第十五話 将来に悩む元推し
「はあ……これから、どうしようかな……」
間宮さんが去った後、リビングのソファーで神崎さんが溜息を付きながら項垂れる。
「そんなにぶいロイドに復帰したいんですか?」
「復帰したいってのもあるけど、それ以上にVtuber以外の仕事をやるイメージがどうしても湧かなくて……私、学生の頃にデビューして、それから中退してずっとVtuberしかやってこなかったから、今更何の仕事が出来るのかなって。はは、結婚したら、これまでの貯えや彼の稼ぎでどうにかなるって、舐めた考えしていたから……もう、その結婚も駄目になったし、どうすれば良いかな、私」
そう言って、更に頭を抱えて悩む神崎さんだったが、そうかV以外の仕事が出来る自信がないって事なのね。
だったら、転生でも良いとは思うけど、神楽咲聖菜は結婚でVtuberを引退した事になっちゃったから、仮に聖菜と同一人物だってバレたら、それはそれで炎上しちゃうだろうし、難しいのかな。
「俺としては神楽咲聖菜に復帰してほしいんですが……何か出来る事ありますかね?」
「その気持ちだけで嬉しいよ。正直、まだ踏ん切りが付いていないんだけど、平沢君がどうしても私にまた神楽咲聖菜をやって欲しいって言うなら、私も頑張ってみるよ」
「え? 嬉しいですけど、それでいいんですか?」
「うん。復帰を後押ししてくれる人が身近に居てくれれば、私もやる気が出るし。それとも嫌? 聖菜にも傷が付いちゃったし、仮に復帰出来ても、前みたいな人気は出ないかもしれないけど」
「それは……でも、聖菜ちゃんの声はまた聞きたいと言いますか……俺以外にも、そう思っている人はいっぱいいるかと」
「声を聞きたいなら、いつでも声真似くらいはしてあげるけど? 『平沢君、聖菜の事、心配してくれてありがとう♪ 私は大丈夫だから心配しないでね』」
「――っ! あ、はは……そういうの、やっぱり効きますね」
「でしょう? まあ、こういう場でもないと聖菜の声は出しにくいしね。間宮さんが言ったように、聖菜の権利はぶいロイドの事務所にあるから、聖菜の声を使った配信は出来ないし……平沢君だけは特別ってことで」
俺だけの特別ね……うん、凄く嬉しいんだけど、何だか悪い気がする。
だって、聖菜ちゃんのファンって何十万、何百万っているはずだろ?
たまたま、神崎さんと知り合った俺だけがこんな特別扱いされちゃうのは、何か罪悪感を感じちゃう。
「はは、まあ復帰への道はとっても険しいって事で……少なくとも、年内は無理だろうなあ……事務所のお偉いさんが許可しないんだろうね」
と、神崎さんはリビングでちょっとウジウジした顔をしながら、そう呟くが、ちょっと拗らせすぎな気もするが……いや、こんな時に力になってあげないと。
「大丈夫ですよ。復帰まで、俺が全力サポートしますから」
「ありがとう。あ、そうだ。用事なんだけど、やっぱりどうでもいいや。ストーカーじゃなくて、間宮さんだってわかったし」
「あ……そういえば、お夕飯買ってきて欲しいって頼まれていましたね」
ストーカーに付け狙われているかもしれないからって理由でコンビニで夕飯を何か買ってきて欲しいって、頼まれたんだった。
「あはは、考えたら、デリバリーかウーバーでも良かったんだけどね。でも、それも飽きちゃってさ……ウーバーだと高く付いちゃうし、収入もないし……」
「元気出してください。俺が何でも買ってきますって」
「そっか。じゃあ、一緒に食べようか。そのお金で好きな物買ってきて。今日は余計な心配もかけちゃったし、そのお詫び」
「は、はい。すみません、わざわざ」
神崎さんから渡されたお金で下のコンビニまで急いでいき、お弁当と飲み物をそれぞれ二個買ってくる。
聖菜ちゃんの中の人からこうやって、頼まれごとをされるなんて……本当、夢みたいな話だな。
そんな事を思いながら、二人でささやかなディナーを楽しんでいったのであった。
翌日――
「えっと……あ、いた」
昼休みに学食に行くと、角田を見かけたので、すぐに声をかける。
「おーい、ちょっといいか?」
「なに? デートのお誘い?」
「違うって。ちょっと話があるんだけどさ……」
「ふふ、私に話があるってことはさ。Vに関する事でしょう」
鋭いと言いたいが、俺が彼女に話があるとしたら、そのくらいしかないしな。
「悪いけど、友達と一緒にお昼を食べる約束をしていてさ。後で部室に来てくれる?」
「わかった」
今日はバイトが入っているので、あんまり遅くはなれないが、そんなに長くなる話ではない。
「こんにちはー……って、誰もいないじゃん」
講義が終わった後、サークルの部室に行くが、ガランとしており、まだ角田は来ていなかった。
ま、気長に待つか……聖菜ちゃんのアーカイブでもたまには見るかな。
「確か間宮さんに関する動画は……あ、ショート動画で残っていたな」
聖菜ちゃんこと神崎さんが間宮さんについて、話している動画を探していたら、ショートで残っていたのがあった
『最近、マネージャーになった『のあさん』って人がいるんですけどね。これが、ちょっと面白い人で~~……とってもあわてんぼうで、私が控室でスケジュール確認した時に、メモ帳で……』
聖菜ちゃんがのあさんこと、間宮さんについて話しているショート動画を見るが、その動画に描かれている間宮さんのイラストも本人によく似ていて、これらは実話だったのかと感心してしまった。
しかもこれで東大卒なんだろう? いやー、色々な意味で凄い人だな。
「ぶいロイドに就職すれば、聖菜ちゃんの復帰サポートできるのかな……」
「なーに、話って、ぶいロイドに就職する方法でも聞きたかったの?」
「えっ! か、角田。いつの間に……」
ショート動画を見ている最中に、角田が声をかけてきたので、ビックリして仰け反りそうになる。
「呼び出したのはそっちだよ。んで、ぶいロイドに就職して、聖菜を復帰させたいわけ? 結婚しているかもしれないのに?」
「い、いや……もし出来たらって思って……それで、ぶいロイドへの就職って難しいの?」
「難しいに決まっているじゃない。ぶいロイドの事務所って言うか、運営している会社は『リノー』って言うんだけどさ。ぶっちゃけ、そこらの大手より厳しいと思っておいた方が良いよ。倍率も百数十倍とかだし」
「マジか……」
リノーの事は知っていたが、そんなに就職するのも厳しいのかよ。
間宮さんは東大を出ているって言うけど、そのレベルじゃないと無理って事?
「じゃあ、ウチの大学からじゃ無理?」
「学歴フィルターがあるか知らないけど、相当な特技とかないと無理なんじゃない。プログラマーとかなら、専門卒もいるみたいだけど」
そんな専門資格は無いし、俺がやりたいのはそういう仕事でもないんだよな。
「ふふ、やっぱりそうか。ね、誰にも言わないからさ。いい加減、白状しなよ」
「知らないって言ってるだろ。もう話は終わりだから、帰る」
「ちょっと待ちなさいって。もしかしたら、私が力になれるかもしれないんだよ」
これ以上、追及されたくないので、足早に部室を去るが、珍しく角田が付いてきて食い下がってきた。
「今の話で、ほぼ確信に変わっちゃったんだけどなー。本当誰にも言わないから。駄目なら神崎さんにもう1回会わせて」
「しつこいな。俺は知らんって……ん? あれは……」
教務課の近くを通り過ぎたところで見覚えのある後ろ姿を発見する。
ま、まさか……。
「あれー? あの人は確か…神崎さんじゃない? すみませーん!」
「へ? あ、あなたは確か……って、平沢君!?」
「神崎さん! どうしてウチの大学に!?」
俺が声をかける前に角田の方が先に彼女に声をかけてしまったが、神崎さんがなぜここに?
「ちょっと、書類を取りに……って、平沢君もここの学生だったの?」
「あ……」
ヤバ、何気に地雷を踏んだかも……というか、聖菜ちゃんがウチの大学出身って噂は本当だったのかよ!




