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第77話 1学期中間試験

 試験当日の朝、教室に向かう廊下は静かだった。

 

 Sクラスの生徒が既に教室に集まっていた。誰も話していなかった。

 端末を見ている者、目を閉じている者、壁にもたれて天井を見ている者。普段の教室とは空気が違った。

 

 葵も自席に座って待っていた。

 

「小春葵」

 

 声がした。振り向くと、蒼玲が廊下から顔を出していた。手招きをした。

 

 葵は近づいた。蒼玲が葵の手を取って、何かを握らせた。

 

 小さかった。手のひらに収まる大きさだった。

 

 見なくてもわかった。

 

「……魔脳晶ですか」

 

「声が大きいわ」と蒼玲が小声で言った。「頑張りなさいよね」

 

 それだけ言って、蒼玲は廊下の角に消えた。

 

「……使わないの?」とライラが聞いた。

 

「使わない」と葵は言った。

 

 ライラが少し間を置いた。「……そう」

 

 ——自分の力でやる、ということだった。

 

 不思議と、余計な力が抜けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 教室に入ると、監督官がすでに前に立っていた。

 

 左胸に金色のエンブレムがある深い青緑のジャケットを着ていた。

 エンブレムは亀甲紋で、中央に合わさった手が刻まれていた。

 袖口にも同じ紋様の刺繍が入っていた。

 

 アービターの監督官だった。

 

 試験用紙が伏せて置かれていた。周囲を見渡すと、エリックが正面を向いて座っていた。ルシアンが端末の電源を切っていた。誰も横を見なかった。

 

 葵も前を向いた。

 

 監督官が「始め」と言った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 数学だった。

 

 問題用紙を開いた。最初の問題を読んだ。解いて次に進んだ。

 

 周囲で紙をめくる音がした。速かった。葵が二問目を解いている間に、隣の席で三度紙がめくられた。だが、横を見ずに手を動かし続けた。

 

 オリビアが出した予想問題と似た形式だった。解法が出てきた。次が見えた。

 

 ——大丈夫。

 

 半分まで来た。顔を上げずに続けた。

 

 時間が余ったので見直しをした。一箇所、符号の誤りに気づいた。直した。

 

「終わり」と監督官が言った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 二科目目は魔法工学だった。

 

 均衡の原則・共鳴の原則。問題を見た瞬間に構造が見えた。颯が「繋がりすぎて」と言っていたのを思い出した。

 

 ——仙霊液の効果ではなく、繋がっていたのだと思う。

 

 解いた。また解いた。

 

 エリックが静かに問題用紙をめくった。葵より速かった。葵は横を見なかった。自分のペースで続けた。

 

 時間が余った。もう一度見直した。

 

「終わり」と監督官が言った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 三科目目は契約説法だった。

 

 照応の法則・極性と調和の法則。オリビアと確認した内容が頭の中で整然と並んでいた。

 

 記述問題が出た。葵は少し考えてから、書き始めた。手が止まらなかった。

 

「終わり」と監督官が言った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 一日目が終わった。

 

 廊下に出ると、颯が待っていた。「どうだった」

 

「……できたと思う」

 

「俺も。魔法工学やばかったけど」と颯が言った。「均衡の原則、ちゃんと書けた」

 

「よかった」

 

 葵はポケットから魔脳晶を取り出した。「そういえばこれ、蒼玲先輩に貰ったんだけど、いる?」

 

 颯が魔脳晶を見た。「……お前使わないのか」

 

「うん」

 

「……やばくなったら使う」と言って受け取った。ポケットにしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 二日目の朝、教室に入ると昨日と同じ監督官が前に立っていた。

 

 深い青緑のジャケット。亀甲紋と合わさった手のエンブレム。昨日と変わらない佇まいだった。

 

 午前中に二科目を終えた。

 

 世界史は民族大移動・各国の変容。オリビアと確認した流れで手が動いた。言語リンガはオリビアが「試験範囲外だが繋がる」と言っていたラテン語の基礎構造が、記述問題の選択肢を絞るのに役立った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 最後は魔法実技だった。

 

 練習場に移動した。監督官が採点端末を構えた。生徒が一人ずつ前に出た。

 

 多くの生徒が中級魔法を使った。上級まで出せる者は少なかった。

 

 ルシアンが前に出た。

 

 詠唱が始まった。澄んだ声だった。光魔法の術式が空気に溶けていった。フォルティス・ルクスが展開された。光の強化障壁が静かに、しかし確かな圧を持って立ち上がった。攻撃魔法はディウィナ・ルクスだった。光の奔流が的を正確に貫いた。迷いがなかった。

 

 監督官が端末を操作した。

 

 エリックが前に出た。

 

 詠唱が始まった。低い声だった。闇の魔力が練習場の空気を引き絞るように集まった。アエギス・テネブラルムが展開された。闇の聖盾が光を吸い込みながら広がった。攻撃魔法はテネブラ・フラグメントゥムだった。闇の断片が的に向かって鋭く飛んだ。

 

 監督官が端末を操作した。

 

 葵の番が来た。

 

「防御魔法から始めてください」と監督官が言った。

 

 葵は詠唱しなかった。

 

 魔力を集めた。前方に展開した。フォルティス・ルクスが静かに広がった。光の強化障壁が空気の中に立ち上がった。

 

 監督官の手が止まった。

 

 一瞬だった。端末への入力が遅れた。周囲の生徒が葵を見た。監督官はすぐに表情を戻して、端末を操作した。何も言わなかった。

 

「次は攻撃魔法をお願いします」

 

 ライラが胸元でかすかに揺れた。

 

「……闇の魔法を見せたら?」とライラが言った。

 

 葵は少し考えた。

 

 ——エリサベット先輩が言っていた。1年の時は自分と適性が逆の魔法はできなかったと。

 

 葵は詠唱しなかった。

 

 魔力を手のひらに集めた。闇の魔力が指先に集まってきた。テネブラ・フラグメントゥムが形を成した。標的に向けて放った。闇の奔流が真っ直ぐに飛んだ。

 

 監督官が端末を持ったまま、わずかに固まった。

 

 練習場が静かになった。

 

 それでも手は動いた。入力は通常通りだった。何も言わなかった。

 

「以上です」と監督官は言った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーー

 

 練習場を出ると、颯とリオとマルコが待っていた。

 

「どうだったー」と颯が言った。

 

「……できた」

 

「俺も」と颯が言った。「リオも余裕そうだったし」

 

 リオが小さく頷いた。「……なんとか」

 

 マルコが「俺はやばかったけど多分大丈夫」と言った。根拠はなさそうだった。

 

 颯が「そうだ」と言った。「俺とリオ、誕生日近いじゃん。試験終わったし、次の日曜日にパーティーしようぜ」

 

 リオが少し目を見開いた。「……いいの?」

 

「当たり前だろ」と颯が言った。「葵も来るよな」

 

「うん」と葵は言った。

 

「マルコも来い」

 

「行く行く」とマルコが即答した。

 

 颯が「じゃあ決まりな」と言った。

 

 リオが「……ありがとう」と小さく言った。颯は聞こえていないふりをした。

 

 ライラが胸元でかすかに揺れた。

 

 試験が、終わった。

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