第十八話 推しの味方が増えた?
「だ、大丈夫か?」
「うう……まさか、聖菜との婚約を破棄する男がいるなんて……てか、マジでどういう事? こんな美人で、s最大手の箱でもトップクラスのVtuberをやっている人を振るなんて。金だって稼ぎまくっているでしょうに! 馬鹿なの、死ぬのっ!?」
「俺に言われても知らんってっ!」
角田は俺の胸倉を掴んで、そう詰め寄ってきたが、まあ言いたいことはわからんでもない。
マジで元婚約者って男は何を考えていたんだろうな……他に好きな女が出来たらしいけど、婚約を破棄してまで神崎さんと別れるってさ。
「いや、まあ……仕事で忙しくて会う機会が中々、取れなかったってのもあるの。彼氏バレがまずいから、家に来ないでってのが決定打になったみたいで……」
「そんな状況だったのに、何で婚約したんですか?」
「久しぶりに会った時に、ふとしたことで結婚の話題になってね。それで、結婚するならVを辞めないと無理じゃないかって言ってきたから……じゃあ、ぶいロイドを卒業するなら結婚してくれるって話をしたら、OKしてくれて、それで……」
「婚約する事に?」
神崎さんがコクンと頷くが、その流れで
「それが嬉しくて、結婚指輪まで私がお金出して買って、式場やハネムーンの費用も全部私が出すからって言って、事務所にも結婚したいから引退するって話をしたの。もちろん、止められたけど、流石に結婚を隠してまで続けるのは無理だなって思ったから、結婚を敢えて公表をして、退路を断ってまで彼を選んだ……つもりだったのに……」
と詳細を話している途中で、神崎さんがまた涙ぐんで言葉を詰まらせる。
ま、まずい。嫌なことを思い出してしまった。
「その後、どうなったんですか?」
「実は前から他の女と浮気していてえ……しかも、ガールズバーだかで知り合った女に私が貢いだお金を使い込んでいて、交際までしていたの。別れてくれって迫ったら、慰謝料払うから、結婚なしにしようって言われて、もうショックで……」
「し、信じられない……その男、頭おかしいですって! 神崎さん、訴えましょうよ!」
「そ、それが……慰謝料も相場通りの額だから、それ以上は無理って弁護士が言ってきて……ああ、もう本当に馬鹿な事しちゃったよ~~……結婚報告で炎上しちゃったから、もう聖菜にも戻れないしでさ……」
泣きじゃくりながら神崎さんがその話をすると、角田も激怒してしまい、彼女にそう訴えるが、何度聞いても酷い話だよな。
今、その婚約者って何をしているんだ? 神崎さんにこんな思いをさせたってだけはなく、俺達から聖菜ちゃんを奪ったのはマジで許せん。
「何てこと……そいつのせいで、神楽咲聖菜は引退に。Vtuber界の大損失じゃない!」
「あのさ。お前、聖菜ちゃんのファンとかじゃなかったよな? 何でそこまでエキサイトしているの?」
「わかってないね。ファンじゃなくても、Vtuber界の超大物が目の前にいて、そんな目に遭ったなんて聞いていたら、落ち着いていられる訳ないじゃない。平沢君だって、目の前に七扇カリンの中の人とかいたら、どうよ?」
「それは……テンション上がるかもだけど」
七扇カリン……聖菜ちゃんと同じ『ぶいロイド』所属のVtuberでチャンネル登録者数五百万近く居る、Vtuber界のクイーンとも言うべき存在。
一応、俺もフォローはしていて、たまに動画を見ているが、この七扇カリンが現在のVtuberすべてのトップの人気だと言って間違いない。
配信の頻度はあまり高くないけど、凄く気さくでトークも面白くて、年齢とかの自虐ネタも受けまくっているのだが、確か聖菜ちゃんとも何度かコラボしているので、交流はあるんだろうか。
「ちなみに七扇カリンと実際に会ったこと、ありますよね?」
「何度かコラボしたことあるし、イベントでも会って話はしたよ」
「ど、どんな方ですか?」
「あー、まあ……割と配信の時と変わらない感じというか。結構気さくな人で話しやすい人だったかな」
「カリンの中の人って、配信者のみりりんって話は事実ですか?」
「そこは、ちょっと。他のライバーの個人情報は話しちゃいけない事になっているから」
「あ、そうなんですね、やっぱり」
有名Vtuberの中の人じゃないかってネット上での噂は本当なのか、俺も確かめたかったが、やっぱりそこは個人情報に関わる事なので、喋ってはいけないんだな。
流石に角田もそこはりかいしているみたいで、あっさりと引き下がり、
「ふふ、婚約者の話は胸糞だったけど、神崎さんが神楽咲聖菜って知れただけでも、今日はとんでもない日だったわね。Vtuberってみんなこんな美人なのかな?」
「ど、どうだろう? 私も全員と会ったことはないからわからないかな。でも、綺麗な人もいるかなって思ったり」
個人情報を明かさない程度に、ぼかした言い方をするが、神崎さんも美人なんだから、別に素顔のままでも人気出そうな感じあるんだけどな。
でも神崎さんが素顔で配信をしても推しはするけど、聖菜ちゃんと同じように推せるかって言うと、そこは微妙な気はするというか。
「ま、業界の事とか根掘り葉掘り聞きたい事は山ほどあるんだけど、神崎さんも言えない事は多そうだから、今夜はこの辺にしておこうかな。仲の良いVはいるんですよね?」
「何人かはね。でも、みんな忙しくて、なかなか会う機会が作れなくて……地元の友達も、みんな社会人になっているから、同じような感じで……」
「なるほど。それで、大学に復学するって話は本当なんですか?」
「うん。別に深い意味もないんだけど、青春をやり直して、自分を見つめ直そうかなって。Vへの復帰は無理そうだし……」
「あ、聖菜への復帰って無理っぽいんですか?」
「マネージャーさんと話したら、難しいって言われて……ほら、引退報告で炎上しちゃったじゃない。それが尾を引いているみたいで」
「うーむ……どうしても神楽咲聖菜として復帰したいんですか?」
「やるならね。聖菜以外のキャラをやるイメージが湧かなくて。あの子は私を輝かせてくれた子でもあるから、愛着があるっていうか……そんな聖菜を一度は捨てる決断をしちゃって虫が良いのはわかっているけど、Vをまたやるなら、神楽咲聖菜としてやりたいかな」
神崎さんのその話を聞いて、俺としてはちょっと安心した。
他のVに転生してでもやるってなら、反対は出来ないけど、やっぱり神崎さんには神楽咲聖菜を演じて欲しいんだよ。
「だってさ。どう思う?」
「俺は神崎さんの応援をするだけだよ」
「へえ。私も協力しますよ。こう見えても、Vtuber詳しいので。神楽咲聖菜をまた復帰させるために出来る事やりますから」
「ど、どうも」
角田が目を輝かせて、神崎さんにそう迫るが、そうは言っても俺達に出来る事って何かあるのかな……。
事務所を説得するとか、署名運動を起こすとか?
でも婚約を破棄された事は神崎さんってか、聖菜ちゃん本人がコメントしてくれないと無理な訳で、その場をどうするかだけど……。
「あ、もうこんな時間ですね。私も明日、バイトがあるんだった。ほら、平沢君。私を駅まで送ってって」
「え? まあ、いいけど……それじゃ、神崎さん。俺達はこれで」
「うん、またね。今日の話、誰にも言わないでね」
「当然ですよ。言う訳ないですって」
もうかなり遅い時間になってしまったので、角田を取り敢えず駅まで送ることにする。
角田に話したことは良かったかどうかわからないが、角田は神崎さんと同じ女なので俺には出来ない事が出来るかもと前向きに思う事にしたのであった。




