第5話 世間はお嬢様の良さに気づいたらしい
翌朝、いつもの時間に起きて朝食を作り終えた俺は、リビングのソファで妙に姿勢よく座っているお嬢様を見つけた。
普段なら起こすまで寝ていることも珍しくない時間なのに、今日は制服に着替えるところまで済ませている。しかも片手にはスマートフォンを持ち、画面を見ては口元を緩め、それを隠すように表情を引き締めるという分かりやすい動作を繰り返していた。
「何かありましたか」
「別に。大したことじゃないわ」
そう言いながら、見せる気しかない顔でスマートフォンをテーブルへ置く。
朝食を並べるついでに画面を見ると、昨日開設したばかりのお嬢様の配信チャンネルが表示されていた。
登録者数、一万二千三百人。
俺は一度数字を確認し、それからお嬢様を見る。
「増えましたね」
「そうね。まあ、私ならこれくらい当然でしょうけど」
声は平静を装っているが、口元が笑っている。
昨日の配信終了時点では登録者は三十人にも届いていなかったはずだ。一晩で四桁どころか五桁まで増えたのなら、本人が朝から何度も数字を確認したくなるのも理解できる。
しかも増えているのは登録者だけではなかった。
昨日の配信アーカイブはすでに二十万回以上再生されており、関連動画として見覚えのない短い動画までいくつも並んでいる。どうやら視聴者が配信の一部を切り抜き、別の動画として投稿しているらしい。
「初回でこれなら、かなり良かったんじゃないですか」
「かなり、どころじゃないわ。昨日まで誰も十六夜紅羽を知らなかったのよ。それが一晩で一万人以上。これでようやく世間が私の良さに気づいたわね」
お嬢様は満足そうに胸を張る。
多少自惚れているようにも見えるが、結果が出ている以上、俺から否定する理由はなかった。
むしろ、正直に言えば感心している。
家を再興するためにダンジョン配信を始めると言われたときは、随分と急な話だと思った。
人気になったあとで何をするのかすら具体的には決めていなかったし、俺に話が来たのも実際に始める直前だったのだから、計画として粗い部分があったのは間違いない。
もっと前から相談されていれば、俺としても配信サービスの仕組みや人気のある探索者配信の傾向、切り抜き動画の扱い、それにダンジョンで起こり得る事故まで一通り調べたうえで、必要な機材や当日の動きも含めて準備できた。
お嬢様のすることを支えるのが俺の役目なのだから、時間さえあれば可能な限り不確定な要素を減らしてから始めたかったというのが本音だ。
とはいえ、それは俺が準備する側だからそう考えるだけでもある。
思いついたことをすぐ実行に移し、ほとんど実績のない状態から初配信まで持っていったうえで、一晩で一万人以上に名前を知られたのはお嬢様自身だ。
俺なら準備が足りないという理由で一度立ち止まっていたところを、お嬢様はとりあえず前へ進み、その結果としてこれだけの数字を出している。その行動力についてまで否定するつもりはない。
昨日も、最初は視聴者が数人しかいない状況で堂々と喋り続けていた。
予定外の魔物が現れたときも、普通なら配信を切って撤退するところを、初配信で強敵が出るなんてエンタメを分かっているなどと言っていた。
結果として危険な目に遭った以上、護衛としてあの判断まで褒めることはできないが、ああいう場面でも萎縮せず前へ出られる性格が、配信では強みになるのだろう。
「お嬢様は最初から、こうなることを考えていたんですか」
「こうなること?」
俺は椅子へ座り、スマートフォンの画面を指す。
「初回から強気に振る舞っていたのも、普通の新人探索者との差別化を考えていたんでしょう。何も考えずに始めたのかと思っていました」
「失礼ね。私にだって考えはあるわよ」
「それは申し訳ありませんでした」
素直に謝ると、お嬢様は少しだけ視線を逸らした。
耳が赤い。
「ま、まあ、私が前に出れば自然と人の目を引くもの。昔からそうだったし、わざわざ難しく考えるようなことでもないわ」
「確かに、お嬢様には人前に出るのが向いていると思います」
十六夜家がまだ多くの使用人を抱えていた頃、お嬢様は大人に囲まれていても物怖じしなかった。来客相手にも堂々としていたし、同年代の子供が集まれば気づけば中心にいることが多かった。
本人がそれを意識していたかは知らないが、ああいうものをカリスマと呼ぶのかもしれない。
「昨日の配信も、俺が見ていた限りではお嬢様が一番目立っていました。顔も声も覚えやすいですし、話し方にも特徴があります。世間が十六夜家の令嬢に興味を持ったということなら、最初の目的は成功でしょう」
「そこまで言われると、さすがの私でも少し恥ずかしいわね」
お嬢様はそう言いながら、まったく嫌そうではなかった。
むしろ照れ隠しなのか、ティーカップを手に取りながら背筋をさらに伸ばしている。
「でも、征司がそこまで私を評価していたとは知らなかったわ」
「事実を言っただけです」
「そういうところよね、本当に」
何のことか分からなかったが、お嬢様は機嫌がいいので放っておく。
俺は朝食を食べながら、昨日の切り抜き動画を一つ開いた。
タイトルは『初配信で格上モンスターに遭遇する新人お嬢様』となっている。
これならお嬢様が話題になった理由も分かりやすい。
再生すると、ちょうどホーンハウンドが現れた場面から始まった。お嬢様が「エンタメを分かってるじゃない」と笑い、コメント欄が盛り上がっている。
「やはりここでしょうね」
「でしょう? あの場で逃げて終わっていたら、ここまで伸びていないと思うわ」
お嬢様も俺の隣まで椅子を寄せ、画面を覗き込んでくる。
その後、お嬢様が二度攻撃を受け、シールド残量を一気に減らしたところまで流れた。
そこから俺が声を出し、お嬢様の前へ入る。
床に置かれたカメラは斜めを向いていたので全身までは映っていない。それでも、画面の端には俺の脚と剣を持った腕、それから倒れるホーンハウンドがかなりはっきり映っていた。
コメント欄を見る。
『カメラマン男だったの!?』
『声低っ』
『待て、今の一撃何?』
『カメラマンのお兄さん強すぎない?』
『お嬢様助けるために即座に前出るのいいな』
『男の探索者とか珍しすぎる』
『これ彼氏?』
『お嬢様言ってたし従者らしいぞ』
『従者!?』
『十六夜家って何者なんだよ』
俺はスクロールする指を止めた。
少し考えてから、別の切り抜きを開く。
こちらは『お嬢様の謎のカメラマン、実は男だった』という題名になっていた。
再生数は五十万。
さっきの動画より多い。
「……妙ですね」
「でしょう?」
隣のお嬢様が、なぜか少し不満そうに言った。
「お嬢様の初配信なのに、俺のことを書いている人間が多すぎる気がします」
「ようやく気づいたのね」
俺は昨日の配信アーカイブへ戻り、後半部分のコメントを確認する。
確かにお嬢様についての感想も多い。
『このお嬢様面白い』
『強気なのに普通に撤退判断できるの好き』
『新人にしては喋れるな』
『十六夜様かわいい』
そこまでは想定通りだった。
ただ、その間にかなりの割合で、
『カメラマン今日も出る?』
『男の護衛って何』
『あの人顔映ってないの?』
『声だけでもいいから喋ってほしい』
『男が女庇って戦うの初めて見た』
といった内容が混ざっている。
違和感を覚えるには十分だった。
「俺が男だから珍しがられているんでしょうか」
「それだけだと思う?」
「それ以外に何かありますか」
探索者の大半は女性だ。
男がダンジョンへ入っているだけでも珍しいのに、たまたま戦闘まで映った。話題になる理由としては十分だと思う。
お嬢様は俺の顔をしばらく見たあと、小さくため息をついた。
「まあ、今はそれでいいわ」
「何がです?」
「何でもない。それより、今日も放課後に潜るわよ」
お嬢様は俺のスマートフォンを取り上げるようにして画面を閉じた。
「せっかく一万人も登録してくれたんだから、間を空ける理由はないわ。昨日の続きで、今度こそ私の実力を見せるの」
「昨日の反省から先にしてください」
「ちゃんとするわよ。あれはさすがに危なかったもの」
その返事を聞けただけでも、昨日よりは安心できる。
俺は食べ終えた皿をまとめながら、もう一度登録者数を確認した。
一万三千人を超えている。
その全員が十六夜家に興味を持ったわけではないにしても、昨日まで誰にも知られていなかった名前が一晩でこれだけの人間に届いたのは事実だ。
お嬢様が言っていた「有名になる」という第一段階については、俺が思っていたよりずっと順調らしい。
コメント欄の半分近くがカメラマンの話をしていることだけは少し気になったが、配信を続けてお嬢様の活躍が増えれば、自然とそちらへ興味も移るだろう。
俺としては、その方が都合がよかった。
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