第二十話 特別限定ファンサービス
(こ、この状況……ちょっとヤバかったりする?)
神崎さんも酔っているみたいだが、よくよく考えたら、夜中に女性の一人暮らしの部屋に御呼ばれして、おまけに一緒に飲むってのは、つまりあれですよね。
「ねえ、どうなの? 聖菜を辞めた私にはもう価値がないと思っている?」
「思っていませんって! そんな事、言わないでください」
「ゴメン、ちょっと言い方悪かったかも。何だろうな……色々あって、情緒が不安定になっているっていうか。平沢君には迷惑かけっぱなしだよね」
「全然、迷惑だなんて思っていませんって。神崎さんが聖菜ちゃんを演じていた人ってのは、正直、俺もかなり意識はしていますけど、神崎さんはとっても素敵な女性だと思っていますよ」
「ありがとう。お世辞でも慰めでもそういう言葉をかけてもらえると、嬉しいよ」
と、頬を赤らめながら、神崎さんは酔った口調で俺の腕に顔を預けて、そう言ってくれたが、これは想像以上に破壊力がある。
これって、もう押し倒してもOKって事? いや、待て。そこまでは行ってはいけないな。
なんせ神崎さんには聖菜ちゃんに復帰してもらわないといけないのだ。
その為には俺がここで手を出してどうするのよ。
「今更聞くけど、平沢君は聖菜の何処が好きになったの?」
「え? ああ、そうですね……外見も可愛いなって思ったんですけど、何か聞いてて癒されるなって思ったのが一番ですかね」
「癒されるか……よく言われていたけど、清楚なイメージって事?」
「ま、まあ……そういう感じかもです」
清楚な天使っぽいイメージのビジュアルと、それに似合った甘えるような癒しボイスに、聞いてて和むようなトーク。
それでいて、ゲームの腕も結構あるし、歌なんかも上手でぶいロイドでもかなり万能キャラって感じだったが、そんな聖菜ちゃんの中の人が今、こんな弱弱しい姿を俺にだけ見せているとは……しかも、何か色っぽくって可愛らしい。
「清楚な子が彼氏を隠してて、おまけにいきなり結婚引退とかショックよね。おまけに、婚約破棄されて、平沢君にゲロを吐いちゃうとか、あはは……もう、そんな癒しとか清楚なんてイメージ、ぶっ壊れちゃったんじゃない?」
「ショックだったのは確かですけど、Vとしての聖菜ちゃんは俺の中では永遠のアイドルですし、それを演じてくれた神崎さんも特別な存在に変わりはないですって。聖菜ちゃんに復帰したいんですよね? なら……」
「んぐ……はあ……じゃあさ。私が聖菜に復帰するのと、今、ここで私を抱く代わりにVへの復帰は諦めるってなった場合、どっちを選ぶ?」
「ええっ!? そんな事、言われましても……」
神崎さん、本気で言っているのか? チューハイってかなり酔いやすいって聞いたから、相当、酒が回っているみたいだけど……。
でも、神崎さんをここで抱いて付き合うってなったら、聖菜ちゃんへの復帰が更に遠のいてしまい、出来ても彼氏を隠しながらの配信活動じゃ、また同じ思いをさせることに。
それが良い事だとはとても思えないなあ。
「あはは、そんなの返事出来ないか。酔っているのかな、私」
「そ、そうですよ。大丈夫ですか?」
「うん。私、酒はそんな弱い方じゃないから。そうだ。ちょっと来てくれる?」
「え? あ、はい」
チューハイを飲み干した後、缶をテーブルに置いた神崎さんは隣の仕事部屋だった部屋に俺を案内する。
まだ失恋のショックから立ち直れていないのか……そうであるなら、聖菜ちゃんの復帰を急がせるのは神崎さんの為にもならないか。
「何するんですか?」
「また配信しようと思って。えーっと……これで良いのかな。平沢君、メールアドレス教えてくれる?」
「え? 俺のですか? 良いですけど、どうするんです?」
「招待コード送る為に必要だから。明日の夜、暇? だったら、夜中に非公開配信をして、君だけが見れるように設定しておくから」
「お、俺にだけですか? そんなの出来るんですか?」
「うん。配信の練習とかで特定の人にだけ公開出来るように設定できるの。このチャンネルは収益化されていないから、メンバーシップも出来ないしね」
へえ……じゃあ、配信の練習を俺に見て欲しいって事か。
(やっぱり、聖菜ちゃんへの復帰を?)
それとも、別のVへの転生とか、神崎さん自身が生で配信するとか、とにかく色々方法はあるって言えばある訳だしな。
「これがメアドです」
「ありがとう。んっと……これでよし。じゃあ、そうね……明日の夜十一時とか大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
その時間ならバイトも終わっているので、どうにか間に合いそうだ。
「夜遅くなのにゴメンね。私、まだ昼夜逆転の生活から抜け出せなくて」
「ああ、配信でもそんな事言っていましたね」
聖菜ちゃんは配信で昼夜逆転で生活リズムが崩れているって事は何度か言っていたのは思い出した。
配信を専業にすると、そうなっちゃうのかね。
「それじゃ、明日はよろしく。今夜はもうちょっと飲むの付き合ってくれる?」
「もちろんです。俺、酒は無理ですけどね」
「あはは、そりゃそうだよ」
少し落ち着いてきたのか、神崎さんはその後は俺に言い寄るようなそぶりも見せず、Vをやっていた頃の話とかで盛り上がったのであった。
翌日――
「そろそろかな……」
急いで帰宅し、ノートパソコンを開いて、神崎さんの配信を見る準備をする。
俺にだけ公開の特別配信……めっちゃ緊張するな。
「おっ、始まった」
『……えー、マイクテス。非公開設定にはなっているね。えーっと、こんばんは。元ぶいロイドの神楽咲聖菜です♪ 今日は私の配信見に来てくれてありがとう、平沢君』
「――っ!」
神崎さんがマイクテストをした後、聖菜ちゃんの声で俺に挨拶をし、俺もドキっとしてしまう。
隅っこの方には、聖菜ちゃんがSNSのアイコンに使っていたイラストが表示されており、これはもしかして、聖菜ちゃんが俺にだけに配信してくれているって事?
『平沢君、私の配信見えている?』
「あ……『はい、大丈夫です。聖菜ちゃん、こんばんは』」
『こんばんはー。えへへ、お久しぶりって言えば良いのかな? 今日は平沢君にだけの特別配信なの。アーカイブにも残さないから、しっかり楽しんでね♡」
『はいっ!』
聖菜ちゃんが俺にだけ配信してくれているとは……神崎さんも粋な事をしてくれるな。
『私のアバターはもう事務所に返却しちゃったから、このイラストだけなの。ゴメンなさい。えー、私、神楽咲聖菜、色々ありまして……実は結婚して引退するって言ったんだけど、それが……結婚の話がなくなっちゃったんですよね、えへへ』
俺に挨拶した後、婚約を破棄された経緯を簡潔に話していく。
神崎さんが俺に話したことなので、新鮮さはないが、こうして神楽咲聖菜として報告してくれたのは俺に対するファンサービスってことか?
『そうなんですよ。ショックでねー……ぶいロイドに復帰しようにも、今更、どの面下げてって感じですし、聖菜のファンには申し訳ないしで……』
『元気出して。俺は聖菜ちゃんを応援し続けるから』
『ありがとー。平沢君は優しいね。君と話していると、私も元気になってくるよ♪』
チャット欄で聖菜ちゃんとやり取りしていると、聖菜ちゃんも嬉しそうな声で答えてくれる。
止め絵なので、表情に変化がないのは残念だが、今、神崎さんは神楽咲聖菜を演じてくれているんだ。
『それでね。どうにか、今はやりたいことを模索中なの。平沢君と同じ大学に来年は入れるかも。楽しみだよねー』
「俺も楽しみです」
と、聖菜ちゃんの雑談に俺もチャット欄でその都度リプを返していく。
めっちゃ楽しいんだけど、何かちょっと違う気が……聖菜ちゃんの雑談配信はいつも何万人もの視聴者がいたんだ。
それなのに今は限定公開とは言え、俺一人だけ。普段ならチャット欄は凄まじい勢いで進んでいて、スパチャすら拾いきれない速度なのに、今は俺とやり取りしているだけ。
何だろう……俺が求めていたのとは違う気が……。




