第98話 誕生日パーティー
日曜日、今日はリオと颯の誕生日パーティーの日だ。
朝のうちに、ライラの指示でホールケーキと颯用のブラウニーが仕上がった。
ライラが端末のレシピを読み上げながら葵に細かく指示を出し、葵がその通りに手を動かした。颯のブラウニーを先に焼き、冷ましている間にケーキの生地を仕込む。デコレーションはライラが逐一指示を出した。苺の位置が少しずれると「そこじゃない、もう少し右」と修正が入った。
完成したケーキを二人で眺めて、ライラが葵の胸元でゆっくりと揺れた。
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カラオケ屋の受付を抜けて部屋のドアを開けた瞬間、マルコが声を上げた。
「なんだここ、すごくないか!?」
部屋の照明が落ち、壁面と天井に埋め込まれた無数のホログラム・プロジェクターが一斉に起動した。空気に浮かぶ半透明の粒子が光を屈折させ、周囲に淡い青緑のオーロラのような光の帯が渦を巻き始めた。それは体温と心拍に同期し、ゆっくりと波打つ。
「本格的すぎる」とユースフが呟いた。
「ケーキまであるとは思わなかった」
カイが冷静に言いながらテーブルを確認した。
葵がケーキの箱とブラウニーをテーブルに並べると、颯が目を丸くした。
「お前、全部作ったのか」
「うん」
「颯の分もあるぞ」とマルコが颯の背中を叩いた。「ブラウニーじゃん。うまそう」
「ハロウィンの時に約束したから」
颯が少し黙った。それから何も言わずブラウニーを一つ手に取った。
「……お前ちゃんと覚えてたのか」
「覚えてるよ」
颯が一口食べて、また黙った。黙ったまま二口目を食べた。
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ケーキに火をつけると、八人の声が重なった。
「ハッピーバースデー颯! リオ!」
颯が微妙な顔をしていた。
「なんで俺が主役なのにお前らの方が楽しそうなんだ」
「誕生日だからだろ」とジャックが笑った。
リオはロウソクの火を静かに見ていた。自分の名前が呼ばれたことに、少し驚いているような顔だった。颯が気づかないふりをしながらリオの皿にケーキを取り分けた。
「颯、吹き消せよ」
「分かってる」
颯がロウソクを一息で吹き消した。
拍手が起きた。リオが小さく手を叩いていた。
「うまい!」とマルコがケーキを頬張りながら叫んだ。「また作って!」
「マルコに言われると複雑だろうけどな」
「なんで!?」
タヴィタが静かに笑いながら二切れ目を皿に取った。ダニエルが「リオ、もう一個どう」と隣から勧めると、リオが少し迷ってから頷いた。
少し経ってから、リオが静かに葵の隣に来た。
「……葵、ありがとう」
「何が?」
「ケーキ、おいしかった」
少し間があった。
「……誕生日、こんなふうに友達に祝ってもらったの、初めてだ」
颯には聞こえないように言った。
葵は何も言わなかった。隣に座ったままでいた。
それで十分だった。
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カラオケのイントロが流れ始めた。
低く静かなバラード。ジャックが選んだ曲だった。カラオケシステムが本格稼働すると、足元に星屑のような粒子が舞い上がり、体を幻想的な光のヴェールで包み込んだ。床から天井までを覆う巨大なホログラフィック・ステージが展開し、ジャックの周りに光の粒が漂い始めた。
「お前こういうの好きだったのか」と颯が言った。
「うるさい」
ジャックが真剣な顔でマイクを握った。
予想外に上手かった。
部屋が少し静かになった。最後まで聴いてから、颯が「……普通にうまいじゃないか」と言った。
「だから言うな」
次にマルコが「俺も!」と飛び出し、今度は予想通りの熱量で歌い始めた。音程はともかく気持ちだけは十分に伝わった。
タヴィタが続いて歌った。静かに、でも確かに上手くて、またしばらく部屋が静かになった。
「タヴィタ、上手いな」と葵が言うと、タヴィタが照れたように頭を掻いた。
カイは無表情のまま選曲して、無表情のまま最後まで歌い切った。何を考えているのか分からなかったが、曲の選択は意外にも明るいポップスだった。
「カイって意外とそういうの聴くんだな」
「……何か問題あるか」
「ない」
ユースフとダニエルが続いた。ダニエルが途中でスペイン語の部分を叫ぶと、マルコが謎の対抗心を燃やして一緒に叫んだ。
颯がリオの隣に座って「お前は歌わないのか」と聞いた。
リオが少し考えてから「……歌う」と言った。
颯が「おう」と頷いて、自分で曲を入れた。
リオが選んだ曲が流れ始めると、部屋の光がリオの周りで静かに揺れた。声は小さかったが、最後まで歌い切った。
誰も何も言わなかった。颯だけが、終わってから「よかったぞ」と短く言った。
リオが少し間を置いてから「……もう一回、歌っていい?」と言った。
颯が「おう」と答えた。
二回目は少し声が大きかった。
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一通り歌い終わって、部屋が少し落ち着いた頃だった。
颯が葵の隣に戻ってきた。マルコとダニエルが次の曲を巡って揉め始め、カイが静かに仲裁していた。
「なあ」
颯の声が少し変わった。
「リオの件が解決したのに、お前最近忙しそうだな」
「うん、生徒会とかSクラスが」
「それだけじゃないだろ」
颯がまっすぐ葵を見た。
「分かってるぞ」
葵は少し間を置いた。
リオの夢の中にいた機械の夢魔のこと。
あれは偶発的なものではなく、意図的に作られた人造神魔であると考えたこと。
黒夢病との関連。ヴァルハラ•アームズ、世界有数の魔導兵器メーカーで、人造神魔の研究に関わっている疑いがある。
今度のサンクスギビング休暇に、そこのボランティアプログラムへ参加することにしていること。
それを颯に話した。
颯は黙って聞いていた。
「……許せねえ」
低い声だった。
「リオをあんな目に遭わせたやつが、また同じことをやってるってことだろ」
「でも証拠がないんだ。だからどうしようもない」
「だからお前最近ダンジョンに行ってるのか」
葵が頷いた。
「ボランティアの参加条件を満たすために」
颯が少しの間黙った。
「......俺も強くなりてえ」
奥ではマルコとダニエルがまだ揉めていた。カイが呆れながら止めに入っていた。
颯が立ち上がりかけてから、何かを思いついたように振り返った。
「そうだ、明日の朝俺についてきてくれないか」
「うん、分かった」
颯が頷いて、またカラオケに戻った。
葵は部屋の奥を見た。
リオが壁に背を預けたまま、ぼんやりと光の粒を見ていた。颯と葵の話は聞こえていないはずだった。
でも、その目が少しだけ変わっていた。
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帰り道、颯が空を見上げながら言った。
「いい誕生日だった」
誰に言うでもなく。
少し後ろを歩いていたリオが、小さく頷いた。
葵は何も言わなかった。
ライラが胸元でゆっくりと揺れた。




