったらしい。
俺としても異論はない。
水城さんはここ数日、お嬢様の配信について客観的な意見をくれている。本人は運営を手伝うつもりはないと言っているが、視聴者に近い立場から気になった部分を指摘してもらえるだけでも十分ありがたかった。
「ここが十六夜さんの家……?」
門を入ったところで、水城さんが足を止めて屋敷の様子を見渡す。
昔に比べれば使っていない建物も増えたが、本館そのものは今も問題なく住める。庭も最低限は手入れしているので、外から見て困るような状態ではない。
「本当に名家だったのね。思っていたよりも大きい」
「没落したとはいえ十六夜家ですもの。このくらいは普通よ」
お嬢様は水城さんの驚きを当然のものとして受け取ったらしく、どこか誇らしげに胸を張った。
維持するだけでも相応に手間のかかる屋敷なのだが、お嬢様にとっては幼い頃から暮らしてきた自宅なので、本人にはそれほど大きいという感覚がないのだろう。
俺は玄関扉を開けると、自分は脇へ寄って二人を先に通した。外観と同じく屋敷の中も古い西洋建築をそのまま残しており、玄関ホールには高い天井と幅の広い階段がある。昔は来客を迎える使用人も何人かいたらしいが、今では広い空間だけが当時の名残を伝えていた。
「どうぞ」
「ありがとう。……九条君もここに住んでるの?」
「はい。今はお嬢様と二人です」
ホールを見回しながら歩いていた水城さんが、その言葉を聞いたところで足を止めた。
「二人?」
「両親は海外にいるの。征司の両親も一緒よ」
「だから現在は俺がお嬢様のお世話をしています」
俺としては今の生活状況をそのまま説明しただけだったのだが、水城さんはなぜか黙り込み、俺とお嬢様の顔を交互に見比べた。何か引っかかるところがあるらしいものの、本人が聞いてこない以上、こちらから付け加えて説明するほどのことでもないだろう。
「こっちよ」
お嬢様に促されて居間へ向かう二人の後ろをついていき、俺は荷物を置いてからそのまま台所へ向かった。客を連れてきた以上、まずは飲み物くらい用意しておいた方がいい。
話をするだけなら飲み物があれば十分だが、今日は水城さんも一緒なので菓子も用意しておいた。お嬢様は甘いものを好むし、水城さんについても昼休みに持っているものを何度か見ていたので、苦手ということはないはずだ。
紅茶を淹れ、焼いておいた小さなタルトを皿へ載せる。
居間へ戻ると、お嬢様と水城さんはすでにタブレットを広げて次の探索区域について話していた。
「お待たせしました」
二人の前へカップを置く。
お嬢様の紅茶にはいつも通り少量の蜂蜜を入れてある。水城さんの好みは知らないので、砂糖とミルクは別にした。
「今日は林檎のタルトです」
「征司が作ったの?」
「はい。昨日、いい林檎が安かったので」
お嬢様は特に珍しがることもなくフォークを手に取った。
「これ好き。前に作ったやつより少し薄くない?」
「今日は紅茶と一緒なので、その方が食べやすいかと思いまして」
「なるほどね」
水城さんだけが皿と俺を交互に見ている。
「どうしました?」
「これ、本当に九条君が作ったの?」
「そうですが」
特別なものではない。
生地も昨日のうちに仕込んでおけば、それほど手間はかからない。俺の場合、お嬢様の食事を用意するのは以前からやってきたことなので、菓子を一品追加する程度なら負担にもならなかった。
水城さんはまだ手をつけず、少し戸惑ったようにお嬢様を見る。
「十六夜さん、いつもこうなの?」
「いつもって?」
「九条君が料理したり、お茶を淹れたり」
「そうだけど?」
お嬢様は本当に質問の意図が分からないらしい。
「朝も夜も征司が作ることの方が多いわよ。私が作れないわけじゃないけど、征司の方が上手いもの」
「お嬢様も簡単なものであれば作れます。ただ、俺がいる以上、家のことまでお嬢様に任せる必要はありません」
お嬢様には配信や探索の準備もあるのだから、俺にできることまでわざわざ負担してもらう理由はない。
水城さんは俺の言葉を聞いたあと、なぜかカップへ目を落とした。
「男の子に、ここまでしてもらうの初めてなんだけど」
「そうなんですか?」
「普通は逆でしょう。少なくとも私は、友達の家に遊びに行って、その家のお父さんやお兄さんにお茶を淹れてもらったことなんてないでしょ」
世間一般ではそうなのかもしれない。
男の数が少ない以上、女性側が気を遣う機会の方が多い。俺は十六夜家で従者として育ったので、家の中での役割について一般的な感覚と多少ずれている自覚はある。
「では、せっかくなので食べてみてください。水城さんにはお嬢様が何度も助言をいただいていますから、そのお礼でもあります」
「私、そんな大したことしてないわよ」
「役に立つかどうかを決めるのは受け取った側です。お嬢様が配信について考えるきっかけを何度も作ってもらっています」
水城さんは少し黙ったあと、ようやくフォークを手に取り、タルトを小さく切って口へ運んだ。
「すごくおいしい」
「ありがとうございます」
「九条君、普通にこういうの作れるんだ……」
すぐに表情が緩んだところを見る限り、味は問題なかったらしい。
「征司は大抵のことはできるわよ」
お嬢様がなぜか自分のことのように得意げに言う。
そこまで大したことをしているつもりはないが、お嬢様がそう評価してくれるのであれば否定する必要もない。
「料理だけじゃないわよ。掃除もするし、服の手入れもできるし、私の予定もだいたい覚えてるから」
「お嬢様が外で困らないようにするのも仕事ですから」
水城さんの視線がまたこちらへ戻った。
さっきから妙に見られている気がする。
「何です?」
「いや……九条君って、学校にいるときと家にいるときで結構違うなと思って」
「そうでしょうか」
「学校だともっと、近寄りがたい感じするから」
それは初めて言われた。
俺としては学校でも家でも同じようにしているつもりだが、必要がなければ人と話す方ではないので、そう見えるのかもしれない。
「征司は昔からこんなものよ。愛想がないだけで、気が利かないわけじゃないもの」
「褒めても何も出ませんよ」
「別に何か欲しくて言ってるわけじゃないわよ」
お嬢様はそう言いながら、もう一切れタルトを取った。
その言葉を聞いて水城さんも少し笑っている。
食事が落ち着いたところで、本題へ戻ることにした。
次の配信で向かう予定の区域は、今までより魔物の出現数が多い。ただし個体ごとの強さは大きく変わらず、複数を相手にする判断を学ぶにはちょうどいい場所だった。
「お嬢様の場合、一体ずつなら浅層の魔物にはかなり慣れています。次は複数相手でも位置を崩さず戦えるか確認したいです」
「つまり、征司の訓練がちゃんと身についてるところを見せればいいのね」
「はい。ただし、三体以上が同時に来た場合は俺が判断します」
お嬢様は頷き、地図へ目を落とすと水城さんも横から画面を確認した。
「ちゃんと決めてるのね」
「お嬢様が成果を見せる配信ですから。安全に終わらなければ意味がありません」
「九条君、十六夜さんのことになると本当に真面目よね」
当然のことを言われた気がする。
「お嬢様は十六夜家を立て直すために努力しております。俺ができるのは、その邪魔になる危険を減らすことくらいです」
「くらいって……」
水城さんがまた何とも言えない顔をした。
俺が首を傾げると、お嬢様が先に口を開いた。
「征司は本気でそう思ってるから気にしない方がいいわよ」
「十六夜さんも大変ね」
「そう? 私は別に普通だと思うけど」
お嬢様は何でもないことのように言い、紅茶を飲む。
俺としては、お嬢様が今の生活に不満を持っていないのであればそれでいい。
その後も三人で次の配信について確認し、水城さんが帰る頃には外が薄暗くなっていた。
玄関まで見送ると、水城さんは靴を整えてから一度こちらを振り返った。
「九条君、今日はありがとう。タルトも」
「こちらこそ、お嬢様の相談に付き合っていただいてありがとうございました」
「今度、お礼した方がいい?」
「必要ありません。今日は俺が招いた側ですから」
水城さんは少しだけ黙ったあと、小さく頷いた。
「そっか。じゃあ、ごちそうさま」
門を出ていく水城さんを見送り、俺は玄関の扉を閉めた。
居間へ戻ると、お嬢様が残っていたタルトを食べながらこちらを見る。
「征司。奏、帰るときちょっと変だったわね」
「初めてお屋敷に入ったんでしょう。十六夜家の客人として、粗相がないようにと少し緊張していたのかもしれません。水城さんに緊張させないようにするのも俺の仕事なのに申し訳ございません」
「……あなたはそう思うのね」
お嬢様はそれ以上何も言わずタルトを食べる。
俺も深く考える必要はないと思い、使ったカップを片づける。
水城さんがまた来ることがあるなら、次は好みを聞いておいた方がいいだろう。
せっかく客として来てもらう以上、お嬢様の友人には気持ちよく過ごしてもらいたかった。
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