第8話 日曜日の少年たち
朝、目が覚めた。
葵はベッドの中でしばらく天井を見上げてから、手首のブレスレットに触れた。昨日茜と一緒に買った、淡い青白い光を放つ石。
——光よ、満ちよ。サナティオ・ルクス。
静かに唱えた。
指先から温かさが広がり、体の奥へ流れていく。肩の張り、腕の重さ——すうっと、消えた。
胸元でライラが、温かく揺れた。
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「葵! 今日暇? 暇だよな? 暇だって言え」
昼前に颯から連絡が来た。
「……暇だけど」
「よし。中心街集合。俺が誘った連中と飯食って遊ぶ。来い」
「何人?」
「七、八人くらい。みんないいやつだから」
葵は少し考えた。颯が「いいやつ」と言うなら、たぶんそうなのだろう。
「わかった、行く」
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中心街の広場で待っていると、颯がすでに数人を連れて立っていた。
葵が近づくと颯が大きく手を振った。
「来た来た。葵も来たぞ」
集まっていたのは八人。それぞれ違う国の顔立ちで、翻訳デバイスが各自の言葉を拾っている。同じ仮クラスの面々だ。颯はどこでこんなに仲良くなってくるのだろう、と葵は思った。入学して一週間も経っていないのに。
葵は軽く会釈した。
「改めてよろしく」
思ったより自然に声が出た。颯がそばにいるからかもしれない。
その中に、一人、少し離れて立っている生徒がいた。
線が細い。背はそこそこあるが、どこか存在感を抑えているような——そういう立ち方をしていた。葵と目が合うと、小さく会釈した。
「リオ・ハーンです」
静かな声だった。
「葵です」
それだけだったが、なんとなく印象に残った。
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一行は中心街のレストランに入った。
大きな円卓を囲んで、賑やかに食事が始まった。颯は当然のように場の中心にいて、あちこちに話を振りながら笑わせている。葵は颯の隣に座り、料理を食べながら話の流れを聞いていた。
颯がふと葵に振った。仲を取り持つだけじゃなく、友達の僕のことを自慢したかったのかもしれない、と葵は思った。
「そういえばお前、水曜の練習場でなんか変なことやってたって聞いたぞ」
「変なこと?」
「詠唱なしで上級魔法出したって。練習場で見てたやつがいたらしい」
テーブルの空気が少し動いた。何人かが葵の方を見た。
「あれ、どうやるの?」
斜め向かいに座っていた生徒が身を乗り出した。赤みがかった髪の、好奇心旺盛そうな顔の少年だ。
「詠唱って絶対必要じゃないの? 俺、詠唱なしで試したことあるけど全然出なかったんだけど」
葵は少し考えた。
「……うまく説明できないんだけど。詠唱するとき、言葉が先に来て魔力が動く感覚があって。でも言葉がなくても、魔力は動こうとしてる感じがして。その感覚だけで動かした、っていう感じで」
「感覚で?」
「うん。なんか、体が覚えてるみたいな」
テーブルがしばらく静かになった。
「それって普通じゃないよね」と別の生徒が言った。「俺、詠唱なしで初級すら出ないし」
「熟練者でも初級がせいぜいって聞いたけど」
「上級を詠唱なしって……どういう仕組みなんだろ」
葵は苦笑した。
「僕にもわからない。リース先生に聞いたら『珍しい』って言われただけで」
颯が笑った。
「それがお前らしいよな。すごいことやっといて『わからない』って顔してる」
笑い声が広がった。葵も少し笑った。
リオは黙って聞いていた。でも葵は、リオがその話を真剣に聞いていることに気づいていた。
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食事の後、近くの魔法アミューズメント施設に流れた。
中に入ると、魔法を使った体験型のゲームが並んでいた。的に向かって魔力弾を放つシューティング、魔法陣を組み合わせてパズルを解くブース、魔力の出力量を競うストライカー——。
「うわ、これ本格的だな」
颯が目を輝かせて走っていった。葵はそれを見送りながら、ゆっくりと施設を歩いた。
隣に、気づけばリオが並んでいた。
「さっきの話」とリオが言った。静かな声だった。「詠唱なしで魔法を出す感覚、もう少し聞いてもいいですか」
「うん、いいよ」
「魔力が動こうとしてる、って言ってたけど——それって、意識する前から動いてる感じ?」
葵は少し考えた。
「そうかもしれない。考えるより先に、体が準備してる感じ。詠唱はその準備を言葉で補助してるだけで、準備自体は……もう、できてる」
リオは黙って聞いていた。
「リオは? 魔法、使える?」
「……初級なら。でも詠唱がないと全然出ないです」
「それが普通だよ。僕がおかしいだけで」
リオは少し間を置いてから、静かに言った。
「おかしくはないと思います。ただ——すごく、遠いところにいる感じがします」
葵はその言葉を少し不思議に感じた。遠い、というのがどういう意味かはわからなかった。でもリオが深いところから言葉を選んでいることは、なんとなく伝わった。
「そんなことないよ」と葵は言った。「やり方が違うだけだと思う」
リオは何も言わなかった。でも少しだけ、表情が柔らかくなった気がした。
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夕方、施設を出た。
颯はシューティングゲームで一番高いスコアを出したらしく、上機嫌で帰り道を歩いていた。
「また来ようぜ。来週も日曜空けといてくれ」
誰かが「賛成」と言った。笑い声が広がった。
葵はその輪の中にいた。颯のおかげだ、と思った。颯がいなければ、自分はこういう場所にいなかった。
リオは輪の少し外側を歩いていた。でも——最初より、少しだけ近い位置にいた。
葵はそっと胸元に手を当てた。
ライラの温かさが、そこにあった。
——あの「遠いところにいる感じ」という言葉が、頭の隅に残っていた。




