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第4話 初配信で予定外の魔物が出ました

 最初に現れたのは、犬ほどの大きさしかない四足歩行の魔物だった。浅層では珍しくもない種類らしく、お嬢様も昨日確認した資料で姿を覚えていたようで、腰の剣を抜きながら俺の方を見る。


 俺はカメラを構えたまま親指を立てた。相手一体なら危険は少ないし、ここで俺が前へ出てしまえば、お嬢様が探索者として何をできるのか確認する意味もなくなる。


「それじゃあ、十六夜紅羽の初戦闘といきましょうか」


『がんばれ』

『初戦闘きた』

『カメラマンは手伝わないの?』


 魔物が低い姿勢から飛びかかると、お嬢様は半歩遅れて横へ避けた。完全にはかわしきれず爪がシールドを掠め、残量が百から九十四へ落ちたものの、その程度なら問題はない。


 むしろ、攻撃を受けたことで緊張が抜けたらしい。振り向いた魔物がもう一度向かってくるのを待ち、今度は早めに横へ動くと、すれ違いざまに剣を胴体へ振り下ろした。


 一撃で仕留めるほど深くは入らなかったが、相手の動きは明らかに鈍る。


 追いかけようとしたお嬢様へ、俺は空いている手を上げて一度止まるよう示した。弱った相手ほど予想外の動きをすることは、事前に説明してある。


 お嬢様は素直に足を止め、向きを変えて突っ込んできた魔物を正面から迎えずにかわすと、今度は首元へ剣を叩き込んだ。


 魔物が床へ倒れ、そのまま動かなくなる。


「どう? 初めてにしては悪くないでしょう」


『普通にいけるじゃん』

『最初ちょっと食らったけど落ち着いてる』

『戦闘の指示してる人いるよね? 何者だよ』


 俺は親指を立てた。


 剣の振り方にはまだ無駄があるし、相手との距離も近すぎる。それでも初めての実戦で慌てて剣を振り回さなかっただけ十分だった。


 それから何度か同じ程度の魔物と遭遇したが、お嬢様は戦うたびに動きを修正していった。最初は一体倒すだけでシールドを六削られていたのに、三体目からはほとんど攻撃を受けなくなっている。


 飲み込みは思っていた以上に早い。


 俺は余計な手を出さず、少し離れた位置からその様子をカメラに収めていた。


「これで五体目ね。思っていたより順調じゃない?」


『普通に強くない?』

『初日なら十分じゃね』

『剣の振り方きれい』

『同接23人』


 画面の端を流れるコメントを見て、お嬢様が満足そうに口元を上げる。


 最初は八人だった視聴者も、今では二十人を超えていた。大きな数字とは言えないが、誰にも知られていない初配信として考えれば悪くないのだろう。


 何より、お嬢様本人が楽しそうだった。


「当然でしょう。これでも十六夜家の人間だもの。初日から無様な姿を晒すわけにはいかないわ」


 言いながら剣を肩に担ごうとしたので、俺はカメラの横で手首を下げた。


 構えを崩すなという意味だ。


 お嬢様は一度こちらを見て、少しだけ頬を膨らませた。


「分かってるわよ。格好つけただけなんだから」


『また裏方に注意されてるw』

『カメラマン優秀そう』


 余計な注目が俺へ向きかけている。


 俺は少し画角を寄せ、お嬢様の上半身が中心に入るよう調整した。


 視聴者が見るべきなのは俺ではない。


 今日ここへ来た目的は、お嬢様が探索者としてどこまで動けるか確認することと、十六夜紅羽という名前を少しでも覚えてもらうことだ。俺が余計なことをして配信の流れを変える必要はない。


 そのまま通路を進み、六体目の魔物を倒したところで、お嬢様のシールド残量は八十二まで減っていた。


 初めてとしては悪くない。


 本人も数字を確認していたらしく、自信を深めた顔で前を向く。


「まだ余裕ね。このまま一時間まで続けましょう」


 俺は親指を立てた。


 残り一時間程度なら問題ないだろう。


 そう判断した直後、通路の奥から硬いものが床を叩く音が聞こえた。


 俺はカメラを構えたまま、視線だけを音の方向へ向ける。


 一定の間隔で響く足音が、こちらへ近づいてくる。


 浅層で何度か聞いた小型魔物とは明らかに重さが違う。


 お嬢様も気づいたらしく、笑っていた顔を引き締め、剣を両手で握った。


「何か来るわね」


『音でかくね?』

『他の探索者じゃない?』

『いや足音変じゃね』


 曲がり角の向こうから現れたのは、俺の胸ほどまである大型の獣だった。


 灰色の体毛に覆われた四足歩行の魔物で、頭部から二本の角が前方へ伸びている。見覚えはないが、少なくともこの階層の推奨対象として資料に載っていた魔物ではなかった。


 端末を確認すると、コメント欄の流れが急に速くなる。


『ホーンハウンド?』

『なんで浅層にいるんだよ』

『それ一個下の区域じゃね?』

『逃げた方がいい』


 俺も同意見だった。


 右手を横へ振り、撤退を指示する。


 お嬢様はこちらを見たあと、魔物へ視線を戻した。


「初配信で予定外の強敵なんて、エンタメを分かってるじゃない」


 その口元が、なぜか楽しそうに上がった。どう考えてもお嬢様は戦う気だ。


『www』

『テンション上がってて草』

『逃げろお嬢様w』

『そういう問題じゃない』


 俺はもう一度、今度ははっきり後退を示した。


 お嬢様のシールドは八十二ある。


 すぐに危険になる数字ではないが、相手の攻撃力が分からない以上、試す理由もない。


 ところがお嬢様は剣を構えた。


「一度くらいは戦ってみるわ。危なかったらすぐ退くから」


 本来なら止めるべきだが、お嬢様のシールドにはまだ八十二残っており、後方の通路にも魔物の姿はない。これまでの戦闘を見る限り、危険だと分かった時点で素直に退いてくれるなら、一度だけ相手の動きを見る程度は許容できる。


 俺まで戦闘に加わる必要はない。相手の攻撃力が想定以上なら、その時点で撤退を指示して入口へ戻ればいい。


 俺はカメラを構え直し、お嬢様を画面に収めながら後方の通路へ一度だけ視線を向けた。逃げ道に問題がないことを確認してから、再び正面の魔物へ注意を戻す。


 魔物が低く唸り、次の瞬間には床を蹴ってお嬢様へ突進した。


 速い。


 お嬢様も横へ避けたが、完全にはかわしきれず、角がシールドへ接触した。


 甲高い音が響き、青白い膜が一瞬だけ可視化される。


 残量表示が八十二から四十九まで落ちた。


『減りすぎ!』

『一発33!?』

『逃げろ!』


 お嬢様もさすがに表情を変えた。


 それでも転びはせず、通り過ぎた魔物の脇腹へ剣を叩き込む。


 刃が体毛の下へ食い込んだが、浅い。


 魔物は痛みに反応して身体を捻り、そのまま前脚を振り回した。


 お嬢様が剣で受ける。


 再びシールドが弾け、残量が二十一まで減った。


 もう続ける理由はない。


 俺はカメラを構えたまま、空いている手で大きく後退を示そうとした。


 だが、お嬢様の方が早かった。


「さすがにこれは退くわ!」


 判断としては正しい。ここで欲を出さずに入口まで戻れば、それで済む。


 お嬢様が魔物から視線を外さないまま後ろへ下がり始めたので、俺も撮影を続けながら後退し、退路に別の魔物がいないことを確認する。相手を倒す必要はないのだから、このまま距離を取って撤退すればいい。


 しかし、魔物は逃げるお嬢様をそのまま追ってきた。


 距離が思ったほど開かない。


 魔物が頭を低く下げ、二本の角をお嬢様へ向ける。先ほどと同じ突進の構えだ。


「お嬢様、右へ!」


 初めて配信中に声を出した。


 お嬢様はすぐに反応して身体を横へずらそうとしたが、その足が床に転がっていた小石を踏んだ。体勢を立て直すより早く魔物が迫り、角がお嬢様のシールドへ正面からぶつかる。


 残量表示が二十一からゼロになった。


 青白い光が激しく弾け、お嬢様の腰の装置から警告音が鳴る。


 強制帰還が始まった。


 それ自体は想定されている安全装置だが、転送が完了するまでには数秒かかる。その間、お嬢様を守っていたシールドはもう残っていない。


 転倒したお嬢様の前で、魔物がもう一度前脚を持ち上げた。


 ここまでなら撤退の誘導だけで済ませるつもりだったが、この距離では転送が終わるまで待っている余裕はない。


 俺はカメラを床へ置き、そのままお嬢様と魔物の間へ踏み込んだ。腰の剣を抜きながら、振り下ろされようとしている前脚へ左腕を差し出す。


 振り下ろされた前脚を左腕のシールドで受けた瞬間、身体全体に重い衝撃が走った。残量が百から七十六へ落ちたが、問題ない。


 俺はそのまま魔物の腕を外へ流し、空いた首元へ剣を振り抜いた。


 刃が深く入る。


 魔物が暴れて距離を取ろうとしたので、一歩踏み込み、今度は頭部へ剣を叩き込んだ。


 鈍い手応えのあと、巨体が横倒しになる。


 数秒遅れて、お嬢様の身体が白い光に包まれた。


「征司!」


 声だけを残し、お嬢様が転送される。


 静かになった通路で、俺は倒れた魔物を見下ろした。


 まだ動く可能性を考え、少し待つ。


 完全に沈黙したのを確認してから剣を戻し、床に置いたカメラを拾った。


 画面はまだ配信を続けていた。


『は?』

『今の誰!?』

『男の声したよな』

『カメラマン戦った?』

『何が起きた』

『一瞬で倒してなかった?』


 コメント欄がさっきまでとは比較にならない速度で流れている。


 どうやらカメラは床へ置いた際に横を向き、戦闘の一部が映ってしまったらしい。


 弁明でもするべきか?


 俺は少し迷ったあと、カメラを自分へ向けないまま配信を終了した。


 入口へ戻ると、お嬢様は帰還装置の前で待っていた。


 怪我はない。


 それを確認してから、ようやく肩の力を抜く。


「申し訳ありません」

「何が?」

「出しゃばりました」


 俺は頭を下げた。


「今日はお嬢様の初配信でした。それなのに、俺が勝手にカメラを置いて前へ出ました」

「征司」


 お嬢様が近づいてきたので顔を上げる。


 怒られると思ったが、本人は呆れたような顔をしていた。


「私がシールドを割られて、目の前に魔物がいるのに、カメラを持って見ている方がよほど怒るわよ」

「ですが」

「護衛なんでしょう?」


 そう言われると、返す言葉がない。


 お嬢様は少しだけ笑い、俺の腕を軽く叩いた。


「今日は助かったわ。ありがとう、征司」


 俺は一度頷き、床へ置いたせいで傷がついていないかカメラを確認した。


 幸い機材も壊れていない。


 初配信としては予定よりかなり騒がしい終わり方になったが、お嬢様が無事なら、それ以上に優先することはなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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