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第7話 甘やかしているつもりはありません

 昼休みになると、お嬢様の友人である水城さんは本当に俺たちのところへやってきた。


 朝の話を聞いた限りでは、昨日の配信について何か言いたいことがあるらしい。教室では人の目もあるため、俺たちは水城さんに案内されて校舎脇の中庭へ移動した。


 中庭は昼食を取る生徒が何人かいる程度で、教室よりは話しやすい。


 改めて向かい合ってみると、水城さんはかなり真面目そうな印象の女子だった。背丈はお嬢様より頭半分ほど高く、黒に近い濃紺の髪を肩へ掛からない程度に伸ばし乱れたところがない。前髪も目に掛からないよう綺麗に整えられており、制服にも皺ひとつない。


 青みがかった瞳は少し吊り気味で、目元だけを見ればややきつい印象を受ける。怒っているわけではないのだろうが、こちらを見る視線が真っ直ぐすぎるせいで、何か間違ったことをすれば即座に指摘されそうな雰囲気がある。


 実際、その印象は間違っていなかった。


「最初に確認しておきたいんだけど、昨日出てきたホーンハウンドが浅層の通常出現個体じゃないことは分かってる?」


 水城さんは手にしていたタブレットを開きながら、お嬢様へ問いかけた。


「もちろん。帰ってから調べたわ」

「じゃあ、通常なら一つ下の区域で出る魔物で、初心者が単独で戦うことを推奨されていないのも?」

「それも知ってるわよ」


 お嬢様は少し不満そうだ。


 昨日の失敗について本人なりに反省しているので、そこを改めて指摘されるのが面白くないのだろう。


 水城さんはそんな態度を気にした様子もなく、画面を指で送った。


「あなたのシールド残量、戦闘開始時点で八十二。最初の突進で四十九、次の攻撃で二十一。二発受けた時点で、その魔物の攻撃をもう一度受ければほぼ確実にシールドがなくなることは分かっていたはずよね」

「だから二発目を受けてから退いたでしょう?」

「遅いのよ」


 即答だった。


 お嬢様の眉が寄る。


「一発目で三十三も削られた時点で、相手の攻撃力が想定を大きく上回っていると判断できる。あなたはまだ相手にどれだけ攻撃が通るかも分かっていなかったんだから、その場で撤退すべきだったでしょう」


 俺は黙って聞いていたが、水城さんの指摘は正しい。


 俺も最初から撤退を指示している。


 ただ、お嬢様が一度だけ試すと言った時点で止めなかったのは俺だ。シールドに八十二残っており、退路も確保できていたので、攻撃を一度受ける程度なら危険は少ないと判断した。


 結果として、その判断が甘かった。


「それについては俺の責任です」

「九条君?」


 水城さんの視線がこちらへ移った。


「俺も撤退すべきだとは考えていました。ただ、お嬢様が一度戦ってみると決めた時点で強制的には止めませんでした。相手の攻撃力を確認してからでも間に合うと判断したので」

「征司、別にあなたが謝るところじゃないでしょう」

「護衛として同行していた以上、俺にも責任があります」


 お嬢様が戦うこと自体は本人の判断だとしても、安全に帰すために俺がいる。


 それなら、昨日の結果をすべてお嬢様の判断ミスだけで片づけるのは違う。


 水城さんは俺をしばらく見てから、少し眉間へ皺を寄せた。


「九条君。あなた、十六夜さんの何なの?」

「従者です」

「それは昨日の配信を見れば分かるけど」


 分かるのなら何を聞いているのだろう。


 俺が返答に困っていると、水城さんが軽く息を吐いた。


「従者なら、危険なことをしようとしている主人を諫めるのも仕事じゃないの?」

「その通りです」

「だったら『自分の責任です』で庇って終わらせたら駄目でしょう」


 言われて、俺は昨日のことを思い返した。お嬢様を庇ったつもりはなく、自分にも止める機会があった以上、その責任について説明しただけのつもりだった。


「別に征司は私を庇ってないわよ。昨日だって護衛として一緒にいて、私を止めるかどうか判断してたんだから」

「そうやって二人で責任を分ければ反省しなくて済むと思ってる?」


 水城さんの言葉に、お嬢様が口を閉じた。


 その指摘には、俺も考えさせられた。俺が責任を引き受けることで、お嬢様自身が失敗について考える機会まで奪ってしまう可能性は、これまで意識したことがなかった。


 水城さんは俺の表情を見て、多少は話が通じると思ったのか、声を少し落ち着かせた。


「九条君が助けに入ったことを責めてるわけじゃないの。あの場面で前に出たのは正しいと思う。シールドがなくなってから転送されるまで何秒かある以上、そのままなら十六夜さんが怪我をしていた可能性もあるし」


 水城さんはそこでお嬢様を見る。


「私が言いたいのは、その状況になる前の判断よ。配信で盛り上がっていたからって、自分の限界が分からない相手と戦うのは駄目。次も九条君が間に合う保証なんてないでしょう」

「それは分かってるわ。昨日と同じことをするつもりはないわよ」


 お嬢様も今度は反発しなかった。


 自分でも、昨日は危険だったと理解しているのだろう。


「一発受けて削れ方がおかしかった時点で撤退する。相手が事前情報と違うなら、なおさらね。これでいい?」

「少なくとも昨日よりは」

「随分偉そうね」


 お嬢様が睨むと、水城さんは少しだけ肩をすくめた。


「命に関わることなら嫌われても言うわよ。それに、あなたこれからも配信するんでしょう? だったら一度の面白い映像より、何十回も無事に帰ってくる方が大事じゃない」


 朝、お嬢様自身が一過性のバズより長期的な人気が重要だと言っていたことを思い出す。


 似たような話を水城さんも当然のようにしているが、考えてみれば少し不思議だった。昨日の配信についても、シールドの減り方から撤退すべきタイミングまで確認しているし、単に友人の配信を一度見ただけにしては詳しすぎる。


「水城さんも配信をしているんですか」

「私はしてないわよ。見る方が好きなだけ」


 水城さんは特に隠すことでもないらしく、抱えていたタブレットを軽く持ち上げた。


「ダンジョン配信に限らず、配信者ごとの同時視聴者数の変化とか、どんな場面が切り抜かれて伸びるのかとか、話題になったあとに登録者がどれくらい残るのかとか。そういうのを見比べるのが好きなの。別に仕事でも何でもなくて、ただの趣味だけど」

「ただの趣味で表まで作ってる人がよく言うわね」


 お嬢様が呆れたように口を挟むと、水城さんはわずかに眉を寄せた。


「数字だけ眺めるより比較した方が分かりやすいでしょう」

「そういうところよ。前から私にも、今この配信者が伸びてるとか、この企画は最初だけ数字が出てそのあと落ちたとか、ずっと話してたじゃない」

「十六夜さんが聞いてくるから答えてただけよ」

「最初に話し始めたのは奏でしょう?」


 どうやら、お嬢様が配信について多少なりとも知識を持っていた理由は水城さんにあるらしい。


「それでお嬢様も配信に興味を持ったんですか」

「まあ、きっかけの一つではあるわね。奏から色々聞いているうちに、ダンジョンへ潜りながら大勢に自分を知ってもらえるなら面白そうだと思ったのよ。ちょうど十六夜家のために知名度を上げる方法も考えていたし、それなら私にもできるでしょう?」


 相変わらず思い切りのいい話ではあるが、何も知らない状態から突然ダンジョン配信を思いついたわけではなかったらしい。以前から水城さんを通して界隈の話を聞き、その中で自分にも使えそうだと考えて実際に始めたのなら、お嬢様らしい行動ではある。


 水城さんの方は自分で配信するつもりまではないようだが、見る側として長く数字を追っている分、少なくとも俺たちよりはこの界隈に詳しいのだろう。


 俺はそのまま頷いた。


「水城さんの言う通りだと思います」

「征司?」

「昨日と同じ失敗をしない方がいいでしょう」


 お嬢様は一瞬だけ俺を睨んだが、すぐに諦めたように息を吐いた。


「分かったわよ。次からはもっと慎重にやるわ」


 水城さんもそれ以上追及するつもりはないらしく、タブレットの画面を閉じた。


 話は終わったように見えたが、彼女は帰ろうとはせず、今度は俺へ視線を向けた。


「それと九条君」

「はい」

「あなたは十六夜さんを甘やかしすぎ」

「甘やかしてはいません」


 反射的に否定した。


 むしろ、家では勉強や生活について注意することも多い。装備を見た目だけで選ぼうとしたときも止めたし、ダンジョンに入る前には何度も安全確認をしている。


 水城さんは俺の説明を聞き、呆れたように目を細めた。


「本人が危険なことをしたら『俺の責任です』って前に出て、失敗しても結局全部面倒を見る人が、それを言う?」

「俺の役目ですから」

「それを甘やかしてるって言ってるのよ」


 言われても、やはり納得しきれない。


 俺が困ってお嬢様を見ると、本人はなぜか少し得意そうだった。


「仕方ないでしょう。征司は昔から私に甘いもの」

「お嬢様まで何を言っているんですか」

「奏の方が分かってるんじゃない?」


 それはさすがにないと思う。


 水城さんとは今日まともに話したばかりだ。


 ただ、俺とは違う立場から見れば、俺たちの関係にも別の見え方があるらしい。


 水城さんはそんな俺たちを交互に見て、また小さくため息をついた。


「とにかく、次の配信もやるなら無茶はしないこと。九条君も、危ないと思ったら十六夜さんが何を言っても止める。いい?」

「分かりました」

「私も分かったわよ。これで満足?」


 お嬢様の返事を聞いて、水城さんはようやく表情を少し緩めた。


 厳しい言い方をするが、俺たちを責めたいわけではないらしい。


 わざわざ配信内容の細かいところまで確認して、昼休みに数字まで使って注意しに来るくらいなのだから、随分と面倒見のいい人だと思う。


 昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴った。


 俺たちは教室へ戻るため歩き出したが、水城さんも同じ方向へ並ぶ。


 昨日までほとんど接点のなかった相手だったものの、少なくとも今後ダンジョンへ入る際には、彼女の指摘を一度思い出すことになりそうだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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