第三十二話 彼女のお世話をしたい
(え? これ……どうなっているんだ、マジで?)
神崎さんにキスをされているようだが、突然の事で何が何だがわからないまま、混乱していた。
ど、どうしようこれ?
「…………」
「あ、あの……」
それからどれくらい経過したか、ようやく神崎さんは顔を離し、俯きながら俺の胸に顔を預ける。
「ゴメン、急に。でもなんかさ。今になって、色々と不安になったって言うか、これからどうしたら良いんだろうって思っちゃって」
「何かあったんですか?」
「何もないけどさ。色々あったじゃん。ことりが転生して、コスやVとして成功していたり、角田さんがぶいロイドのオーディション受けたいって話とか聞いてさ。みんな、頑張っているなって思っていたら、その反面、私は何をやっているんだろって思っちゃって。大学への復学も上手く出来るか、急に不安になっちゃったし、そしたらもうどうしようかなって」
「だ、大丈夫ですって。神崎さん、自分のやりたいようにやればいいじゃないですか。俺も出来る事なら、何でもしますから」
「そんなのわかっているけどさ。あはは、何だろう。自分、こんなに弱い人間だったのかなって。Vも辞めて、婚約者にも捨てられて、何も残っていないし。今更、実家にも帰れないしさ」
帰れないって、親と何かあったのか?
そうなると、またややこしい事態なんだが、とにかく神崎さんを落ち着けないと。
「実家で何かあったんですか?」
「大したことないんだけどね。Vを始めたって言った時、配信を見た親が『毎日、遊んでいるだけじゃないか』って言ったのを思い出して。ああ、よく知らない人からそう思われてるんだなって。そんな仕事にまた就いて、上手く行くのかなとか頭がグルグル過って」
その言い方はちょっと酷いけど、知らない人から見たら、そう解釈されちゃうんかな。
ゲームで遊んでいるだけじゃなくて、ライブとかレッスンとか色々と頑張っているはずなのに。
「その……神崎さん、やっぱりVに戻りたいんですか?」
「どうだろう? ぶいロイドに復帰したい気持ちはあるけど、今戻るのも難しいし、どうにもならないっていうか。どうしよう。何をしようかな? どうすれば良いと思う?」
「どうしようと言われましても……」
俺にはわからないよ。
それは神崎さん自身が決める事だと思うし、彼女の事にあまり踏み込んでしまうのもどうかと思っちゃう。
「平沢君が決めてよ。君は私よりずっとしっかりしているんだしさ。きっと、私みたいに選択を間違ったりしないと思う」」
「そんな事ありませんって。聖菜ちゃんへの復帰をしてほしいですけど、神崎さんの自由に……」
「聖菜への復帰が無理なら? どうすればいい?」
「それは……」
どうすりゃ良いって言われても……大学に行って欲しいって言えば、大学への復学を決めてくれるのか?
「大学に戻って欲しい?」
「欲しいです」
「なら、戻るよ。ありがとう」
と言って、神崎さんはようやく笑顔を見せてくれたので、ホッとする。
ちょっとは落ち着いてきたのか?
「ゴメンね、急に変な所を見せちゃって」
「いえ、ビックリしましたけど、落ち着いて来たなら、何よりです」
「あはは、平沢君はやっぱり私よりしっかりしているじゃない。何か困った事があったら、これからは君を頼ろうかな」
「俺に出来る事なら何でもやりますよ」
なんせ神崎さんは俺の最推しである神楽咲聖菜の人だからな。
今までの恩返しみたいなのも兼ねて、彼女の力になりたいのは事実だ。
「何でもね。本当?」
「本当ですって。信じてください」
「じゃあ、結婚してくれる?」
「は?」
何かとんでもない事を言われた気がして、一瞬、頭が真っ白になる。
「私の為に何でもするってなら、結婚してくれって言われたら、結婚してくれる?」
「いやいや、俺にできる事ならって話ですよ。何で、そんな話になっちゃうんですか?」
「やっぱり、何でもするって話、嘘じゃない。別に死ねって言っている訳じゃないのにさ。平沢君、もう十九歳だよね? だったら、成人済みで結婚できる年齢でもあるんだけど?」
神崎さん、本当に大丈夫なのか?
急に変なことを言い始めて、マジで心配になってきたんだけど……。
「あのー、それ本気で言っています?」
「本気じゃないって証拠をあげてよ。私、今は酒も飲んでないんだけど」
酒飲んでなくて、そう言っているってなると、ますます困ってしまうんだが……。
こういう時ははぐらかして、神崎さんを落ち着けた方が良いのか?
どうすれば良いのかわからないが、軽々しく結婚しましょうなんて、冗談でも言えやしないって。
「本当にどうしたんですか? 何かあったなら、言ってください」
「色々あったって言ったでしょう。それが急に頭で整理しきれくなって……あはは、これもファンを裏切った報いなのかな? 罰が当たったんだろうね。聖菜のファンを裏切った報いがさ」
「し、しっかりしてください。わかりました。結婚はその……無理です、ごめんなさい。俺は聖菜ちゃんにあくまで復帰してほしいので、俺の方からそういう事をするのはちょっと」
「あー、はは。平沢君もそういう事言うんだ。私、聖菜やってないと価値がないんだね」
「そういう意味じゃないんですって。結婚バレ、彼氏バレがまずいですし、隠しながらやっても、バレた時のリスクを考えてくださいって事で」
いかん、神崎さんが相当、精神的にまずい事になっている。
こう言う時ってカウンセリングでも受けさせた方が良いのか? かと言っても、俺に紹介できる当てもないし……。
「どうしよう? 不安が止まらない。誰か助けて、お父さんお母さんでも平沢君でもことりでも良いからさ」
やべえ、どんどん症状が悪化しているんですけど、マジでどうする?
ここまで精神的に追い詰められているとは想定外だった……今までもどっか、陰のある感じはあったけど、それでも割と無理して気丈にふるまっているつもりだったのか。
「だ、大丈夫です! 俺が付いていますよ! 聖菜ちゃん、元気出して。いや、神崎さんも元気出して下さい。聖菜ちゃんもそう思っているはず」
「そう。じゃあ、しばらくここに居てくれる?」
「しばらく……ええ、居ますとも。もうここにいて、神崎さんが元気になるまで、何でもしちゃいます」
神崎さんの肩を掴みながら、安心させるように力強い口調で言う。
しばらくってのはどのくらいかわからないが、一晩か二晩くらいなら、どうってことないって。
「本当? 最近、私、何もする気が起きなくて……今日は何とかコンビニまで行けたけど、それ以外の家事は出来てないの。ゴミも結構溜まっているし」
「そんなの俺がやりますから。家事はそれなりに得意ですから」
「じゃあ、お願いして良い?」
「はい。お任せください」
神崎さんの家の家事の手伝いなんて、むしろ出来るだけでも光栄だよ。
なんせそれは聖菜ちゃんのお世話とイコールだからな。
聖菜ちゃんのお世話係……そう思うと、推しとしてはそんな大役を仰せつかって、良いのかと恐縮してしまう。
「それじゃ……平沢君、お願いね」
「はい。神崎さんのお世話ならお任せください」
そう胸をポンと叩いて、引き受ける。




