第六話 元推しVにまたガチ恋?
「いやー、本当に助かったよ。平沢君って頼りになるね」
「そう言ってくれただけで嬉しいですよ」
推しのVtuberをやっていた人に頼りになるって直々に言われるなんて、もう感激なんてものじゃない。
聖菜ちゃんの引退は悲しかったけど、それがなければこういう事にならなかったと思うと、ちょっと複雑な気分かも。
「お寿司はもう少しで来ると思うから」
「すみません、夕飯まで」
「手伝ってくれたんだから、当然だよ。それより、聖菜のグッズは好きなだけ持って行って良いって言ったのに、それだけで良いの?」
「え? あー、はは……このポスターはちょっと欲しかったので……」
あまり高価なグッズは受け取るのに躊躇したが、これは一昨年の聖菜ちゃんのライブの宣伝ポスターで、めっちゃ可愛らしく描かれていたから、つい手が伸びてしまった。
「それ、一昨年のライブのだよね。もしかして、見に来てくれていた?」
「現地には行けなかったんですけど、アーカイブのチケットを購入してみましたよ」
「ありがとー。二万人以上の観客の前でライブしたから、緊張しちゃって。配信で見ていた人も確か二万人くらいいたから、合計で四万人かな。夢中になって歌って踊っていたから、記憶が曖昧で」
大盛り上がりのライブだったんだよなー。チケット争奪戦に負けて、生で見れなかったのは残念だが、配信で見ても会場の熱気は伝わっていた。
(でも、あの頃の聖菜ちゃんは彼氏が……)
居たのだと思うと、モヤモヤしてしまう。もう終わった話なのに、こんな気持ちになるとはガチ恋勢の悪い癖だな。
「あの頃が一番輝いていたのかな、私……」
と、儚げな表情で神崎さんはポツリと呟き、その様子を見て胸がズキっとしてしまう。
やっぱりVに復帰したい気持ちがあるんだろうか……事務所に掛け合ってみれば良いのにと思うが、やっぱり結婚を理由に辞めたってのがネックなんだな。
「神崎さん、その指輪、まだしたままなんですね」
「うん。未練がある訳じゃないんだけどさ。悔しさを忘れたくないって言うか、そもそも私が買った指輪なわけだし、高い指輪だったから捨てるのももったいなくて。彼から返してもらった指輪はもう質屋に売っちゃったけどね。アクセサリーとか男避けには使えるんじゃない」
未練が無いわけじゃないってなら、安心だが、その指輪はよく見るとダイヤっぽいのが入っているので、相当高かったんだろうな。
そんなのを神崎さんに出させておいて、婚約破棄するって、どんだけやべーんだよその男は。
「あ、お寿司来たみたい。はーい」
何てリビングで話していると、注文したお寿司が来たので、神崎さんが玄関に行って受け取りに行く。
指輪を付けてれば男避けになるか……そんな別れ方をしたから、男性不信にもなるわな。
「はい、どうぞ」
「おお……これが特上寿司ですか」
初めて見たが、心なしかネタもシャリも輝いて見える。
寿司なんて、回転寿司くらいしか食ったことないからな……本当にご馳走になっていいのだろうか。
「いただきます。うーん、美味しいです」
「でしょう。私も滅多に食べないけどね」
「やっぱり、そうなんですか。普段、ウーバーで何を食べています?」
「大したものは食べていないよ。ラーメンとかカレーとか、パスタとか……後はファミレスとかで頼んだりとか」
まあ、毎日特上寿司みたいなのを食べている訳はないわな。
「でも、もう収入なくなったから、あまり贅沢も出来ないけどね。しばらく生活は出来るけど、自炊した方が節約にはなるのかな」
「どうでしょうね。最近、食料品もどんどん値上がりしていますし」
自炊しようにも食品も光熱費も値上がりしているし、学食もまた値上げしているから、マジで余裕がない。
神崎さんは聖菜ちゃんをやっている頃、どのくらい収入あったんだろう……結構、気になるけど、本人に聞くのはちょっと気が引ける。
「そうなんだよね。私も学生の頃は結構やりくりに苦労していてね。Vの仕事が軌道になったら、だいぶ変わってきたけど」
「俺には真似できないですね、それ。神崎さんはどうしてVtuberになろうとしたんですか?」
「あー、何でだろう。Vが流行していて、可愛いなって思っていたから、何となくかな。実はちょっとだけ配信活動を高校の頃にもしていてね。全然人気もなかったけど」
「高校の時もやっていたんですか。それは初めて聞きましたね」
「言ったことないし。演劇部だったってのは知っている? 前にも話したと思うけど」
「あー、はいはい。聞いたことありますね」
聖菜ちゃんが雑談配信で高校の頃に演劇部に入っていて、入賞した事もあるってのは話していたのは覚えている。
てか、それって本当の事だったんだな。聖菜ちゃんのキャラ設定の話って訳じゃなかったのか
「オーディションでそれが評価されたのかなあ。何で合格したのか自分でもよくわからないんだけどね」
「倍率が千倍以上って聞きましたけど、本当なんですか? よく突破出来ましたね」
「私もわからないって。もしかして、Vのお仕事に興味ある? ぶいロイドじゃ、男のVは殆ど居ないけど、他の箱なら、人気になっている男性Vもたくさんいるから」
「いえ……ちょっと自分にはどうかなって思いまして。人前で面白い事を話しの自信ないですし」
聖菜ちゃんだけなく、男のVtuberの配信もたまに見るんだが、あんな何時間も話すだけのトーク力はとてもじゃないが、俺には無理そうだ。
むしろ毎日、何時間も配信とか良くできるなって思ってしまう。
聖菜ちゃんはかなり配信頻度は高かったから、
「何か楽しいんだよね。気晴らしにもなるっていうか……まあ、ボイスレッスンや、ダンスに歌のレッスンとかは結構きつかったけど、配信自体はむしろ毎日やらないと落ち着かないくらいに没頭しちゃって。それで、彼と会う時間も殆どなくなっちゃったから、他の女に走っちゃったのかな、はは……」
彼氏と会う時間を削ってまで配信に夢中になったせいで、浮気されたってことか。
交際した経験もないけど、彼女がそんな事に夢中になって会えなくなったら、俺も寂しくなってどうなるかわからないかも。
「ゴ、ゴメン。辛気臭い話をしちゃって」
「いえ。聖菜ちゃんの配信は楽しかったんですよね」
「うん。神楽咲聖菜にすっかりなり切った気分になってね。何かアイドルみたいな気分になって舞い上がっていたのかなあ」
「実際、アイドルだったでしょう。コメントなんかもよく返してましたよね。俺も何度か読まれましたよ」
「本当? いやー、流石に何万人も同接あると、拾いきれないけど、少しでもって思って一生懸命見ていたんだ」
配信をしていた頃の話を聞きながら、特上寿司を食べて行き、楽しいディナーの一時は過ぎていく。
彼氏を隠しながらVをしていた事はやっぱり後悔しているみたいだけど、配信自体は楽しかったみたいなので、やっぱりVに戻りたいって気持ちが話していても伝わっていた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「どうも。何か美味しいものが食べたくなったら、いつでも言って」
「そんなガメつい真似出来ませんって。掃除の手伝いくらいでこんなに奢ってもらったら申し訳ないです」
「あはは、ゴメンなさい。でも助かったのは本当」
と言って神崎さんがお茶を飲んだ後、
『今日は本当にありがとう! またこれからも私の応援、お願いね♪』
「――!」
神崎さんが不意に聖菜ちゃんの声でお礼を言い、俺もドキっとしてしまう。
ヤバイ……聖菜ちゃんの生の声……このおっとりボイスを間近で耳にしたら、可愛すぎて、また彼女のガチ恋しそうになっちゃうじゃないか。




