第97話 蒼龍伝
改名した方がいいと言われたのですが
前のままの方がよかったでしょうか?
感想お待ちしております
土曜の夜、テレビの前にアーデルと葵が居る。
「蒼龍伝が始まりますね」
「……プロパガンダだと分かっていても気になるのか」
「蒼玲先輩のお父さんが主人公らしいので」
アーデルはいつもの椅子に座っている。
葵とライラはテレビ前のソファに座った。
テレビをつけると、ちょうど天龍集団チャンネルが映った。
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壮大なオーケストラが流れ始めた。
「蒼龍伝」というタイトルが、金の筆文字で画面を飾る。
葵はすぐに画面に引き込まれた。ライラも葵の胸元からひょこりと顔を出して、小さな目を画面に向けている。
場面が切り替わる。セピア調の映像。激しい雨。雷鳴。貧しい村の家屋の中に、村人たちが息を飲んで集まっている。白髪の厳かな老人が、産声を上げたばかりの赤ん坊を両手で抱き上げた。
「……この子は……この子は……!」
葵が思わず前のめりになった。ライラも一緒に傾く。
老人が赤ん坊の額に指を当て、目を閉じて天に祈る。すると——雷鳴とともに、赤ん坊の額に淡く青い龍の紋章が浮かび上がった。部屋が青い光に包まれる。
老人が涙をこぼしながら声を震わせた。
「天よ……! この子は、青龍の運命を背負って生まれてきた……! 古より伝わる予言の通り……この世の闇を払い、民の苦しみを一身に背負う聖人となる子だ! 中央の腐敗した監視の鎖を断ち切り、真の平和と豊かな魔科の世界をもたらす者……その名は……蒼煌!」
「青龍……!」「本物の天子……!」「民を救う龍の子……!」
村人たちの声が重なる。老人が赤ん坊を高く掲げ、雨の降りしきる空に向かって叫んだ。
「見よ! この子が成長したとき、青龍は目覚め、紫禁城を震わせ、天下を新たにするだろう! 民の涙が乾くまで、この子の戦いは終わらぬ……! 蒼煌よ……お前は、民のために生き、民のために戦う運命を背負ったのだ!」
雷が落ちる。赤ん坊の蒼煌が小さな手を伸ばすように動く。BGMが最高潮に達し、青龍のシルエットが空に一瞬浮かんだ。
老人が赤ん坊を胸に抱きしめ、静かに呟く。
「この子の人生は、決して平坦ではない……だが、民の笑顔のために、どんな苦難も乗り越える聖人となるだろう……」
雨音がゆっくりとフェードアウトした。
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「かっこいいですね」
葵が素直に言った。ライラも葵の胸元で激しく揺れている。
「……赤ん坊の額に龍の紋章が浮かび上がっているが」
アーデルが静かに言った。
「はい」
「魔法が使われるようになったのは2045年以降だ」
「……え?」
「蒼煌の生まれた時代に、そのような魔法現象は起きない」
葵が画面を見た。今まさに回想シーンが終わり、青年になった蒼煌が荒野に立っている。
「でも……龍の紋章が」
「史実ではない」
「でもかっこよかったです」
「……否定はしない」
アーデルが腕を組んだまま、画面を見続けた。
ライラが葵の胸元でふるふると揺れた。笑っているのかどうかは分からなかった。
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画面が切り替わった。重厚なナレーションが流れ始める。
「魔科乱世——中央監視神州連邦の鉄の支配が続く北京の街は、魔法結界と量子監視網に覆われ、民は日々息苦しい生活を強いられていた——」
「あ」と葵が言った。「現代設定なんですね」
「……そのようだ」
北京の夜。薄暗い路地裏の屋台。ぼろぼろの服を着た若者が、静かに一杯のご飯を食べている。
「かっこいい」
葵が素直に言った。ライラも葵の胸元から顔を出し、画面をじっと見ている。
屋台の主人が「最近、監視兵がますます横暴で……」と愚痴をこぼすと、若者は静かに箸を置いた。
「民の糧を、誰にも汚させてはならぬ」
低い声だった。
「かっこいいですね」
「……台詞は悪くない」
アーデルが腕を組んだ。
そこへ、酔った中央監視神州連邦の魔科義勇軍の兵士たちが乱入した。民の食事を踏みつけ、店主を殴り飛ばし、娘を無理やり連れ去ろうとする。
民衆が震え上がる中、蒼煌はゆっくりと立ち上がった。
「民の苦しみを、俺が背負う」
次の瞬間——蒼煌の額に青い龍の紋章が輝き、青龍の力が爆発的に覚醒した。
「おお」と葵が声を上げた。ライラが激しく揺れた。
青龍の咆哮とともに、魔科義勇軍の兵士たちが一瞬で吹き飛ばされる。雷神・電母を兵器化した魔導兵器が次々と発動するが、蒼煌は片手でそれを握り潰した。
「この腐った秩序など、俺が壊してやる!」
「すごい」
「……量子AIと魔法結界を同時に展開しているが」
アーデルが静かに言った。
「はい」
「量子コンピュータが実用化されたのは2030年代後半だ。魔法は2045年。この時代設定で両方を組み合わせた兵器の運用は——」
「でも蒼煌さんが素手で握り潰しました」
「……そこではない」
画面では反乱勢力の若きリーダー・王鋒が現れ、蒼煌の圧倒的な力に目を奪われていた。
「あなたは……本物の龍か……」
蒼煌は王鋒を一瞥した。
「ついて来い。俺はこれから紫禁城を落とす」
「行くんですね、すぐに」葵が言った。
「……準備もなく単騎で紫禁城に向かっている」
「青龍の力があるので」
「それはそうだが」
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紫禁城の前。中央監視神州連邦の総帥が量子AI「天眼」と強力な魔法結界を展開する。
「青龍など、ただの反逆者だ! 国家の秩序を乱す者は抹消する!」
蒼煌は単騎で突入した。青龍の力を全身にまとい、結界を一息で粉砕。魔科義勇軍の精鋭部隊を次々と蹴散らし、雷神の兵器を素手で引きちぎる。
「すごい、すごいです」
葵が前のめりになった。ライラも一緒に傾く。
総帥が最後に叫んだ。
「民など……ただの資産……」
蒼煌が静かに答えた。
「民は、俺のすべてだ」
紫禁城の玉座の間を青龍の炎が包み、総帥は絶叫とともに消滅した。
「……一夜で北京が陥落した」
アーデルが淡々と言った。
「一話で」
「……史実通りだ」
葵がアーデルを見た。
「知っていたんですか」
「大戦争後の統一戦争は一通り調べた。蒼煌が北京を落とすまで実際に一夜もかかっていない」
「じゃあ誇張じゃないんですね」
「戦闘の規模は誇張しているだろう。だが結果は事実だ」
アーデルが画面を見た。燃え上がる紫禁城が映っている。
「……問題は赤ん坊の頃から龍の紋章が浮かんでいたことだ。魔法は2045年まで存在しない」
「でも蒼煌さんは本当に青龍と契約しているんですよね」
「それは本当だ」
「じゃあ生まれた頃から何かあったのかもしれないじゃないですか」
アーデルが少し黙った。
「……可能性は否定できないな」
画面の蒼煌が夜空に向かって叫んでいる。
「民は、俺のすべてだ——か」
低く繰り返してから、また黙った。
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紫禁城の屋根の上に蒼煌が立ち、夜空に向かって叫んだ。
「民の涙が乾くまで、俺の戦いは終わらぬ!
これより、天龍の旗を掲げる!」
彼が大振りの一閃で天を指すと、旗が青白く輝き、巨大な青龍の幻影が夜空を裂いた。
瞬間——中央監視神州連邦が張り巡らせていた魔法結界と量子監視網が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。
すると、これまで人工の闇に覆われていた北京の夜空が、一気に開けた。
無数の星々が瞬き、銀河の光の帯がはっきりと浮かび上がる。
久しく忘れられていた本物の星空が、燃え盛る紫禁城を優しく照らした。
風が吹き、蒼煌の黒い外套がはためく。
「見ろ……これが、真の夜だ」
王鋒が膝をつき、震える声で呟いた。
「……星が……こんなに綺麗だったなんて……」
王鋒は勝手に流れ出る涙を袖で拭き、深く頭を垂れる。
「この命、蒼煌様に捧げます……」
画面が暗転した。金色のタイトルロゴが浮かび上がる。
「蒼龍伝」
重厚なナレーションが流れた。
「これは、民の苦しみを背負い、青龍の力で新世界を切り開いた聖人の物語——」
主題歌「蒼き龍よ、吼えろ!」のサビが流れる。
葵は画面を見たまま言った。
「面白かったです」
「……否定はしない」
次回予告が始まった。
「第2話 賢者を求め、1週間の叫び」
「1週間叫ぶんですか」と葵が言った。
「……タイトルの意味が分からない」
「来週も見ますか」
アーデルが少し間を置いた。
「……気になるだろう。賢者が何者か」
「ですね」
葵が笑った。
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「おやすみなさい、アーデル先生」
「ああ」
アーデルは画面の消えたテレビをしばらく見てから、本を開いた。
ライラが最後に葵の胸元で一度だけ静かに揺れた。




