第三十四話 ようやく仲が進展?
「こんなものかな?」
自宅から二、三日分の着替えや日用品なんかを取りに行き、バッグに詰めていく。
神崎さんのマンションは近くなので旅行気分ってわけじゃないが、考えてみたら何日くらいかの彼女の世話をしてあげれば良いんだ?
落ち着くまでって話だけど、具体的にどのくらい神崎さんの家にいればいいんだか、ちょっと彼女に聞いてみよう。
「あのー、神崎さん」
「何?」
「えっと、俺って何日くらいここに居れば良いんでしょうか。神崎さんが落ち着くまでって言いましたけど、俺もバイトとかありますし、年末年始は帰省もしないといけないので……」
「そっか。別に何日いてもいいよ」
「な、何日居ても良いって……流石にそういう訳には」
「どうして? 私のお世話をしたいなら、いっそ住み込みしてくれてもいいんだよ。ね?」
住み込みって、それはもはや同棲では……。
というか、俺と神崎さんってキスまでしているじゃん。
この状況で一緒に住むって、もう俺も意識せざるを得ないっていうか。
「私も色々とあってさ。何か心身ともにボロボロの状況って言うか。カウンセリングでも受けた方が良いのかな?」
「悩みがあるんなら、言っても良いんじゃないですか? 俺でよければ力になりますけど」
「平沢君がそばにいてくれれば何でも良いよ。家事と買い物もしてくれると嬉しい。あ、お金を渡すね」
「い、いいですよ」
「買い物まで頼んでおいて、そういう訳にはいかないよ。はい、これで足りる?」
神崎さんは財布から俺に三万円を取り出して渡す。
流石、元超売れっ子Vtuberだけあって太っ腹だな……じゃなくて
「これで好きな物を買っていいから。足りなかったら言ってね」
「はい。今日のご飯はどうしましょう?」
「ふふ、お昼も夕飯も平沢君の好きな物を作ってくれていいよ。私が無理を言っているんだし。あ、作るのが面倒なら、デリバリーとかでも良いから」
「いえ、俺が作ります」
一人暮らしだから自炊経験が無いわけではないので、神崎さんの為に頑張って、作ることにする。
ちょっとプレッシャーかかるな……。神崎さんのお気に召す料理を頑張って作らないとな。
「お待たせしました。どうぞ」
「うわー、これって焼うどんじゃない」
「はい。ちょうどスーパーで特売だったので」
スーパーで買ってきた焼うどんを調理し、テーブルにちょっと多めに盛ると、神崎さんも目を輝かせて、俺が作った焼うどんを眺める。
うん、上手く出来たと思うぞ。ちゃんと味見もしたしな。
「いただきます。パク……うーん、美味しい♪ 焼うどんって、久しぶりに食べたかも」
「俺もです。神崎さんと一緒だから美味しんですかね」
「もう、上手だなあ。平沢君、良いお婿さんになれるんじゃない」
「そ、そうですかね、はは」
神崎さんにそんな冗談を言われてしまい、ちょっと照れてしまう。
以前はずっと聖菜ちゃんを嫁にしたいとか、冗談で言っていたりしたけど、今はその聖菜ちゃんを演じていた神崎さんとプチ同居中ってことで。
「まるで夢見たいです。聖菜ちゃんの中の人とこうして、一緒にお昼ご飯を食べているなんて」
「夢って言われても。『私も嬉しいよ、平沢君』」
「う……あはは、やっぱりドキっとしますね」
不意に神崎さんが聖菜ちゃんの声真似をしてお礼を言ってくれたが、やっぱり聖菜ちゃんの破壊力はすごい。
でも、何だか罪悪感は感じちゃうんだよなあ……。
神崎さんが特別サービスしてくれるのは嬉しいけど、俺にだけってのがどうしても引っかかる。
「今のは私が神楽咲聖菜の声真似をしたってだけだからさ。そんなに気にしなくても良いんじゃない?」
「え? 気にするってのは……」
「顔に出てるよ。多分、自分だけ特別扱いされるのが嫌なのかもしれないけど、私は聖菜であって聖菜ではないというか……少なくとも今は聖菜ではないしさ。神崎頼子っていう、無職の一般人だし。その女が聖菜の声真似をしただけだと思えば良いじゃない。上手く説明出来ないけど」
神崎さんは憮然とした表情をしながら、箸を置いてそう言ってきたが、神崎さんは聖菜ではないか……。
そうなのかもしれないけど、やっぱりvtuberって中の人とは別人格って訳では無いから、そこは割り切れない
「いいじゃない。そんなに聖菜の声真似が嫌?」
「嫌じゃないですって。ただ、何か特別扱いされちゃうと、気が引けちゃうんですよね」
「平沢君はさ……私と聖菜、どっちが好き?」
「は? どっちとは?」
神崎さんが真顔で俺にそう訊くと、俺も言葉を詰まらせる。
「仮にだよ。私と聖菜の両方に告白されたら、君はどっちを取るつもり? やっぱり、聖菜を取りたい?」
「そ、そんな事を言われても……」
本気で言っているのかと思ったが、この前、神崎さんにキスされた時の事を思い出してしまう。
まさか、あれは本気で?
何か自棄になってキスをされたような感じだったので、事故みたいなものだと思ったが、仮に本気だとしたら、俺は……どうすれば良いんだ?
「どっちなの?」
「う……わ、わからないじゃ駄目ですか?」
「駄目だね。本気で訊いてるから。聖菜のガワを被っていない私に興味はないの、平沢君は?」
「そんな事ありません! でなきゃ、神崎さんと仲良くなりたいなんて……」
「それだよ」
「え?」
「いつまで、神崎さんなんて言っているのかな。私、頼子って名前があるんだけど」
と、ムスっとした顔をして、神崎さんが思いもしない事を言ってきたので、しばし唖然とする。
「ほら、頼子って呼んで。もう、他人行儀で呼び合う仲じゃないでしょう」
「わかりました。じゃあ……頼子さん」
「~~……! う、うん。えへへ、何か照れるかも」
俺が苗字で呼んでいるのが気に入らなかったのか……それって、もう俺の事、相当親しい間柄って認識しているって事だよな。
(やば、どんどん意識しちゃうじゃないか)
頼子さんか……聖菜ちゃんの中の人ってのはどうしても意識せざるを得ないけど、それを抜きにしても美人だし、面白い人なので素敵な女性だとは思う。
俺なんかをここまで気にかけてくれている理由は何だろう?
「じゃあ、俺も公人って呼んでくれません?」
「ああ、公人って言うんだ。えへへ、公人♪」
う……いきなり、呼び捨てですか。
まあ、破壊力があるなあ……俺の方は流石に頼子さんを呼び捨ては出来ない。
何より付き合っている訳じゃないんだしさ。
「なーに? もう、キスもしたし、私の下着も見ている仲じゃん」
「し、下着は洗濯で仕方なくと言うか……」
「あはは、もう一緒に住むことになるんだしさ。お互い、気を遣うのは止めようよ。公人のご飯も美味しいし、あなたになら、色々と安心して暮らせそうだから」
キスはともかく下着に関してはいやらしいで目は決して……だって、洗濯している最中で仕方なくだしさ。
「ご馳走様。洗い物は私がやろうか?」
「俺がしますよ」
「そっ。じゃあ、任せた。そうだ、午後は一緒に買い物に行こうよ。軽いデートしない?」
「はい。いいですよ」
思いもよらず名前で呼び合う仲になってしまったが、それでも頼子さんが元気になってくれたみたいでよかった。
だが、聖菜ちゃんと頼子さんがどっちが大事かって話。
あれはどういう意味だろう? まさか、俺と付き合いたいってのが本気なんだろうか?




