第十九話 どっちが好き?
「いやー、まさか、本当に神崎さんが聖菜だったとは」
「あまり大きな声で言うなよ。これ、誰にも言うなって言われていただろ」
「ああ、ゴメンゴメン。でもさー、あの婚約破棄の話、本当酷いよね。男って生き物は本当、どうしようもないと思わない?」
「酷いとは思うけど、一般化されても困るって。その男は特別だろ」
確かに胸糞悪い話ではあったけど、あんな男は滅多にいるものじゃないだろ。多分だけど。
神崎さんが未だにトラウマになっているし、あの状況ではどっちにしろ聖菜への復帰はしばらく無理っぽいのがなあ……。
「ま、その話はちょっと置いておくとしてさ。平沢君、神崎さんと付き合ってないんだよね?」
「付き合ってないって言っているだろ。まだ知り合って、そんな経ってないんだし」
「その割には随分と気にかけているみたいだけど。失恋で弱っていた女に男がちょっと優しく口説かれると、コロっと騙されるから気を付けた方が良いって」
「別に言い寄っている訳じゃないって」
酔い潰れていたのを介抱したのがきっかけで、別に神崎さんを口説こうとかそんな気持ちは……ないとは言えないのか?
あの人が神楽咲聖菜の中の人だから……いや、それ以上に気にはなっているかもしれないけど、俺なんかガキな訳で相手にされるとは思えない。
「付き合うのは勝手だけどさ。あの人がVへの復帰を応援したいってなら、神崎さんと付き合うのは止めておいた方が良いかもね。彼氏持ちをまた隠しながら、Vtuberやるとか、また同じことを繰り返させる気? 婚約破棄されたばかりで別の男と付き合っているのバレたら、とんでもない尻軽女と思われて、イメージ暴落なんてもんじゃないよ」
「そ、それは……別にそんな事、考えていないよ」
「本当? そうも思えないけどね。今のVtuberって彼氏バレや結婚バレはかなり致命的になるからね。聖菜の時だって大炎上だったじゃん。まさか、彼氏がいるとは思っていなかったでしょう?」
「ああ……それはそうかも」
聖菜ちゃんの中の人がどんな人だったか当時は全くわからなかったし、彼氏の噂とかも俺は聞いたことなかったから、結婚報告の時は本当にショックだったし、祝う気持ちには全くなれなかった。
そうか、神崎さんが神楽咲聖菜として復帰する場合、また同じことを繰り返さないようにするのは絶対条件って事か。
「だからさー。極端な話を言うと、神崎さんと取るか聖菜の復帰を後押しするかの二択な訳よ。神崎さんと付き合いたいってなら、彼女の復帰は諦めるべきだし、Vに復帰してほしいなら、神崎さんと付き合うのを諦めなきゃね。聖菜にガチ恋していたファンならわかると思うけど」
そういうものなのか?
神崎さんの事は……俺は好きっちゃ好きだし、付き合えたら嬉しいかもしれないが、あの人の聖菜への復帰を応援したいなら、それは絶対にしちゃいけない行為だ。
だって、俺も聖菜ちゃんの大ファンだったから、もしバレた場合、ショックを受けるファンが大勢いるのは想像がつくし、そんな思いを他のファンにもさせたくはない。
「結婚を公表しているVとかっているんだっけ?」
「いるよ。彼氏持ちを公表している人もいるけど、そういうのはマイナーで趣味でやっている人ばかりだし、有名どころで結婚を公表した人は公表したとたん、メンバーシップが激減したって話していたよ。おめでとうなんて言われてもそれが現実なのよ」
やっぱり、それが現実なんだよなあ。聖菜ちゃんがもし結婚や彼氏持ちを最初から公表していたら、俺だってファンになってない。
まあ、神崎さんが他に好きな男が出来たってならしょうがないけど、俺の方が彼女に手を出すことは慎まないといけないって事?
「ふふ、まあ、本人がまだハッキリ決めて無さそうだし、ゆっくり考えてみれば良いんじゃない。神崎さんとどうしても付き合いたいってなら、私も陰ながら応援してあげるよ」
「べ、別にそういうつもりは……」
「あはは、じゃあ、私はこれで。今日はありがとう。私もちょっと張り切らないとなー」
何て角田と話している間に駅に着いてしまい、角田はそう言った後、駅の中に入っていき、彼女と別れる。
別に神崎さんと付き合いたいとか考えては……ええい、そんな事は今はどうでもいい。
今は神崎さんがちゃんと立ち直ってくれることを考えれば良いじゃないか。
翌日――
「はあ……今日も疲れたな」
いつものように大学が終わった後、居酒屋のバイトに入り、溜息を付きながら家路に着く。
今日も忙しかったな……明日は休みなんで、ゆっくりしようっと。
「こんばんは」
「ん? おお、神崎さん。どうしてここに?」
家に帰ろうとしたところで、神崎さんが店の前で声をかけてきた。
「ちょっと一杯やろうかなって思ったんだけど、もうバイト終わったんだ」
「はい。あ、すみません、もうそろそろ閉店になるんで」
「いいよ。ちょっとさ。一杯付き合ってくれない? 私の家で」
「え? ああ、えっと……」
一杯と言っても、俺はまだ酒を飲めないのだが、神崎さんが誘ってくれるのであれば、断る理由はないか。
「俺、お酒はちょっと……」
「いいよ。酒じゃなくても。だから、ね? 昨日、ちょっと婚約破棄の事を思い出して、ブルーな気分になっちゃって」
ああ、角田に事情を話した時に、婚約破棄の事を思い出して、嫌な気分になったからか。
「わかりました。明日、休みなんで遅くまで付き合えますよ」
「ありがとう」
俺にも責任はあると思うので、取り敢えず今夜は神崎さんに付き合う事にする。
少しでも彼女の力になれたらなと思いながら、神崎さんと夜道を歩いていき、彼女の自宅であるマンションへと向かっていった。
「平沢君、お酒はダメなんだよね? コーラでも良い?」
「はい」
「うん。じゃあ、私はチューハイにするね」
彼女のリビングにお呼ばれし、神崎さんが冷蔵庫から缶のチューハイと俺の分のコーラを持ってきたので、それでささやかな飲み会をする。
テーブルにはおつまみに使うスナック菓子もあったので、
「夕飯はどうしたの?」
「居酒屋で賄いをいただいたので」
「ああ、やっぱり賄いあるんだ」
「はは、タダじゃないんですけどね。ちょっとお金は払うようなんですが、それでも安いので、助かっています」
バイトするまで賄いってのは無料なのかと思っていたが、そうじゃなかったんだよな。
「んぐ……はあ、ゴメンね。何か付き合わせちゃって」
「いいですよ。いつでも言ってください。神崎さんの為ならですよ」
「そう。『どうもありがとう。平沢君と一緒に飲めて私も嬉しいよ♪』」
「――! あー、はは……聖菜ちゃんと飲めるなんて、マジで最高の気分ですよ」
不意に神崎さんが聖菜ちゃんの声真似をしてきたので、テンションが上がってくる。
『私、平沢君みたいな人に出会えて本当に良かったって思っているよ♪ 私の事、応援してくれて、本当にありがとうね』
「ど、どうしたんですか、聖菜ちゃん? 今日はサービス良いじゃない」
『あはは、酔っちゃったのかな? チューハイって酔いやすいし。んぐ……』
神崎さんが聖菜ちゃんの声真似をしながら、チューハイを飲んでいき、顔も酔ったのか赤くなってきた。
「どうしちゃったのかな。平沢君、聖菜の事、今でも好きなんだよね?」
「はい」
「そう。じゃあさ。聖菜と私、どっちが良い?」
「は?」
神崎さんが俺に肩を預けながら、ちょっと甘えるような口調でそう訊く。
「意地悪な質問かもしれないけど、私って聖菜の中の人だから、平沢君に慕われているのかなって……じゃあ、聖菜をしてなかったら、私なんてただの変な酔っ払いの女としか思っていなかったって事かな?」
「そ、そんなことないですって! 聖菜ちゃんじゃなくても、俺は……」
好きなのか――? 嫌いではないし、神崎さんが気になったのは聖菜ちゃんの中の人とわかるか前からだ。




