第四話 婚約者の裏切り
「神崎さんの前のお仕事って、何だったのかは興味ありますね。まだ大学一年ですけど、就活の参考になればと思いまして」
「そうね……もう焦らしてもしょうがないしね。付いてきて」
何かを決心したかのような顔をして神崎さんはソファーから立ち上がり、俺を仕事部屋に案内する。
「前も言ったようにここは私の仕事部屋だったの。二か月前まではね」
「二か月前に仕事を辞めたんですよね?」
「うん」
神崎さんと一緒に仕事部屋だったという部屋に入り、神崎さんはパソコンを起動させて、小さなスピーカーを手に取って振り向く。
『皆さん、こんばんはー。ぶいロイド三期生、神楽咲聖菜です。今夜も私の配信を見に来てくれて、ありがとうございます♪』
パソコンのディスプレイに映し出されていた聖菜ちゃんの配信画面に合わせて、神崎さんが聖菜ちゃんの声でそう挨拶する。
や……やっぱり、そうだったんだ!
「…………これが私の前職」
「ほ、本当に神崎さんが……神楽咲聖菜だったんですね」
「そうなるね……もう過去の話だけど」
神崎さんが神楽咲聖菜……ヤバイ、薄々そうじゃないかと思っていたけど、彼女が俺の推しだってのがわかってしまうと、やっぱりドキドキしてしまう。
サインをねだって……いや、もう現役じゃないんだっけ。
「結婚を機にVを辞める事にしたけど、その結婚が駄目になっちゃって、事務所との契約も解除になったから、もう戻るに戻れないの」
「でも結婚がなくなったなら、また戻っても良いんじゃないですか?」
「今更、戻れるわけないよ。事務所とも契約が解除になったし、何より彼氏が居る事を隠して、V活動を何年もやっていたんだから、ファンからの信頼だって失っちゃったでしょう。自業自得なのはわかっているけど、もう神楽咲聖菜は復帰出来ないわ」
「そんな……」
確かに結婚報告をした時は俺も大ショックだったし、ネット上でも凄い炎上しちゃったので、聖菜ちゃんが戻るのを躊躇するのはわかる。
でも、まだ聖菜ちゃんに復帰して欲しい気持ちもあるので、神崎さんには出来れば……と言いたいが、やっぱり色々難しいんだろうな。
「彼は大学のサークルで知り合った先輩でVデビューする前から付き合っていて、最初はオーディションに受かったって時も応援してくれたの。仕事が軌道に乗り始めてからも、色々と支えてくれたんだけど、段々と忙しくなって、会える機会も少なくなったし、彼氏バレしたら、Vの活動に支障が出るって事務所にも言われたから、ウチにも来ないでって言ってから、更には会えなくなって……」
「でも、結婚するって話になったんですよね?」
「うん。三年前かな。彼のお母さんが重い病気で大変だからっていうから、私にお金を貸してくれって頼みに来たの。泣きながら土下座して頼みに来たから、返さなくても良いって言って、お金を援助したの」
「そんな事が……それで、どうなったんです?」
「お母さんは治ったみたいだけど、それからかな。それで味を占めたのか知らないけど、お母さんの入院が長引いて実家が生活大変だとか、事業に失敗したとか、詐欺にあったとか仕事をクビになったとか、色々と理由を付けてきて、私にお金を無心してきて……Vで人気が出たから、お金があるって思われたんだろうね。怪しいと思いつつも彼の為と思って、金を馬鹿みたいに出し続けちゃったの。Vtuberの活動で忙しかったから、それで彼の気が引ける習って思ったのかも」
お母さんの病気が治ったのは良かったとしても、その後も神崎さんに金を無心してくるとは、話を聞いただけでもヤバイ男だな。
(もしかして、俺が聖菜ちゃんに払っていたメンバーの料金やスパチャなんかもその男の懐に?)
考えただけで、ゾッとしてきた。聖菜ちゃんが少しでも喜んでくれるならと思って、なけなしの金を彼女に使っていたのに、それを見知らぬ男の為に使われていたとは……。
「アハハ、私も調子に乗っちゃってさ。彼に色々とプレゼントしたりしていたんだよ。会えない代わりにせめて何か貢いでいれば私の事、好きでいてくれるかなとか勘違いしちゃって。それが実ったのか半年前にようやく結婚しようかって話になって……それで、この指輪まで私がお金を出したんだ。彼より稼いでいるから当然だと思って」
と、自嘲気味に俺にまだ嵌めたままの左手薬指にある指輪を見せ、その後、スマホでその婚約者の男らしき奴を一緒に写っている写真を見せる。
一見すると、割とイケメンで良い奴そうな男だが、こいつが聖菜ちゃんを……いや、もう別れているんだから、どうでも良いんだけどさ。
「結婚するなら、一緒に住むことになるし、子供とか生まれたら、もう配信もまともに出来なくなるじゃアに。おまけに隠しながら続けても限界が来るだろうって思って、引退を決断したの。マネージャーは止めた方が良いって言ったんだけど、ファンには正直に言った方が良いかなって思って、結婚の事も正直に話しちゃったんだ。もう二度と戻らない、Vとしての活動も全て捨てて、彼を選んだつもりだったの。そのつもりだったのにい……」
「ど、どうなったんですか?」
その後、神崎さんは俯きながら、黙り込んでしまい目から涙をポロポロとこぼす。
「ある日、彼の家に行ったらさあ……私が持ってきた覚えのない女ものの下着とシャンプーがあってさ……これ、何なの? って聞いたら、最初はお前の為に買ったって言い訳したんだけど、凄く嫌な予感したんで、念の為と思って探偵に調査を依頼したら……」
「ちょっと、どういう事よ、これっ!?」
「な、何だよ……」
「この写真っ! 車の中でキスしている女は誰なのよっ!」
「う……い、いつの間に……これは、あれだよ。友達の彼女で……」
「ふざけないで! 他にもいっぱい証拠あるんだからね!?」
「ち……」
「って、なって……」
おお……正に修羅場だったわけね。金をせびりまくった挙句にその金で他の女と浮気とは、そんなクズ男が他に居るわけね。
「それで駄目になったんですか」
「うん……別れてって言ったんだけど、その女の方が良いからって婚約破棄するって言ってきて……私に封筒を渡したのよ。二百万円入っていた。慰謝料だって」
相手の女がどんななのか知らないが、神崎さんだってかなりの美人でしかもお金も持っているだろうに、それでも捨てるとは……二百万円払ってまでかよ。
「私が彼に貢いだ金の十分の一くらい。弁護士に相談してもそれが相場だから、それ以上の請求は難しいって言われて……あ、ははは……何これ。笑えるよね。彼氏隠して、Vtuber活動していた末路がこれなんだって」
「それは相手の男が悪いわけで、神崎さんが悪いわけじゃ……」
「ううん、私が悪いんだよ。ファンを騙していた訳だし、Vの活動にのめりこんで、彼と会う時間まで削った私が。はは、天罰ってあるんだね。もう事務所も辞めちゃったし、理由が理由だから、今更復帰も出来ないしで……自業自得なのよ、私のっ! ねえ、ざまぁないでしょう、平沢君!? 好きだったアイドルが彼氏隠していて、その彼氏に捨てられるとかさあっ!」
「お、落ち着いてください! そんな事、思ってないですよ!」
神崎さんは泣き叫びながらそう言ってきたので、慌てて宥める。
ざまぁどころか、彼氏がクズ過ぎて、可哀相としか思えなかった。
「う、うう……ありがとう。君の事も騙して裏切っていたのに、嘘でもそう言ってくれて」
「結婚報告はショックでしたけど、神崎さんは悪くないですって」
そもそも彼氏がいるともいないとも言ってはいなかったから、別に騙されていたとかじゃないと思う。
とはいえ、こんな事情があったとは……




