第二十九話 彼女の意外な決断
「うう、寒くなってきたな」
今年もそろそろ終わりに近づき、いよいよ冷え込みも厳しくなってきた。
もうすぐクリスマスか……と言っても、バイトが入っているから、遊びにも行けないんだけど、神崎さんは何か予定あるんだろうか?
クリスマスの次の日は予定がないから、誘うならその日だけど、せめてプレゼントくらいはクリスマスの日までに渡せればな。
「こんにちはー、平沢君」
「ん? おお、角田か。何?」
キャンパスを出た所で、角田にまた声をかけられたが、また何か用があるのか?
「年末の予定なんだけどさ。コミケ、来れそう?」
「どうだろう? こっちもバイトが忙しくてさ。忘年会シーズンだし」
「それを言い訳にコミケに来ないつもり? その辺は都合付けておいてよ。私だって、その日はバイトも無理言って休ませてもらっているんだからさ」
「わかったよ。何とか掛け合ってみる」
正直、コミケとかあんまり興味ないんだよな。だって、聖菜ちゃんも引退しちゃったし、他に推しているVも好きな漫画やアニメで欲しい同人もないのだ。
何より人ゴミがちょっと嫌でさ。あんな所に好きこのんでいきたくないと言うか。
「それより、今日は何か予定ある?」
「別にないけど」
「そう。じゃあさ。ちょっとばかし相談があるんだけど、良い?」
「相談? まあ、良いけど」
「よかった。じゃあ、そこのカフェまで来てくれる?」
ここじゃ話しにくい事なのか、角田は大学近くのカフェに俺を案内していく。
何だろうな? まさか、植田さんと会っている事がバレているとか? こいつの情報網はちょっと侮れないレベルだからな。
「それで話って?」
「うーん、あまり大きな声では言えないんだけどさ」
カフェの隅っこの方の席に二人で座り、角田はあたりをキョロキョロと見渡しながら、注文したキャラメルマキアートを飲むと、
「実は私、ぶいロイドのオーディション受けることにしたんだよね」
「…………えっ?」
思いもよらぬ言葉が角田から飛び出し、思わず黙ってしまう。
「ぶ、ぶいロイドのオーディションって、お前が? 本当に?」
「うん、本気」
「だって、倍率凄いんだろ? 確か……」
「うん、千倍以上あるって話だね」
「そんなの、受かる自信あるのかよ?」
倍率千倍って事は千人に一人しか受からないって事なので、そんなの俺なら一生続けても受かる自信はない。
「なきゃ、受ける訳ないじゃん。それでさ、最初の一次審査は書類選考と自作ビデオで自己PRするんだって。もう書類に関しては制作を始めているのよ」
「へえ。でも悪いけど、どうすれば受かるかなんてアドバイス、俺には出来ないからな」
「なーに言ってるの。平沢君の身近に一人いるじゃない。言わなくてもわかるよね?」
「あ……」
なるほど、神崎さんの事か。しかも、神崎さんだけじゃなくて現役のリノー社の社員の間宮さんや元ぶいロイドの夏空ミーナこと、植田ことりさんまでいる。
実際にぶいロイドのオーディションを突破した人が二人も身近にいるって、凄い話だな。
「まあ、色々とアドバイスが欲しいなって思って。神崎さんに事情話して、今度ちょっと会わせてくれると嬉しいなーって」
「わかったよ。話してみるけど、何でオーディション受ける気になったんだ?」
「そりゃ、前からVには興味ありまくりだったし、やってみたいって気持ちもあったからさ。でも、どうやってやるかが問題だったのよね。個人でやるか、どっか弱小の事務所からデビューを目指すかとか色々と考えたんだけどさ。やっぱりやるなら、最大手の箱に挑戦したいと思って。そっから、デビューすればもう人気Vへの道は保証されたも同然じゃん」
最大手の事務所であるぶいロイドでデビューすれば、嫌でも登録者数も視聴者も大量に群がってくるって事か。
詳しくは調べてなかったが、ぶいロイドのライバーって一番下の方でもデビュー出来ればチャンネル登録者数何十万っている、化け物ハコで当然そこからデビューを目指す人は山ほどいるって訳だ。
「ふふ、神崎さんに会って、もうどんどんその気になってきてさ。私もVオタクとしての本領を発揮するときが来たんじゃないかって」
「ああ、そういうことね。わかったよ。話はしておく。オーディションっていつから?」
「いつっていうか、書類と自己PR動画の提出の締め切りが年末までなのよね。だから、あんまり時間はないの」
おいおい、そんな準備期間短くて大丈夫なんか?
角田にしては思い付きで行動し過ぎな気はするが、何か変な事でも企んでたりしないだろうな?
「んじゃ、これで。ちゃんと話しておいてねー」
「ああ」
その後、二人でカフェを後にして角田と別れ、家路に着く。
何だか妙な展開になってしまったが、角田がぶいロイドからデビュー……いや、流石に無理だろうけど、応援はしておくか。
「はーい、平沢君」
「ん? いい!? う、植田さん?」
店から出た後、いきなり背後から肩を叩かれて女性に声をかけられたので、何事か振り向くと、何とサングラスをかけた植田さんが俺に声をかけてきた。
「な、何でここに?」
「何でって言われても、私、この近くに住んでいるんだけど。最近、引っ越してきたばかりだけどね」
「そ、そうなんですか」
この近くってことは、俺や神崎さんの家の近くに住んでいるって事かよ。
まさか神崎さんを追いかけて、この近くに引っ越してきてないだろうな?
「今の平沢君の彼女? 可愛い子だったねー。頼子と付き合っているのに、浮気しているんだ」
「違いますよ! あ、あれはただの大学の同級生なんですって」
「へえ。その割に仲良さそうだったけど」
本当にそうなんだけど、神崎さんも同じような事を聞いてきたんだよなあ。
神崎さんに誤解されちゃうのはちょっと……と思ってしまうが、
「今、エステに行ってきた所なの。やっぱり、コスをする以上、身なりには気を付けないといけないしさー。稼いだ分をそれだけ自分の体に投資して、メンテしているのよね。結構大変なのよ」
「はあ……」
エステなんて、全く縁のない場所なので、どういう事をやるのかも想像つかないが、容姿を綺麗に保つのもお金がかかるって事なのかね。
「君、これから暇?」
「暇と言えば暇ですけど」
「なら、お姉さんにもちょっと付き合いなよ。今、ちょっと暇しているしさ」
「え、ええ? でも……」
「何か嫌なの? 誰か付き合っている子が居るなら、流石に遠慮するけど」
「いませんけど、どうして俺と?」
「あはは、何か理由が必要? ちょっとお茶したいだけなんだって」
植田さんが俺の手を引いて誘ってきたが、どうしよう?
実際断る理由もないし、むしろ嬉しいシチュエーションではあるんだけど、何か絶対企んでいそうなんだが……。
「きゃー、忘れ物しちゃったよ。ん?」
「え? なあ! か、角田?」
植田さんに手を引っ張られたところで、何と角田がこっちまで走って戻ってきてしまい、思いっきり見られてしまった。
「あー、平沢君? もしかして、ナンパ?」
「違うって! こ、この人はその……」
むしろナンパされている方なんだけど、植田さんの事、何て説明しよう?
「あーん、お姉さん。その子、ウチのダーリンなんですけど、何か用ですか?」
「ダーリン? 付き合っている子いないって言ったけど」
「むむ!? その声は……」
角田が俺を助けようとしたのか、あからさまなぶりっ子みたいな口調で植田さんにそう迫ると、角田は彼女の声を聞いた瞬間、彼女の顔をマジマジと凝視する。
「えっと、何か?」
「お姉さん……声、可愛いですね。まるでアニメのキャラみたい」
「きゃー、そう言ってくれると嬉しいなあ」
「そ、その声は……ま、間違いない」
植田さんの声をもう一度聞くと、角田は震えながら後ずさっていく。こ、これは間違いなく……正体バレちゃった?




