第二話 お姉さんの事情
「本当に良いのかな?」
バイトが終わった後、悩んだ末に神崎さんの自宅のマンションに足を運んでしまった。
てか、何階建てなんだこのマンション?
二十階建以上はありそうだが、よくこんな駅近くの一等地のタワマンに住めるだけの金があるな。
こんな夜中に女性の部屋にお呼ばれってだけで緊張しちゃうが、落ち着け。
聖菜ちゃんのアクリル板をくれるって話だろ。
もらうのは気が引けるが、一番推していたVの直筆サイン入り限定グッズを目の当たりにしたら、やっぱり自然に足が動いてしまうんだって。
そう言い聞かせながら、エレベーターに乗り、神崎さんの部屋に向かっていった。
「はい。あ、平沢君。来たんだね。入って」
「おじゃまします」
呼び鈴を鳴らすとすぐに神崎さんが出て来て、俺をリビングに招く。
「神楽咲聖菜のアクリル板、欲しいんだよね? はい、どうぞ」
「あのー、やっぱりそんな限定グッズ、軽々しくは……」
「もう、まだ言ってるの? これは昨日のお詫びとお礼だって言ったじゃない。私にはもう必要ないし、本当に欲しい人に持って欲しいから、受け取って。ね?」
早速、聖菜ちゃんの直筆サイン入りアクリル板を俺にホイっと渡そうとするが、やはりいざとなると躊躇してしまう。
だって何十万円もするプレミア限定グッズな訳でしてね……。
「ふふ、真面目なんだね、平沢君って」
「ど、どうですかね。でもよかったです。昨日より元気になったみたいで」
「え? ああ……昨夜は飲み過ぎちゃって、お見苦しいところを……本当に申し訳ないです」
アクリル板は中々受け取る決心が出来なかったが、神崎さんは昨日より顔色も良くなり、口調も気さくになったので、元気を取り戻したみたいで何よりだ。
昨日は思い詰めていたみたいだったけど、悩みが解決したのか、どうか?
「これが嫌なら他にも色々限定グッズがあるの。ちょっと待ってね」
「え? あ、神崎さん?」
そう言って、神崎さんはリビングを後にし、廊下にある部屋に入っていった。
限定グッズが色々あるって、もしかして神崎さんって、聖菜ちゃんにガチ恋していたファン?
女性ファンは一、二割程度という話は聞いたが、聖菜ちゃんにそこまでのめり込んでいたとは……。
「きゃああっ!」
ガラガラ!
「っ!? どうしました?」
「いたた……ちょっと躓いちゃって……」
なんて考えていたら、神崎さんの悲鳴が聞こえたので、慌てて部屋に入ると、部屋の中はめちゃくちゃ散らかっており、その中で神崎さんが倒れこんでいた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう……ごめんなさい、ちょっと散らかってて……」
彼女の手を取り抱き起こすが、確かに中は雑誌やらゲームソフトやら、ゴミやらが散乱していてかなり散らかっていた。
部屋の奥の机にはめっちゃハイスペックそうなデカイディスプレイや音響機器がいくつも設置されたパソコンがあったが、何かハイスペックなゲームでもやってんのかこの人?
「ここは、仕事場兼寝室に使っている部屋なんだけど、最近、まともに掃除する気が起きなくて……」
「仕事場って、何の仕事してるんですか?」
「え、えっと……IT関連のお仕事と言いますか……」
IT関連ってことはプログラマーとかエンジニアとか?よく知らんけど。
だから、あんなハイスペックなパソコン持ってたのか。
「もう、辞めちゃったんだけどね。今は絶賛無職中っていうか」
「あ、そうなんですか」
IT企業って、めっちゃ残業多くて激務って噂だから、就職するのは止めておけと大学の友達にも言われたっけ。
ストレスとか凄かったんかね……でも、こんなタワマンで生活しているくらいなら、相当な凄腕プログラマーとかだったりして。
「片付けしないと。こんなに散らかっている所をいつまでも見られちゃ恥ずかしいし」
「手伝いましょうか?」
「見られたら恥ずかしいものとか色々あるから……」
「ですよね。でも、何かあったら……ん? これは……」
散らかっている部屋の中で、あるものを見つける。
「こ、これは神楽咲聖菜の七分の一、フィギュアっ! あ、これは七海ルリカの直筆サインじゃないですか!」
床にこれまで限定品である聖菜ちゃんのフィギュアを発見し、更に聖菜ちゃんと同じ事務所である『ぶいロイド』所属の人気Ⅴtuberの直筆サイン色紙まであるではないか!
よく見ると、他に聖菜ちゃんや人気Vtuberのグッズが……ここは宝の山か!?
「欲しかったら、聖菜のフィギュアはあげるよ」
「い、いや……これも限定生産でプレミア付いていますよね」
「いいよ。持っていてもしょうがないし……」
「しょうがないって……聖菜ちゃんのファンじゃないんですか? てか、Vtuber好きなんですよね?」
「好きではあるよ。でも、もう良いの」
いいって、どういう事? 何だか諦めのような表情をしながら、そんな事を言ってきた神崎さんだが、こんなにホイホイ限定グッズをあげようとするなんて、やっぱり普通じゃない。
「前の仕事、すごく上手く行っていたんだけど、二ヶ月くらい前に自分で辞めちゃったんだ。その……婚約者がいて。その人と結婚する事になったの」
「はあ……」
部屋を片付けながら、神崎さんがしんみりとした口調で話していくが、これ俺が聞いて良い話なんか?
「学生時代から付き合っていた人で、結婚した後も続けようか悩んだけど、やっぱり無理があるかなって思って」
結婚を機に仕事を辞めたって事か。
仕事と結婚の両立って大変だって言うから、難しい所だよな。
「結構思い切った決断のつもりだったんだよ。仕事じゃなくて彼を選んだって事で、批判もされたけど、退路を断っての決断だったのに……」
と言いかけたとたん、神崎さんは俯いたまま、しばらく黙ってしまう。
「そこまでしたのに……うっ、うう……」
「神崎さん?」
「私の事、金づるとしか見てなくて……最初は優しかったのに、私の仕事が軌道に乗り出したころから、お母さんが病気だとか、借金の返済で大変だとか色々と言ってきて……挙句に他の女と……う……」
と言いかけた所で、神崎さんが泣き崩れる。
「うう……こんなのって、ないよお……彼の為に、全部投げ出そうとしたのに、こんなのって! 直前になって、好きな子が出来たって!? 仕事辞めて、無収入になったら用済みって事!? あんなひどい人だったなんて!」
「か、神崎さん。落ち着いて!」
と半ば錯乱しながら、神崎さんがそう泣き叫び、慌てて彼女を宥める。
「はっ! ご、ごめんなさい。変な話をしちゃったね」
つまり、仕事を辞めてまで交際していた彼を選んだのに、その彼に裏切られたってこと?
「この指輪、別に未練がある訳じゃないんだけど、こんなの忘れちゃいけないって思って、敢えてしているんだ。指輪だって私が殆ど金を出したのに……流石に返してもらったけど、全部無駄になっちゃった」
「そういう事情が……あの、それでウチの店で?」
「やけ酒でもしないとやってられない気分になって。ごめんなさい、平沢君は関係なのに、迷惑かけちゃって」
「いえいえ。これも何かの縁ですし、その……何か力になれることがあったら、遠慮なく言ってください」
「くす、ありがとう。この神楽咲聖菜のグッズ欲しいの、好きなだけ持って行って。好きな人にやっぱり持っていてもらいたいから」
「あ、じゃあ、このフィギュア貰っていいですか?」
あまり遠慮し過ぎると悪いので、あの限定フィギュアを取り敢えず受け取ることにする。
取り敢えずだぞ。
返せと言われたらすぐに返却するんだ。
「ありがとう。受け取ってくれて私も嬉しいです♪」
「――っ!?」
フィギュアを受け取った瞬間、神崎さんが笑顔でそうお礼を言う。
彼女の顔はとても眩しくて可愛かったが……それだけじゃない。
(い、今の聖菜ちゃんの声にめっちゃ似ていたんだけど?)




