第三十三話 ここで一緒に住まない?
「取り敢えず、どうしましょうかね……いったん帰って着替えとか取っていかないといけないかな」
泊まるなら、着替えとか日用品を持ち込まないといけないけど、それを今から自宅から持って帰るか。
「もう遅いし、朝にすれば? 私も平沢君に何かあったら困るし」
「別に大丈夫ですよ。ここから、俺のアパートまでそんなかかりませんから」
「今から行かなくても良いじゃない。バイトで疲れているんでしょう。今日は家で休みなよ」
「そうですね……」
と、神崎さんが俺の袖を引いて引き留めてきたので、今夜はこの家に泊まることにする。
何だか申し訳ない気分だな。
「あ、何処で寝ればいいんですかね?」
「私の部屋で寝る?」
「さ、流石にそれは……」
「あはは、冗談。そこのリビングでも良い? 毛布は来客用のあるし」
「はい。全然OKです」
リビングで寝た事は無いが、こんな広くて、暖かいリビングでなら毎晩でも寝泊まりしたいな。
実家のリビングは狭くて、色々な物がゴチャゴチャしていて、とても寝れたもんじゃなかったからな。
「あ、これで良い?」
「はい。ありがとうございます。今夜はバイトで疲れました」
神崎さんが暖かそうなフカフカの毛布を持ってきてくれ、リビングのソファーにあったクッションを片付けて、俺が寝れるように準備してくれた。
こういうのはありがたいな。
「今日は本当にゴメンね。明日は休みなんだよね?」
「はい。でも、明後日はまたバイト入っているので。年末年始はちょっと忙しいかもです。コミケも行きますし」
「コミケか……私も行ってみたい気はあるけど、何か今はちょっと疲れちゃって。人混みが凄いんでしょう」
「みたいですね。聖菜ちゃんの同人誌とかあるのかな。ああいうの見て、どう思っています? 何て言うか過激なイラストとかもありますけど」
「どうって言われても。まあ、聖菜を好きになってくれるのは嬉しいかなって。あくまで私自身を描かれている訳じゃないしさ。意外に気にはならないよ」
たまにタイムラインでえぐい聖菜ちゃんのエロ画像なんかが流れたりするんだが、本人というか中の人があれを見てどう思っているのかちょっと気になったが、意外にそんなものなのか。
「あはは、人によると思うけどね。友達と行くんでしょう? だったら、楽しんでいきなよ。もし気になる同人誌があったら、紹介してくれると嬉しいかな」
「わかりました。ふああ……何か疲れちゃいましたね。明日は何をすればいいんですか?」
「家事の手伝いをしてくれれば。詳しい事は明日、話すから、今日はもうおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
ソファーに横になって毛布にくるまり、そのまま眠りに就く。
今夜は神崎さんと色々とあって疲れた……ソファーもフカフカで寝心地は良いし、もうずっとここに住んでも良いかも。
翌朝――
「ふわ……はっ! ここは?」
ふと目を覚まして起き上がり、周囲を見渡すと、そこは広々としたリビングだったが、そうか神崎さんの家に寝泊まりさせてもらったんだ。
時間は朝の八時前か……神崎さんはもう起きているのかな?
「神崎さん、起きてますか?」
彼女の寝室に行き、ノックをして名前を呼ぶが、まだ寝ているのかな?
そういや昼夜逆転の生活がまだ直らないって言っていた気はするが、だったらまだ寝かせておくか、それとも起こした方が良いのか悩みどころだな。
「神崎さん?」
応答がないので静かにドアを開けて、部屋の中に入ると、神崎さんの部屋は遮光カーテンが閉まっており、真っ暗であった。
寝ているのか……どうしよう? 電気を点けて、一応起こしておくか。
「神崎さん、ちょっと良いですか?」
「んーー……まだ寝たばかりなんだけど」
「す、すみません。でも、今日、どうすれば良いのか聞きたくて。それを聞いたら、またお休みしても構いませんから」
「ああ……そうねえ」
電気を点けて毛布にくるまっている神崎さんを取り敢えず起こすと、毛布にくるまったまま神崎さんは、
「取り敢えず、掃除と洗濯に、朝ごはんを作ってくれると嬉しいかな。ご飯は何でも……あー、パンが良いかも」
「掃除と洗濯に朝ごはんですね。わかりました。掃除機とかモップは使っても良いんですね?」
「うん。リビングの方にあるから。私はもう少し寝るから」
取り敢えず家事を一通りやれば良いのだと思い、神崎さんの言う通りに掃除をまずは始める事にする。
何だか家政婦にでもなった気分だが、元々そういう事なんだからな。
「ふうう……思っていた以上に埃ぽかったな」
リビングやキッチンをモップがけし、掃除機をかけて、どうにか掃除を終わらせる。
綺麗に見えても埃は見えるものなんだな。
洗濯もしないと……てか、神崎さんの下着とかも洗濯しちゃって大丈夫なのか?
まあ、脱衣籠にあるのをまとめて放り込んで、乾燥機にかけちゃえば大丈夫なんかね……。
下着も入っていたが極力見ないようにして、洗濯機に入れて行き、洗濯も進めていく。
今、聖菜ちゃんのお世話をしているんだよね、俺は。
何だか夢を見ているみたいだよ……推しのお世話をしているなんてさ。
「おはよー……あ、もう朝ごはん、出来ているんだ」
「はい。おはようございます」
「わー、美味しそう」
その後、十二時近くになって、神崎さんはようやく起きてくると、俺が用意してあった朝ごはんが並べてある朝食を見て、目を輝かせる。
「トーストと目玉焼きにサラダを適当に作りました。あ、これはコーヒーです」
「ありがとー。いいねえ、こういう朝食。誰かの手作りの朝食何て久しぶりかも。いただきまーす」
既に俺は済ませてしまったので、神崎さんにコーヒーを淹れて、向かい合って、コーヒーだけ飲むことにする。
「あ、もう平沢君は食べちゃったんだ」
「はい、すみません。いつ起きるかわからなかったし、もうお腹が空いちゃったんで」
「あはは、いいよ。こんな時間まで寝ていた私が悪いんだし。でも、本当に美味しいね。サラダもちゃんと出来ているし」
「ありあわせの朝食ですけどね。あんまり、料理得意じゃないんで」
「居酒屋では料理とか作らない?」
「たまに厨房には入りますが、食器洗いですね。賄いが安く食べられるんで助かってますが、俺も料理頑張って作れるようになりたいです」
自炊にも挑戦しているが、中々面倒くさくて出来ないというか。
「洗濯も掃除も済ませてくれたんだ。ありがとー」
「いえ。これくらいならお安い御用ですよ。何ならずっとやっても構いませんって」
「あはは、本当に。じゃあ、お願いしちゃおうかな。ここに住み込みで家事とかしてくれない?」
「マジですか?」
「うん。平沢君なら、安心出来るしさ」
何て朝食を食べている神崎さんとそんなやり取りを交わしていったが、まさか神崎さんとこんな冗談を交わせるまで仲良くなれるとはな。
聖菜ちゃんの中の人だということを考えると、余計に胸が熱くなるね。
『それじゃ、これからもよろしくね平沢君』
「――! は、はい……」
不意に神崎さんが聖菜ちゃんの声でそう言い、思わずドキッとしてしまう。
やっぱり聖菜ちゃんの声良いな……これだけでも頑張れそうだよ俺。




