第76話 仙霊液
パーティーの翌日から、日々はあっという間に過ぎた。
授業、ピアサポート、家庭教師、食事、就寝。同じサイクルが繰り返された。
オリビアの予想問題を解いて答え合わせをして、また解いた。
蒼玲の膝の上で勉強を教えてもらった午後もあった。気づけば試験まで二日になっていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
土曜日の午後、ピアサポートの教室に行くと、颯・リオ・セレン・茜がすでに席についていた。
颯がノートを広げたまま額に手を当てていた。「魔法工学の均衡の原則、何回やっても頭に入らねえ」
「もう一回やる?」と葵は言った。
「やる」
リオが静かにシャープペンシルを走らせていた。茜は問題集に向かっていた。セレンは端末を見ながら何かを書き込んでいた。
葵はカヴィヤとアリアと手分けして回った。颯に均衡の原則を説明した。
オリビアが教えてくれた順番で話すと、颯が「あ、なんか繋がった」と言った。
「その説明、誰に教わったの」とセレンが言った。
「オリビア先生に」
セレンが少し考えてから、また端末に視線を戻した。
ーーーーーーーーーーーーーー
教室の扉が開いたのは、それから一時間ほど経った頃だった。
蒼玲だった。いつも通りの涼しい顔で入ってきた。両手に小さな箱を持っていた。
「試験前のご挨拶よ」
「……また何か持ってきたんですか」とカヴィヤが言った。
「……今回のは完全に合法よ」と蒼玲は言った。
カヴィヤの目が細くなった。
蒼玲が箱を開けた。中に小さな磁器風の小瓶が並んでいた。
深紫と金色と青のグラデーションで、仙気が漂うような色をしていた。液体が入っていた。
一回分ずつ個包装になっていた。
「仙霊液よ。天龍集団の研究部門が開発した。飲み方は説明書を読んで」
蒼玲がカヴィヤに一枚の紙を差し出した。
カヴィヤが受け取って読み始めた。全員がカヴィヤの顔を見た。カヴィヤの目が説明書を上から下へ動いた。少し止まった。また動いた。
「……まあ、うん」とカヴィヤは言った。「……大丈夫、です」
颯が「今の間は何だったんですか」と言った。カヴィヤは答えなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
蒼玲が小瓶を全員に配った。
「強く振って」
全員が小瓶を振った。シュワシュワと泡がモコモコと発生し始めた。液体が淡い青から紫へ、紫から金色へと変わっていった。
颯が「うわ、何これ」と言った。
「飲みなさい」
全員が口に含んだ。
ペパーミントとローズマリーの香りが鼻腔に抜けた。泡が舌の上で弾けた。味が変わった。甘くなって、また変わって、清涼感が残った。
「……おいしい」とリオが言った。
「あと十五分から二十分で効いてくるわ」と蒼玲は言った。「勉強を続けなさい」
それだけ言って、蒼玲は教室から出ていった。
全員がしばらく顔を見合わせた。
「……続けるか」と颯が言った。
ーーーーーーーーーーーーーー
十五分ほどして、葵はふと気づいた。
思考が、速かった。
問題を読んだ瞬間に解法が見えた。次の手順が来る前に、その次が見えた。
普段ならひと呼吸置いて確認するところを、確認する前に答えが出ていた。
——これが効いている、ということか。
葵は問題集のページを開いた。解いた。また解いた。
颯が「……頭、おかしくなりそう。繋がりすぎて」と言った。
「おかしくはないと思う」と葵は言った。
「なんか全部一個のことに見えてくるんだけど」
「多分それが正しい」
颯がしばらく黙って問題集を見た。「……すごいな、これ」
茜が「……葵、いつもよりすごくない?」と言った。
「少し」
茜が葵を見た。何か言いかけて、やめた。また問題集に視線を戻した。
リオが静かに手を上げた。「葵、ここ教えて」
葵はリオの隣に移動した。
セレンが端末から目を上げた。「……私は特に変わらなかった」と言った。誰も何も言わなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
日曜日、午前中からオリビアの部屋に行った。
「最終確認、始めましょうか」とオリビアが言った。
午前中は学科を一通り回した。数学から始めて、リンガ、魔法工学、契約説法、世界史の順に確認した。オリビアが問題を出し、葵が答えた。間違えた箇所を潰した。また問題を出した。
昼を挟んで、午後は実技の確認をした。魔法の術式の手順をオリビアが一つずつ確認した。
すべてが終わった頃、窓の外が夕方になっていた。
オリビアが問題集を閉じた。少し間を置いた。
「葵くんなら大丈夫です」
それだけ言った。
葵は少し間を置いた。「……ありがとうございます」
オリビアが微笑んだ。「明日、頑張ってきてください」
ーーーーーーーーーーーーーー
夜、部屋に戻った。
机に座って、一通り確認した。確認が終わると、静かになった。
ライラが胸元でかすかに揺れた。
「……緊張してる?」とライラが聞いた。
「……分からない」と葵は言った。
窓の外にアルカディア島の夜景が広がっていた。光が静かに輝いていた。
「……大丈夫だよ」とライラは言った。
葵は少し間を置いた。「……根拠は」
「……全部やったから」
それだけだった。葵はしばらく夜景を見ていた。
「……おやすみ、ライラ」
「……おやすみ」
試験は明日だった。




