第二十三話 未だに迷っている推し
「ふわ……よく寝た。あれ、神崎さんからだ」
翌朝、起きてスマホを見ると、神崎さんからラインが着ていたので見てみると、
『今日、ちょっと会える?』
「ん? 何だろう?」
『何か用ですか?』と返信すると、『ちょっと話がね』と短文で送ってきたので、恐らく直に会って話がしたいんだろう。
もちろん断る理由はないので、OKの返事をし、早速、午後に会う事にした。
ピンポーン。
「平沢君、いらっしゃい。ゴメンね、呼び出しちゃって」
「いいえ。それで、話ってのは?」
「うん、ちょっとね……お茶を出すから、そこのリビングで待っていて」
ちょうど午後は休講だったので、早い時間に神崎さんの家に来れて良かった。
「この紅茶、Vをやっていた頃に知り合いのライバーから貰ったものなの。すごく香りが良いでしょう」
「本当ですね。はは、俺、紅茶とかあんまり飲まないので」
神崎さんが淹れた紅茶はとても香りが良くて、美味しかったので、こんな高級なのをいただいてしまって良いのかと恐縮してしまう。
やっぱり、売れっ子のVtuberともなれば色々な人から差し入れが来るんだな。
「それでさ……この前、その……知り合いのライバーから転生しないかって話があってさ」
「え? 転生の話がですか?」
「うん。姫月マキって知っている? 元ぶいロイドで私の同期生なんだけど、今、別のVに転生して活動している人なの」
「ええ、知っていますけど……その人から誘われたんですか?」
「一緒にやらないかって。お互い、結婚が駄目になったものどうしで、話題になるんじゃないかって言われてさ。はは……まあ、確かに話題にはなるかもね」
マジか。姫月マキから直接、そんな話が神崎さんに来るとは。
「転生して、やりたいんですか?」
「平沢君の意見が聞きたくて。どうしてほしい?」
「お、俺は……聖菜ちゃんをまたやって欲しいって気持ちはあるんですけど、神崎さんが転生してやりたいってなら、それを応援しますよ」
「そっか。平沢君なら、そう言うと思ったよ」
俺がそう言うのを予測していたのか、神崎さんはクスっと笑いながらそう言ってくれたが、正直、転生して別のVをやられると、もう聖菜ちゃんに復帰するのはかなり難しくなってしまうんだろう。
「姫月マキの人とは彼女がぶいロイドに居た頃は、何度かコラボしたり、プライベートでも食事に行ったりして、仲は良い方だったんだけど、彼女がぶいロイドとの契約を解除されてからは全然連絡も取っていなくてね。それなのに、いきなり連絡が着て、一緒に転生してやらないかって話が来たから、ちょっとビックリして」
へえ、姫月マキとは仲良かったんだ。何度かコラボしたのは覚えているけど、別に二人が仲良しって印象はなかったな。
「婚約破棄の事、結構噂になっちゃっているんだね。誰が流したんだが知らないけどさ。はは……結婚が駄目になった者同士で傷のなめ合いみたいなのをやれば意外に受けるのかな」
「それはどうかわからないですけど……神崎さんがやりたいように」
『平沢君の意見が聞きたいな。聖菜、あなたがしたい事をしてあげたいの』
「――! お、俺のですか?」
『うん。平沢君は私の大切なファンの一人だし、大事な人だから……ね?』
と、上目遣いで神崎さんが聖菜ちゃんの声真似をして、そう言ってきたので、また心臓がドキっと跳ねてしまう。
お、俺が神崎さんの人生を決めちゃって良いの? 流石に荷が重いんですけど……。
「ゴメン。でも、平沢君には色々と迷惑をかけちゃっているし、あなたの希望に添えるようにしたいなって思って」
「はは……嬉しいですけど、その……」
正直、そんな大事な決断、俺が軽々しく決めて良い物じゃないと思う。
でも神崎さんがそこまで言ってくれてるって事はそれだけ俺を信頼しているって事か?
聖菜ちゃんに信頼されているってだけでも、凄く嬉しいな……でも、俺の意見で決めちゃって大丈夫なのか?
「神崎さんのやりたいようにやって良いと思いますよ。俺としては聖菜ちゃんへの復帰を目指して欲しいなって思っていますが」
「ぶいロイドに復帰しないとそれは無理だけどね。はは、どうすれば戻れるかな……もしかしたら、私の事、恨んでいる人もいるかもだし。あの結婚報告で他のライバーもとばっちり受けて、メンバーシップが減少したって言うから」
「あー……ど、どうですかね」
そもそも、俺はぶいロイドの他のライバーの中の人のことを全く知らないし、神崎さんがぶいロイドのVと実際にどれくらいの仲だったのかわからないので、何とも言えない。
話せばわかってくれる……ってほど、甘くはないのかな。
「まあ、返事はしばらく保留にしておこうかな。その方が無難だろうけど、もし急かされたら、断るよ。私もまだ気持ちの整理が付いてないし、何より大学への復学に備えないといけないからね」
「あ、そうですよね。はは。ウチの大学への復学、本気で考えているんですね?」
「うん。青春のやり直しって奴? 復学出来たら、平沢君とも同級生になれるし、それも楽しみだなあ」
おお、そうだよ、神崎さんと同級生になれるかもしれないなんて夢のようじゃないか。
学部が違うのは残念だけど、もうちょっと調べておけば良かったかな……学部に関しては文系の学部って事しか配信では話してなかったんだよな。
「話を聞いてくれてありがとう。おかげで、ちょっとスッキリしたかな」
「いえ、何の力にもなれなくて……正直、神崎さんの人生なんで、好きにやってくれて良いんですよ」
「ふーん。でも、聖菜が結婚報告した時はショック受けていたでしょう」
「あ、あれは……突然だったし、何より神崎さんとは会う前なわけでして」
もし、神崎さんと知り合いとかだったら、また違っていたのかな。
それでも流石にあそこで結婚して引退しますって言うのは止めた方が良いって言うけど、周囲の反対も押し切ってまで、あそこまで言ったのに、その婚約者から捨てられるってなあ……。
マジで何を考えているんだよ、そいつは。
「今日、これから予定ある? よかったら、ちょっと近くのカフェでお茶でもしない? 今日、呼び出したお礼も兼ねてさ」
「いいんですか? すみません、わざわざ」
神崎さんとのお茶とあれば、断る理由なんて何もない。
何か色々と気を遣わせちゃっているのかな……俺が、神崎さんをリード出来るようになりたいけど、まだ十代の学生の俺がそんな事をしても余計なお世話と思われちゃうかもしれない。
「ここのカフェラテ美味しんだよねー。あ、遠慮なく注文して」
「あ、はい。じゃあ、俺もカフェラテを」
近くの小さなカフェに神崎さんと一緒に行き、二人でティータイムを楽しむ。
これってデートって奴では? 傍から見たら、どんな風に見えるんだろうなあ。
「平沢君、学生生活は楽しい?」
「ええ、まあまあ楽しんでいますよ」
「そっか。私の頃とは変わっているかもしれないから、今更、復学しても上手くやっていけるかなって心配になって。やっぱり、私みたいなのは浮いちゃうかな?」
「そんな事ないと思いますけどね。学生も色々な年齢の人が居ますし」
中高年くらいの人が社会人入試で入ってきていたりするので、別に神崎さんが来ても浮く事は無いと思う。
でも、不安なのはわかるな。なんせ六年ぶりとかだっけ?
(となると、神崎さんと俺って六歳か七歳くらい年齢差あるって事か)
ふと思ったが、そのくらいはある計算だ。神崎さん、大学に来ても全然浮く事は無い容姿だとは思うけど、本人はやっぱり気になるんだろうか。
「何か困った事あったら、お願いね。あ、角田さんもいるか。彼女とはどう?」
「どうと言われても? 普通に仲良くやっていますけど」
「えっと、平沢君の彼女とかじゃないんだよね?」
「ち、違いますよ。ただのサークルの同級生です」
まさか角田とそんな関係だと誤解されていたのか? まあ、仲良さそうに見えるかもだけど、実際、ただの友達でしかないんだ。
神崎さんに誤解は……されたくないな。




