第九話 推しの中の人と一緒にデート?
「ゴメンね、片付けまで手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ。他ならぬ聖菜ちゃんの頼みですから」
「あはは、そんなに聖菜の事、好きだったんだ。そこまで愛されているなら、私も嬉しいかな」
その後、二人で食器やフライパンを洗い片づけを行うが、聖菜ちゃんに手料理を振舞って喜んで貰えたなんて、ファンとしてはこれ以上ない喜びだ。
と言っても、Vtuberとしての神楽咲聖菜ちゃんは今はもう存在しないのだが、神崎さんは聖菜ちゃんの事は実際どう思っているんだろうか?
また戻りたいと思っているなら、そうして欲しいんだけど……。
「ねえ、平沢君」
「何ですか?」
「聖菜が今、復帰するって話になったら、みんなどう思うかな?」
「ど、どうでしょうね? 喜ぶ人は多いと思いますけど、結婚の事、正直に駄目になったって話したら、どんな反応が返ってくるか、想像つかないです」
婚約破棄されちゃったから、またVに復帰しますってのもそれはそれで炎上しそうな感じだしな。
俺としてはまた聖菜ちゃんの配信が見たいんだけど、あまり彼女の経歴に傷を付けたくはないというか……。
ざまぁって思うやつも少なからずいる中で、復帰して前みたいに上手くやれるのかはよくわからない。
「戻りたいんですか?」
「うーん、そういう気持ちもなくはないけど、聖菜を私自身が汚しちゃったっていうか……おっとり系のキャラを売りにしていたのに、彼氏を隠して結婚報告して引退しておいて、今更って気がどうしてもして……事務所も何て言うかわからないし」
「俺は復帰してくれたら、嬉しいんですけどね」
「本当? なら嬉しいかな。でも、まだ踏ん切り付かないよ。まだ悔しい気持ちもあるし」
彼氏から婚約破棄されたショックをまだ引きずっているって事か。
未練はないって言ったけど、まずはそこを断ち切らないと、神崎さんも復帰に踏み切れないんだろう。
「そうだ。これから、まだ時間あるんでしょう? ちょっと出かけるんだけど、付き合ってくれない?」
「え? 良いですけど、何処に行くんです?」
「ちょっと買い物って言うか。電車に乗るけど良い? 途中でお茶くらい奢るからさ」
「わかりました」
とお皿を棚にしまいながら、神崎さんに誘われてしまったので、断る理由もなく即了承する。
(これってデート?)
そうとしか思えないけど、買い物に付き合うだけっぽいので、
「うーん、やっぱり人が多いね」
「ですね。ところで、秋葉原まで着て、何処に買い物に行くんですか?」
「ちょっとね。あ、ほら。これ」
「ん? あ、これは……」
電車を乗り継いで二人で秋葉原まで電車で到着し、駅前にある大手の百貨店に入ると、そこの入り口の所にぶいロイドのメンバーのイラストが何人も展示されていた。
「ちょうど、ぶいロイドのコラボをやっていたんだよね」
「そうだったんですか。聖菜ちゃんが引退してから、全然、その辺の情報、追ってなかったですね」
「平沢君、聖菜以外、推しているVは本当にいないの?」
「フォローしているのは何人かいますし、気が向いたら見ている感じです」
好きなVtuberが他にいない訳じゃないし、実際に今も見てはいるんだけど、何というか毎日、追っているのは聖菜ちゃんだけで、そこまで熱くなれるVも他の配信者もいないのが現状だ。
それだけ聖菜ちゃんの存在感が大きかったのかな……角田なんかは、何人か同時に追っていた方が、一人引退した時にショックが和らぐって言っていたけど、聖菜ちゃんと同程度くらいのVには未だに出会えていないんだよなあ。
「ふーん。やっぱりと言うか、当然だけどさ。このイラストの中に聖菜はもういないんだよね」
「あ……そうですね」
一階のウィンドウ部分にぶいロイドのメンバーがずらっと展示されていたが、当たり前だけど、既に引退してしまった『神楽咲聖菜』はそこには存在しなかった。
Vtuber事務所でも最大手の箱と言われている、『ぶいロイド』でもトップ3に位置していた聖菜ちゃんも引退すれば、存在自体なかったことにされちゃうわけか。
「今でもぶいロイドのVtuberを追っているんですか?」
「追っているって言うか、仲の良かった子も何人かいるから、その子たちの配信は見ているかな。えへへ、私的な推しはこの子。犬飼ひよりちゃん」
「ああ、よくコラボしていましたよね」
と言って、神崎さんが銀髪の天使っぽい格好をし、犬の尻尾をつけた女の子を指差して、そう言ってきたが、彼女は神楽咲聖菜とよくコラボをしていて、特に仲が良かったVtuberさんだった。
チャンネル登録者数は百五十万ちょっとで、聖菜ちゃんには及ばない人気ではあるが、俺もフォローしており、聖菜ちゃんの引退にも軽くショックを受けていた動画を出していたのは覚えている。
「他にも仲が良かった子はいるんだけどね。何か引退したら、会う機会もなくなって、疎遠になっちゃって。アハハ、LINEでやり取りするくらいで、どんどんつながりが薄くなってきているの何か寂しいなって思ってきちゃった。みんな仕事で忙しいし、引退した私に構う暇もないんだろうね……」
と、また自嘲気味に寂しそうに笑いながら、神崎さんは呟くが、やっぱり未練というか後悔の念が強く出ていて、見ていてちょっと悲しくなってくる。
結婚するので引退しますって、馬鹿正直に話してしまったのが、やっぱりまずかったのかね……嘘を付くより、正直に話しちゃった方が良いと思ったんだろうけど、そんな退路を断ってまで、彼氏を選んだのに浮気されて捨てられるなんて……いかん、婚約者に対して、俺もちょっと怒りが湧いてきた。
「あ、ぶいロイドのコラボカフェとか行ったことある? 近くでやっているんだけど、行ってみようか」
「行ったことないですね。行ってみたいです」
「うん。私が奢るからさ。付き合ってもらったお礼で」
展示されているイラストをしばらく見た後、神崎さんと一緒に秋葉原にあるぶいロイドのコラボカフェに行く。
一度行ってみたかったんだよなー……といっても、聖菜ちゃんはもう居ないんだけど、その中の人と一緒に行くって、めっちゃレアな体験だしな。
「いらっしゃいませー。二名様ですね」
カフェに到着すると、ぶいロイドのメンバーのコスプレをした女子店員が笑顔で出迎え、彼女に案内されて席に座る。
このカフェでは五名のメンバーがコラボしているが、聖菜ちゃんがコラボしている時に一回行っておけばよかったなくそ。
「聖菜もここでコラボしていたんだよね、去年」
「その時は行けなかったですよ。残念です」
「あはは、ゴメン……さ、お詫びに奢るから何でも注文して」
「いえ、神崎さんを責めている訳では……」
聖菜ちゃんが引退しなければ、今、このカフェでコラボしていたかもしれないが、神崎さんを責めても仕方ない。
気を取り直してメニューを見るが、このぶいロイドメンバーが考案したサンドウィッチって本当なのか?
「あ、ひよりちゃん考案のパフェだって。これは頼んでみよう」
「それ、本当なんですか? ひよりちゃん考案って?」
「一応、本当。私も前にやったし」
と小声で訊くがマジだったんかい。あー、くそ俺もなおさら行っておけば……。
「…………やっぱり、聖菜がいないと寂しい?」
「え? まあ、寂しいですけど……今は神崎さんとこうして一緒にいるんで」
実質聖菜ちゃんと一緒に居るのと同じだろう。
中の人だから、ほぼ同一人物だし。
「そっか……やっぱり、私も……」
「あーーー! 平沢君じゃない」
「え? か、角田!?」
何て話しをしていると、いきなり俺の名前を呼ばれたので、顔を上げると何と角田が店に入ってきた。
(な……何で角田までこの店に?)




