第五話 お姉さんのお手伝いをすることに
「落ち着きましたか?」
「うん。取り乱しちゃって、ごめんなさい」
「いえ。辛い事があったんですね」
信頼していた彼氏からそんな目に遭ったら、そりゃ泣きたくなるし、聖菜ちゃんの引退が滅茶苦茶ショックだった俺も可哀相に思ってしまう。
「あの、それでこれからどうするつもりなんですか? Vtuberに復帰する事は考えてないんですよね?」
「考えていないと言うか、とても出来そうにないっていうか……Vの仕事自体は楽しくて、私も大好きだったんだけど、それを投げうってでも、好きな人を取るって決断をした自分に酔っていたのかも。あはは……ファンを騙していたけど、私もあの男に騙されていたんだなって。因果応報って、こういうことなのかな、ははは……」
ファンを騙していたら、自分が一番身近な人に騙されていたか。
俺としては聖菜ちゃんを奪ったその男が許せんし、そんな男に貢いでいた神崎さんもどうかと思ってしまうが、聖菜ちゃんのこんな姿は見たくなかった。
神楽咲聖菜は天然ボケっぽいキャラを売りにしていて、声も可愛らしくていつ配信を視聴しても癒される感じだったのに、当の本人はこんな闇を抱えていたとは。
「こんな話されても困るよね? でも誰かに聞いてもらいたかったのかな? 実家には結婚駄目になったこと報告したんだけど、何か対応が冷たくて。配信に夢中になって長い間、帰ってなかったせいかも。Vtuberに反対はしてなかったけど、毎日遊んでいると思われていたみたいで……」
「そ、そうですか。とにかく早く元気になってください。俺に出来ることなら、何でもしますので」
「何でも?」
「はい。聖菜ちゃんには俺も辛い時にいつも元気付けられてましたし、その聖菜ちゃんを演じていた神崎さんの力にもなりたいです」
結婚報告の時は裏切られたって気分がなかったわけじゃないが、こういう事情を聞かされたら、そんな気持ちも吹っ飛んでしまった。
「ありがとう。気休めでも嬉しいよ。平沢君もショックだったんでしょう? 聖菜が結婚引退するって話を聞いた時は」
「もう良いですよ、そんな話は。それより、本当にどうするんですか? もうVtuberの活動はやる気ないんですか?」
「無いわけじゃない……けど、ファンを裏切ることをやっておいて、抜け抜けと復帰するのはやっぱりちょっと……まだ当分の生活費は困らないだけのお金はあるけど、取り敢えず、別の仕事を探さないといけないかなって」
別の仕事か……このタワマンもかなり高そうだし、V時代に相当に稼いでいるはずなので、今すぐ路頭に迷う事はないんだろうが、俺としてはどうにか復帰してほしいなって思ったり。
「あの、平沢君。この話、誰にも言わないで欲しいんだけど……」
「言いませんよ。心配しないでください。口は堅いので」
「ありがとう。あー、でも私の方から全部、ネットでぶっちゃけちゃおうかな。神楽咲聖菜が婚約を破棄されたって。多分、バズるだろうし」
「そんな事をしても誰も信じないのでは? 神楽咲聖菜のSNSのアカウントって、もう使えないんですか?」
「あれは事務所がやっている告知用のアカウントなの。平沢君に教えたのはプライベート用のだから、連絡をするならそっちにしてね」
「わかりました。やっぱり、プライベートでやっている奴じゃなかったんですね」
当然のごとく、聖菜ちゃんの公式SNSは全てフォローしているが、やっぱり事務所がやっているんだ。
まあ、うっかりプライベートの情報を投稿しちゃう事を防ぐ為に当然か。
「あ、もう帰らないと……」
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「何ですか?」
「その……平沢君、一人暮らしなんだよね? いつもご飯とかどうしている?」
「ああ、昼は学食でバイトがある日は賄を食べたりしますけど、自炊だったりコンビニ弁当だったり」
「そっか。私は忙しい時はウーバーが殆どでね。出かけるのも面倒だったし、自炊もなかなかする気が起きなくて」
あー、やっぱり料理とか殆どしてなかったのか。
たまに料理配信はしていたけど、そこまでウリにしている感じはなかったからな。
「これから一人で生きて行かないといけないの不安で……また酔い潰れたりしないか、心配なんで、その時は平沢君がフォローしてくれると嬉しいかなって」
と、何だか照れ臭そうにいってきたが、これは俺を信頼してくれているって事か?
何だか嬉しいな……仮にも俺が一番推していたVの中の人に頼られるの。
「もちろんですよ。ウチの店にもいつでも来てください。あ、これクーポンです。よかったら、どうぞ」「ありがとう。また来るね」
「はい。神崎さんの安全は俺が守りますので。もう何でもやっちゃいますよ」
「そう。あのさ、それでちょっとお願いがあるんだけど」
「何です?」
「この仕事部屋、また大掃除したいから、暇な時で良いから手伝ってくれないかな? もし欲しいグッズとかあったら、好きなだけ持って行ってくれて構わないから」
仕事部屋の大掃除って、そういえば、まだ結構散らかっているな。
前よりは片付いているけど、何て言うか……ゲームとか本とかよくわからない機材とかが山のように積んである。
「はは、この前よりはいくらかマシだけどさ……最近、掃除も全然してなかったし、考えてみたらまともに食事もしてなかったんだ。だから……」
「わかりました。そのくらいお安い御用ですよ」
「それじゃ、お願いね」
むしろ、金を払ってでも聖菜ちゃんのお世話ならしたいくらいなので、もう嬉しくて仕方なく、ウキウキしながら、家路に着いていったのであった。
数日後――
「こんばんは」
「あ、平沢君。入って、入って」
バイトがない日だったので、大学の授業が終わった後、すぐに神崎さんの家に向かい、彼女の家の大掃除を手伝う事にする。
まだ明るい時間の内に来れてよかった。
「結構、重い荷物もあってね。片付けるの大変で」
「はは、このくらいなら余裕ですって。あ、これは捨てても良いんですか?」
「うん。あ、このグッズは欲しかったら、好きに持ってってくれていいから」
まずは仕事部屋の片づけを始め、神崎さんの指示のもと、いらない荷物を束ねたり、ゴミ袋に入れて行く。
やっぱり本人だけあって、俺が持っていないような限定グッズも色々と持っていて、控えめにいって宝の山だわ。
しかも、目の前に聖菜ちゃんが毎日配信に使っていた、ハイスペックなパソコンまであるわけでな。
「ゲホ、ゴホ……結構、埃っぽいですね」
「あー、ははは……あんまり掃除してなかったから」
その後、リビングや他の部屋の掃除も始めるが、ハタキなんかをかけると、結構埃が出ており、なかなか掃除のし甲斐があった。
婚約破棄がショックだったのか、配信が忙しかったからか……まあ、掃除どころでもなかったんだろうな。
その後もリビングや浴室、キッチンなんかも掃除していき、神崎さんの家の掃除をどんどん進めていった。
「あー、終わりました」
「お疲れーー……ありがとうーー。こんなに綺麗になったの本当久しぶりだよ」
結構広い部屋だったので、思っていた以上に時間がかかってしまい、終わるころにはもう夕飯に近い時間になってしまった。
「平沢君、家事得意だったりする?」
「得意って程でもないかもしれませんけど」
「あー、もう。私が学生時代よりずっとしっかりしているって。ふふ、お礼にお夕飯、奢るね。特上寿司奢るよ」
「い、いいんですか?」
「遠慮しないの。ちょっと待っててね」
別にお礼なんかよかったんだが、神崎さんはスマホで寿司を注文してしまい、そのままご馳走になることになる。
流石、元トップクラスの人気Vtuber。太っ腹だなと思ったが、今、無収入っぽいのに大丈夫なのかとも不安になってしまった。




