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第93話 ハロウィンの夜

「そう言えば、ハロウィンの片付けはどうすればいいですか」と葵が聞くと、白羽が少し考えて答えた。


「天龍集団の業者がやることになっている。蒼玲は地味なのが嫌いだからな」


「そうなんですね」


葵は少し間を置いた。


「……打ち上げって、ありますよね」


「ああ、あるだろうな」


「毎度高額なものばかりで申し訳ないので、今日は不参加とさせてください」


白羽がしばらく葵を見た。


「……そうか。気持ちは分かる」


少し間を置いて、

「蒼玲は人を懐柔するのにあのやり方しか知らないんだ。それで大半の人間はついていくからな」


「そうなんですね」


「私からうまく言っておこう」


葵が頭を下げた。


「ありがとうございます」


白羽が小さく頷いて、踵を返した。


――――――――――――――――――――


帰宅すると、すぐに端末が鳴った。


蒼玲からだった。


「なんで帰ったの?」


続けてメッセージが来た。


「私との予定より大事な予定があるの?」


「まさかお菓子のことを根に持っているの?」


葵が端末を眺めていると、別のメッセージが来た。白羽からだった。


「無視していい」


葵は端末を置いた。


――――――――――――――――――――


キッチンに立つと、ライラがカウンターの端に腰を下ろした。


一緒にかぼちゃのグラタンを作りながら、葵が今日のことを話した。


「白羽先輩が弟子入りしてくれることになったけど」


ライラが少し胸を張った。


「葵みたいに、一人前にしてあげる」


「……ライラが?」


「そう。任せて」


葵は思わず笑った。


ライラが何故か自信満々なのがおかしかった。


トマトサラダを仕上げながら、穏やかな時間が流れた。


――――――――――――――――――――


夕食の席で、オリビアの顔が青ざめていた。


葵が気づいて聞いた。


「美味しくなかったですか?」


ライラが肩の上で立ち上がった。


「私が作ったんだから美味しいに決まってる」


オリビアが少し目を丸くして、それから首を振った。


「いえ、とても美味しいです。実は……」


少し間を置いて、

「今夜、学園に見回りに行かなければならなくて」


アーデルがオリビアを見た。


「......着いていこうか?」


「大丈夫です」とオリビアが強がった。


テーブルに沈黙が落ちた。


葵はオリビアの顔を見た。


どう見ても大丈夫ではなかった。


「……すみません、実は僕、学校に忘れ物をしてしまって」


オリビアが葵を見た。


「一緒に着いていってもいいですか」


アーデルが少し間を置いて、何も言わなかった。


オリビアが小さく息を吐いた。


「……分かりました。大丈夫ですよ」


――――――――――――――――――――


夜の校舎は静かだった。


天龍集団の業者が片付けを終えていて、ハロウィンの装飾は跡形もなかった。


かぼちゃのランタンも、廊下に浮かんでいたゴーストも、霧の魔法も、何もない。


ただ暗く、どこか不気味な空気だけが残っていた。


だが、葵は特に何も感じなかった。


オリビアが葵の隣を歩きながら、端末の明かりを頼りに足元を確認していた。


「そういえば、なんで見回りをしているんですか」


オリビアが少し間を置いた。


「じ、実は……前の満月の夜から、校舎で泣き声が聞こえるという話がありまして」


「泣き声」


「ハルトマン先生が調査していたんですが……ハルトマン先生を怖がったのか、隠れてしまって見つけられなくて。でも涙を流した後が残っていて、まだその存在はいるようなんです」


「それでなんでオリビア先生が?」


「……断りきれませんでした」


葵は少し考えた。


「そうですか。実は忘れ物がどこか思い出せなくて……もう少し一緒にいてもいいですか。少し怖くて」


オリビアが葵を見て、小さく頷いた。


「……はい、大丈夫です」


――――――――――――――――――――


廊下を歩いていると、ライラが胸元からそっと顔だけ出して周囲を窺っていた。


葵の胸元に引っ込んだり、また少し顔を出したりを繰り返している。


しばらく歩いたところで、聞こえた。


低く、かすかな泣き声だった。


「先生、泣き声が」


オリビアが足を止めた。


「ほ、ほんとですね」


二人で顔を見合わせた。オリビアが葵の袖をそっと掴んだ。


「か、確認しましょう」


声は三つ先の教室から聞こえていた。葵がドアに手をかけて、ゆっくりと開けた。


暗い教室の隅に、それはいた。


体表はイボとほくろに覆われ、皮膚がたるんでいた。


小さく丸まりながら、静かに涙を流して泣いていた。


月光が窓から差し込んで、その涙を照らしていた。


葵は月の涙を見て思った。綺麗だと。


オリビアが変な悲鳴を上げて、そのまま崩れ落ちた。


葵が素早く腕を伸ばしてオリビアを抱き止め、壁に寄りかからせる形でそっと座らせた。


端末を取り出して神魔解析録を開く。画面に名前が出た。


スクォンク。

体表はイボとほくろに覆われ、病的というほど引っ込みがちな性格で、常に涙を流して泣いている。


――――――――――――――――――――


葵は教室の入口に立ったまま、スクォンクを見た。


スクォンクはまだ気づいていないのか、丸まったまま泣き続けていた。月光の中で涙が光っている。


葵はゆっくりと教室に入った。スクォンクが顔を上げた。


葵と目が合った瞬間、体を縮めてさらに小さくなった。


「……泣いているんですか」


返事はなかった。でも泣き声が少し小さくなった。


「なんで泣いているんですか」


スクォンクがまた葵を見た。


涙でぐしょぐしょになった顔で、じっと葵を見ていた。


逃げる様子はなかった。


ライラが胸元からそっと顔を出した。


スクォンクと目が合った瞬間、また引っ込んだ。


葵はスクォンクの前にゆっくりとしゃがんだ。


「怖くないですよ」


スクォンクがまた泣き始めた。今度は少し声が大きかった。


――――――――――――――――――――


「安心してください」


葵はそう言って、スクォンクをそっと抱きしめた。ぶよぶよとした体は思ったより温かかった。


スクォンクが一瞬びくりとして、それからゆっくりと力を抜いた。


しばらくして、ぽつりぽつりと話し始めた。


「魔法の森で生まれたんだけど……みんなに変な皮膚って笑われて……それからずっと、誰にも見られたくないって、泣きながら逃げてばかりで……自分でも、こんな姿、嫌いだよ……」


葵は静かに聞いていた。時々、

「君の涙って、月明かりに当たると宝石みたいに光るんだよ」と微笑んだ。


スクォンクがまた泣いた。


でも今度は少し違う泣き方だった。


「……なんで僕に優しいの……お礼なんて、できないかもしれないのに……」


「お礼なんていいよ。君が少しでも寂しくなくなるなら、嬉しいよ」


葵はスクォンクを引き寄せた。


「ほら、僕の心臓の音、聞こえる?ずっとここにいるから、安心してね」


スクォンクが葵の胸に耳を当てた。


規則正しい鼓動が静かな教室に響いていた。


スクォンクが初めて安心したように、静かに目を閉じた。


――――――――――――――――――――


1時間ほどが経った頃、スクォンクが目を覚ました。


泣き続けた目は少し腫れていたが、今までで一番穏やかな光を帯びていた。


「……ありがとう。僕、初めて……誰かにいてほしいって思ってもらえたよ」


葵がスクォンクの頭をそっと撫でた。


皮膚はまだ少しゆるゆるだったが、触れると温かくて柔らかかった。


「また泣きたくなったら、僕のところにいつでも来てね。僕は君の味方だよ」


スクォンクの瞳から、温かい涙が一粒こぼれ落ちた。


月の光を受けてきらきらと輝きながら、小さな結晶になって葵の手のひらに落ちた。


体がふわっと淡い光に包まれた。


皮膚のたるみがほんのり整い、小さな尻尾が恥ずかしそうに揺れた。


「……僕、もう少し頑張ってみる。君みたいな人がいるって知ったから……」


葵の頬にちゅっと小さなキスをして、スクォンクは光になって消えていった。


教室に静寂が戻った。


葵は手のひらの結晶をそっと握って、壁際のオリビアを見た。


まだ気絶したままだった。

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