第三十一話 情緒不安になる推し
「いらっしゃいませー」
年末も近くなり、忘年会シーズンに入ったので、居酒屋バイトもどんどん忙しくなっていく。
注文した料理や酒を運ぶだけでも大変だよ全く。
もっと時給を上げて欲しいなって思ったり。物価も上がっているから、色々と大変なんだって。
「はあ……疲れた」
ようやく上がりの時間になり、クタクタになりながら、家路に着く。
やっぱり今の時期は忙しいんだな……そういや、サークルの忘年会ももうすぐだし、年末にはコミケもあるし実家に帰省せにゃならんし、それが終われば大学の期末試験とやることが多くて大変だわ。
神崎さんは何をしているんだろうな?
大学への復学の試験やら手続きなんかで忙しいのかもしれないが、また神崎さんと一緒に何処かに出かけたいなーなんて思ったり。
「ん? あれは……神崎さん?」
「え? 平沢君」
帰りにちょっと近くのコンビニに寄ると、神崎さんが買い物をしていたので、声をかけてみる。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
「ちょっとお夕飯を買いにね」
「もう日付が変わる時間ですけど」
「あはは、ちょっと起きるのが遅くなっちゃって。さっき、起きたばかりなの」
「え? 起きたばかりって……」
もう日付が変わろうと言う時間だが、起きたばかりってのはつまり……。
「もう、配信でも言っていたでしょう。生活が昼夜逆転気味でさ。明け方に寝て夕方に起きるとか、ザラだったんだから」
「あ、ああ……それ本当だったんですね」
確かにそういう生活を送っていると聖菜ちゃんは配信で何度も言っていたが、まさか本当にそんな生活を送っていたとは。
というか、そんなさっき起きたばかりって事はもはや昼夜逆転って生活じゃ済まない気が。
「これじゃ駄目だよね。来年には大学に行くってのに」
「まあ、大学はカリキュラムを自分で組めますので」
「そうだけど、今みたいな昼夜逆転生活は出来ないでしょう。今は大学の近くに住んでいるから、朝はゆっくりできそうだけどさ。これじゃ、また続かなくなっちゃうかな」
確かにある程度自分で時間割を組めるのは良いけど、それでも昼夜逆転生活までは無理だわな。
「平沢君はバイト帰り?」
「はい。忘年会シーズンなんで、忙しくて」
「ああ、そんな時期なんだ。早いよね時間が経過するの」
全く、ついさっき入学式だった気がするんだが、もう一年が終わっちゃうなんてな。
「平沢君も忘年会の予定があるの?」
「サークルで忘年会やるって話はありますよ。しかも、俺がバイトしている居酒屋で。従業員割引目当てですかね、はは」
「ふーん。いいね、そういうの。青春って感じで」
サークルの忘年会が青春ね……まだ酒が飲める年齢じゃないし、バイト先でやられるのもちょっと面倒な気はするんだが、
「神崎さんは年末年始の予定はあるんですか?」
「特にないかな。もしかしたら、実家に戻るかもしれないけど、まだ決めてないし。何となく帰りづらくてさ」
仕事も辞めてしまって婚約も破棄されてしまってってなると、確かに実家に顔向け出来ないってのはあるんだろう。
予定がないなら、その……いや、俺もクリスマスはバイト入れちゃったし、年末は忘年会やコミケとか色々ありましてね。
一応、明日なら予定は空いているんだが、急すぎるしな。
「平沢君、明日は何か予定ある?」
「え? いやー、明日はたまたま空いていて」
「そう。じゃあ、悪いけど、ちょっと手伝ってほしい事あるんだ。今から、ウチに来れる?」
「今からですか? 構いませんけど、何です?」
「ちょっとね」
こんな時間に何だろう?
昼夜逆転気味の生活らしいから、家事の手伝いでもしてほしいのかな。
「どうぞ」
「おじゃまします」
リビングに案内されて、ソファーに座ると、神崎さんはキッチンに行って、紅茶を淹れてくれた。
「こんな遅くにゴメンね」
「いいんですよ。手伝ってほしい事って何ですか?」
「あー、その……クリスマス、誰かと遊びに行ったりする?」
「クリスマスですか? ないですね。バイト入っていますし」
「バイトかあ。それじゃ、仕方ないよね」
忙しくて嫌なんだけど、忘年会シーズンだし、稼ぎ時なんで仕方ない。
こっちも生活費がかかっているからな。
「あ、うん。明日は予定ないんだよね?」
「はい。それで手伝ってほしい事っていうのは?」
「その……動画でも見ない?」
「動画? 何のです?」
と言って、神崎さんがスマホを見せて、動画を見せると、
「これは……ライブですね」
「うん。ぶいロイドの生ライブがちょうどやっているんだ」
「あー、それ今日でしたか」
年末にライブ配信をやるってのは聞いていたが、それが今日だったとは忘れていた。
聖菜ちゃんが引退してしまってから、ぶいロイド自体をあまり追ってないんだよな。
好きなVもいるにはいるんだけど、熱中して追いかけられるようなのが居ないんだよね。
「あはは、何か懐かしくてさ。去年まで、私もこの中に入って、大騒ぎしていたなって思って」
「ああ、そうでしたね。俺も見ていましたよ」
「本当?」
「当然ですよ。聖菜ちゃんのライブなら見ないといけないですし」
「ありがとう。結構、ダンスや歌のレッスンがきつくてね。何か懐かしいなって思って。あ、こっちに来て、一緒に見ようよ」
「あ、はい」
スマホを横にして、神崎さんがぶいロイドの配信映像を流したので、隣に座り、一緒に温かい紅茶を飲みながら見る。
七扇カリンの番か……ぶいロイドでは一番人気の彼女の出番とあって、視聴者数が十万人を超えているよ。
相変わらず凄い人気だな。
「角田さんもオーディション受かったら、この中に入っちゃうかもね」
「あ、はは……受かればですけどね。でも、流石に厳しいんじゃないですか? 倍率千倍って言いますし、あいつ声優経験も配信の経験もないんですよ」
「そういうのが有利になるって訳でもないんだけどね。別に声優をやっていたからって、配信が上手いって訳でもないし」
「そうですか。何か角田にアドバイスありますか?」
「いやー、私もちょっとわからないし……あ、この演出綺麗ー♪ カリンちゃん、歌上手くなっているなあ」
と、七扇カリンのライブで凄く煌びやかな演出が始まり、二人で一緒に魅入る。
こういうのはVtuberのだいご味だよな。
去年の聖菜ちゃんのライブも凄かったのは覚えている。
「ねえ」
「何ですか?」
「聖菜の時の私、輝いていたと思う?」
「聖菜ちゃんの時の神崎さんですか? そりゃ、輝いていたんじゃないですか?」
『そっか。ありがとう。じゃあ、聖菜を辞めた今は? ただの面倒くさい女でしかない?』
「は? いや、そんな事は無いですけど」
急に聖菜ちゃんの声真似をして、神崎さんがそう聞いてきたが、別に聖菜ちゃんであることを辞めようが、神崎さんは神崎さんだろう。
そう思いたかったが、彼女はライブ映像を見ながら、ぐっと唇を噛み、
「はは、私も婚約なんかしなければ、まだこの舞台に立てていたのかなって。まあ、ガワを被っているから、私自身じゃないんだけど、男を取ってまで捨てなきゃいけないものだったのかなって。その男にも捨てられちゃうし」
「あ、あの……」
どうしたんだろう? 酔っているのか?
様子がおかしいけど、大丈夫か?
「神崎さん、何か別の動画でも観ます? あ、テレビ点けましょうか?」
「いい。ゴメン、何か急に愚痴りたくなっちゃって。大学に復学したりすれば前向きになれるかなと思ったけど、やっぱり無理かも」
「大丈夫ですって! 自分のペースで頑張れば良いと思いますよ」
「うん、ありがとう。やさしいね。聖菜もこんなファンに応援されて幸せだったかな。これはお詫びね」
「へ? んっ!」
急に神崎さんが俺の腕に絡みついた後、顔を密着させてきた。
唇と唇が重なって……え? これはまさか……キスされてる!?




