第十話 正体がバレそうに?
「ど、どうしてお前がここに?」
「いやー、ここでぶいロイドのコラボをやっているって聞いたから、顔を出してみようかなって。Vオタクなら、当然行くべきじゃない?」
それはそうかもしれないが、角田はぶいロイドよりは、ぶいロイドに並ぶ最大手の箱である『パステル学園』推しだったはずなので、まさかここに来るとは思わなかった。
「私はどっちかって言うと、パステル学園の方が好きなんだけどさー。最近、ぶいロイドの竜胆くれはってのにハマってね。ほら、くれはちゃんもちょうどここのコラボに参加しているでしょう」
「ああ……」
角田が店内にある浴衣っぽいミニスカ衣装を着た女の子のパネルを指差すが、あれが最近、ぶいロイドからデビューした竜胆くれはか。
確か最速でチャンネル登録者数百万を超えたとか何とかで話題になったが、俺はあんまり興味がないので、彼女の配信は見たことがないのだ。
「ところで、一緒にいるお姉さんは?」
「えっ!? えっと、この人は……」
やばっ! 神崎さんの事、何て説明しよう?
流石に神楽咲聖菜の中の人ですとは言えないし、かといって、どういう関係なのかと言われると説明が難しい気がする。
「もしかして、彼女? こんな美人のお姉さんと付き合っているなんて、意外だねえ」
「か、彼女じゃないって。この人は居酒屋で知り合った人で……」
「居酒屋でナンパしたの? 女性客をナンパするなんて、なかなか思い切ったことするじゃん」
「だから違うって!」
「そ、そうですよ。平沢君は私が店で酔いつぶれていた時に、介抱してくれたんです」
すかさず神崎さんもフォローを入れるが、バイト中に女性客をナンパしたなんて誤解されたら、バイトをクビになりかねんから、止めて欲しい。
「ふーん……ところで、お姉さん」
「な、何ですか?」
「…………」
角田は神崎さんをしばらくじーっと見つめ、
「お姉さん、綺麗な声していますね。Vtuberとか向いているんじゃないですか?」
「ええっ!?」
「ああ、すみません。私、平沢君の大学の同級生で同じ文芸サークルに所属している角田って言います。よろしくお願いします」
「あ……はい。神崎頼子って言います。よろしくお願いします」
Vtuberに向いていると角田に言われ、正体がバレたのではないかとビクビクした顔をしながら、神崎さんも自己紹介するが、まさか本当に神楽咲聖菜だとバレた?
まさかね……毎日、聞いていた俺ですら、すぐにはわからなかったんだ。
いくら角田がVtuberオタクだからと言って、こんな瞬時にわかるはずはない。
「神崎さんですね。私、Vtuber大好きなんですよ。男子も女子も好きなVを追いかけまくっているんです。神崎さんも好きなんですか?」
「まあ……好きと言えば好きです」
「そうですか。ま、コラボカフェに来るくらいですからね。あ、すみません。邪魔しちゃいましたか? お二人のデート中にすみません」
「で、デートじゃないんですけど……」
「いえいえ。私、隅っこの方の席でおとなしくしていますので。それじゃ」
と言って、ようやく角田は俺達の元から去っていく。
「すみません、まさかあいつとここで会うとは思わなくて」
「誘ったのは私の方だし。そっか、大学の同級生なんだね」
「Vtuber大好きなんですよ、彼女。やたらと業界とか噂の事に詳しくて……」
「そういう人がいる方がやりがいがあるけどね。それより、好きなの注文してね。私が何でも奢っちゃうから」
「は、はい」
折角来たのだから、何か限定品でも注文しようかと思ったが、特に食べたいと思うのがないんだよな……。
取り敢えず、ぶいロイド特製のアイスが乗っているパンケーキとコーヒーでも注文しようっと。
値段が結構高いなあ。これで二千円もするんかい。
「あのー、神崎さん、こういうコラボカフェとかよく行くんですか?」
「現役の頃? まあ、たまに行ったよ。一応、マスクとかしてね。えへへ、SNSでも報告していたけど、見てなかった?」
「あ、ありましたか、そんなの? すみません、覚えがなくて……」
聖菜ちゃんのSNSはもちろん、全部フォローしていてチェックはしているんだが、流石に全部の投稿は把握していないので、そんなのがあったのは覚えていない。
でもやっぱり、本人も行くことはあるんだな。顔バレはしていないから、堂々と行けるんだろうけど、わかる人はわかるって事なんだろうか。
「ぶいロイドの事、今でも応援しているんですよね?」
「してはいるよ。でも、何て言うかな……みんな輝いていて、羨ましいなって。苦労も多いから、大変な思いをしているのはわかるんだけど、外から見てみると、トークも面白いし、見ていて楽しい気分になれるから、その……今更ながら、憧れも出て来ちゃうと言うか……」
そのVtuber業界ではトップクラスの地位にいたはずの神崎さんも外から、Vの配信を視聴してみると、輝いて見えちゃうって事か。
そうなると、復帰の意思は確実にあるって事なんだろうけど、問題はどう復帰するかだよな。
「お待たせしましたー」
「あ、来たね」
「いただきます。うーん、美味しいですね」
注文した特製のパンケーキが来たので、早速、食べてみるが、確かに値段が張るだけあって、美味しく感じてしまった。
といっても、神崎さんの奢りなんだけど……いかんな、推しに奢らせてしまうのはファン失格ではないのかな。
今まで聖菜ちゃんにお金を払ってきたのは、別に返してほしかった訳じゃないんだ。
「そういえば、角田は……」
「こんにちはー。お二人とも楽しんでいる?」
「うおっ! もう帰るのか?」
「ちょっとグッズが欲しかっただけだしね。アイスティーだけいただいたの。神崎さんと平沢君。それでは、また」
「ああ、またな」
俺達に気を遣ったのか知らないが、角田はもう店を後にし、ちょっとだけホッとする。
あいつがいると、何かヒヤヒヤするんだよな。神崎さんの事、勘繰っているような感じだったけど、別にバレてはいないし、そもそも神崎さんが聖菜ちゃんだって証拠は何処にもありはしないのだ。
「聖菜の時はオムライスとパフェのプロデュースをしたの。といっても、名前を考えただけだけどね」
「名前だけですか」
「パフェなんて作れないし。中には本当に料理の監修をしていた人もいたけどね。料理が得意なVtuberもいたし」
「へえ……」
まあ、店で出せるレベルの料理なんて簡単には作れないよな。俺も居酒屋でキッチンに入る事あるけど、基本、マニュアル通りにやるだけで、皿洗いとかがメインだし。
「来月、ぶいロイドのライブやるんだよね……」
「え? ああ、そうだったんですか? あんまり熱心に追ってなかったんで」
「もし引退していなかったら、私も参加していたんだろうなって、考えるとちょっとね。今更、どうにもならないけど」
「…………」
やっぱり、Vtuberに復帰したいんだな。ぶいロイドの事務所に頭を下げて、復帰ってのは本当に無理なのか?
「復帰したいなら、応援しますよ。もう俺にできる事なら、何でも言ってください」
「あ、ゴメン。別にまだそうハッキリ決めている訳じゃないの。ただ、それ以外の仕事をやるイメージがどうしても湧かなくて……今まで、バイトを少しやったくらいで、大学も中退して、社会人経験もないまま来ちゃったし……あはは、馬鹿みたいだよね。なら、V一本でやればよかったのに」
と、パンケーキを食べながら、自分を嘲るような口調で言い、何だか見ていて痛々しくなってきた。
俺としては神崎さんを全力で応援したいんだけど……本人の背中をどう押せば良いのか、わからずにいた。




