第2話 男の探索者登録
翌日の放課後、俺はお嬢様と一緒に駅前の探索者協会支部へ来ていた。
学校から直接来たので二人とも制服姿だが、俺だけは念のため大きめのスポーツバッグを肩に掛けている。探索者登録そのものに装備は必要ないものの、帰りに専門店へ寄ってリターンシールドや武器を見ておくつもりだった。
協会の自動扉を抜けて最初に気になったのは、受付の場所でも案内表示でもなく、こちらへ集まる視線だった。
俺は足を止めず、そのまま総合受付を探す。
「ずいぶん見られていますね」
「分かってるなら、もう少し気にしなさいよ」
隣を歩いていたお嬢様の声が少し低くなった。
探索者協会なのだから、利用者の大半が女性なのは当然としても、ここまで露骨に見られるとは思っていなかった。高校でも男というだけで目立つことはあるが、学校には俺以外の男子もいるし、毎日顔を合わせていれば珍しさも薄れる。
その点、探索者協会に用事がある男はかなり少ない。
しかも俺は、世間で好まれるような男からはかなり外れている。
細身で柔らかい雰囲気の男子なら、こんな場所に一人で来れば心配されるのかもしれない。だが、俺の場合は制服の上からでも肩幅が目立つし、昔から鍛えているせいで腕も太い。髪型にも特に気を使っていないので、黙って立っていれば愛想の悪い男に見える自覚はある。
珍しいものを見るような視線が集まるのも、理解できない話ではなかった。
「別に害はないでしょう」
「征司にはなくても、私にはあるのよ」
どういう意味か聞く前に、お嬢様が俺の右腕へ両手を回した。
昨日の家の中と同じように身体を寄せてくるが、今日は制服姿で、しかも人前だ。反射的に周囲を確認すると、先ほどまでこちらを見ていた女性たちの何人かが気まずそうに目を逸らした。
「お嬢様」
「何よ」
「歩きづらいです」
「それくらい我慢しなさい」
理由になっていない。
それでも無理に引き剥がすほどでもないので、そのまま受付へ向かった。
途中ですれ違った若い探索者らしい女性二人組が、俺を見たあとでお嬢様の腕へ視線を移し、何か小声で話している。内容までは聞き取れなかったが、お嬢様は聞こえたらしく、なぜか満足そうに俺の腕を抱く力を強めた。
昔から自分の物に他人が触れるのを嫌うところがある。
子供の頃、俺が別の家の子供と遊んでいるだけで割り込んできたこともあったので、たぶんそれと同じ感覚なのだろう。
総合受付まで行くと、カウンターの向こうにいた女性職員が顔を上げ、まずお嬢様を見てから俺を見た。その視線が一瞬だけ止まったものの、さすがに仕事中だけあってすぐに営業用の笑顔へ戻る。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「探索者登録をお願いします」
「こちらのお嬢様の登録ですね」
「いえ、俺です」
職員の視線がもう一度俺へ戻った。
「男性の方が?」
「はい」
「失礼しました。身分証明書をお持ちでしたら、こちらへお願いいたします」
驚かれること自体には慣れているらしく、対応は早かった。
学生証と必要書類を出すと、受付端末に名前や住所を入力するよう指示される。未成年なので保護者の同意も必要だったが、昨夜のうちに両親へ連絡して電子署名を送ってもらっている。
両親には事情を説明すると、ほとんど間を置かず許可された。
お嬢様がダンジョンへ行くと言い出した、と伝えた時点で俺が同行する理由まで察したらしい。
「登録自体はすぐ終わるのね」
俺の腕から離れたお嬢様が、横から端末を覗き込む。
「今は講習もオンラインで受けられますから。基礎講習の受講履歴も確認できていますので、あとは適性確認だけになります」
職員に案内されて別室へ移動すると、やることは簡単だった。
リターンシールドを装着した状態で正常に作動するかを確認し、身体能力測定をいくつか受ける。握力や反復横跳び程度なら学校でも経験があるし、探索者登録の基準自体はそれほど高くない。
問題があるとすれば、測定担当の職員が途中から妙な顔をしていたことくらいだった。
「九条さん、何かスポーツをされていますか?」
「今は特に」
「今は、ですか」
「家で身体を動かすくらいです」
嘘ではない。
母から渡された訓練メニューを毎朝こなしているだけで、部活動には入っていない。柔道や剣術も習っていたが、競技として続けているわけではなかった。
職員は端末に表示された数値と俺を何度か見比べたあと、それ以上は何も言わなかった。
測定を終えて待合スペースへ戻ると、お嬢様がソファに座って待っていた。
隣には同年代くらいの女性探索者が二人いる。空いている席はいくらでもあるのに、なぜかお嬢様の近くに座っていた。
俺が近づくと、そのうち一人がこちらへ顔を向けた。
「ねえ、君、本当に探索者になるの?」
俺に話しかけているらしい。
「そのつもりです」
「へえ。珍しいね。高校生でしょ? 怖くない?」
「危険なことをするつもりはありません」
初対面の相手なので、その程度に答えておく。
女性は俺の腕や肩を一度見てから、少し興味深そうに笑った。
「でも、結構鍛えてるよね。何か武器とか使えるの?」
答えようとしたところで、お嬢様が立ち上がった。
何も言わず俺の横まで来ると、今度は腕ではなく肩へ手を置き、そのまま半歩ほど身体を寄せてくる。
「征司、登録は終わったの?」
「適性確認まで終わりました。あとはカードを受け取るだけです」
「なら行きましょう。装備も見に行くんでしょう?」
明らかに会話を切り上げようとしている。
相手の女性もそれに気づいたらしく、少しだけ目を丸くしたあと、苦笑して手を振った。
「ごめんごめん。彼女持ちだった?」
「違います」
「そうよ」
俺とお嬢様の声が重なった。
言っていることは正反対だった。
俺が横を見ると、お嬢様もこちらを見上げていた。
「違うでしょう」
「何が?」
「俺はお嬢様の従者です」
「だから何よ。身も心も捧げるなら似たようなものでしょう?」
だから何だと言われても、それ以上の関係ではない。お嬢様の考え方も理解できるが、忠誠心と恋心は違うと思う。
説明しようとしたところで、受付から俺の番号が呼ばれたので話を切り上げた。
発行された探索者カードは、運転免許証より少し厚い程度の黒いカードだった。氏名と登録番号、現在の探索者ランクが表示されている。
当然ながら最低のFランクだ。
「以上で登録完了です。ダンジョンへ入る際は、必ず規格適合品のリターンシールドを装着してください。また、初回探索では浅層推奨区域から外れないようお願いいたします」
注意事項を確認してカードを受け取る。
思っていたより簡単だった。
協会を出る頃には、到着してから一時間も経っていない。
「これで条件は一つ片付きましたね」
俺がカードを財布へしまうと、お嬢様は何か考えるように俺の顔を見たあと、自然な動きで再び腕を取った。
「お嬢様、もう外ですよ」
「知ってるわ」
「では離れてください」
「嫌よ」
即答された。
さっきから周囲の女性が俺を見るたびに触ってくるので、さすがに理由が分からない。
「何を怒っているんです?」
「別に怒ってないわ。ただ、征司が思ったより見られているのが気に入らないだけ」
「珍しいからでしょう」
男が探索者協会で登録手続きをしていれば目立つ。
まして俺のように、世間一般で好まれる男性像から外れた見た目なら、なおさら物珍しいはずだ。
「それに、俺を好んで見ているとは限りません」
「そう思ってるなら、そのままでいいわ」
お嬢様は妙に機嫌を直し、俺の腕を抱えたまま駅とは反対方向へ歩き始めた。
「次は装備でしょう? 私の剣も見てもらうわ」
「あの剣は買い替えます」
「どうしてよ。格好いいのに」
「格好よさで武器を選ばないでください」
探索者登録は終わった。
あとは実際にダンジョンへ入る前に、お嬢様の装備をまともなものへ変え、俺自身の装備も揃える必要がある。
十六夜家再興の方法について考えるよう言ったはずだが、隣で楽しそうに歩いている様子を見る限り、そちらはまだ一歩も進んでいない気がした。
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