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第73話 静かな日々

 16日から18日は、静かに過ぎていった。


 授業に出て、ノートを取った。午後はピアサポートで生徒たちの質問に答えた。夕方になるとキッチンに立ち、アーデルとオリビアと三人で食卓を囲んだ。夜はオリビアの部屋で予想問題を解いた。


 毎日少しずつ、何かが積み上がっていく感覚があった。


 試験まで、あと1週間になった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 19日の朝、端末に通知が重なった。


 最初は男子グループチャットだった。颯の名前があった。


「図書館で勉強しようぜ 今日暇な人」


 マルコとリオがすぐに反応していた。葵も返信した。


 次にセレンから個人チャットが来た。


「今日も勉強を教えてほしい、図書館で」


 葵は「行くよ」と返した。


 少し遅れて、茜からも来た。


「葵、今日一緒に勉強しない?図書館どうかな」


 葵は「ちょうど皆で行くことになったんだ、一緒にどう?」と返した。


 茜からの返信は早かった。「……行く」


 ーーーーーーーーーーーーーー


 中央図書館に着くと、颯たちがすでに来ていた。


「葵ー」と颯が手を振った。マルコが「おー」と言った。リオが静かに頷いた。


 窓際の長いテーブルを取っていた。葵は颯たちの向かいに席を取った。


 荷物を置いた瞬間、右から茜が来た。「……葵、隣いい?」


 ほぼ同時に、左からセレンが椅子を引いた。「……ここ、座る」


 葵は少し止まった。


 ——いつの間に。


 颯たちは向かいに座っていた。マルコが葵を見て、それから茜とセレンを見て、それから葵に戻った。何も言わなかった。


 リオが小さく葵に目配せした。颯が「まあいいじゃないか」とだけ言った。


 ライラが胸元でかすかに震えた。いつもより強かった。


「……どうしたの」と葵は内心で聞いた。


 ライラは何も言わなかった。ただ、震えが続いていた。


 葵は右を見た。茜が微笑んでいた。左を見た。セレンはすでにノートを開いていた。


 ——勉強しなければ。


 葵はノートを開いた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 しばらく、静かに時間が過ぎた。


 颯が最初に音を上げた。「葵、ここわかる?」


 世界史だった。葵は颯のノートを覗き込んだ。民族大移動のあたりだった。


「……ローマが弱くなってきたころに、北の方からゲルマン民族が大移動してきて。ローマの領土に入ってきたことで、ヨーロッパの地図が大きく変わったんだ」


「なんで移動してきたんだ?」と颯が聞いた。


「……東の方からフン族に押されて、逃げるように西に来たみたいで。それが連鎖して、いろんな民族が動き出した感じで」


「あー、ドミノみたいな」とマルコが言った。


「……うん、そんな感じだと思う」


 リオが「わかりやすい」と小さく言った。


 葵は説明しながら、ふと気づいた。


 ——オリビア先生に教わったことが、きちんと言葉になっている。


 茜が葵の手元をちらりと見た。「……葵、教えるの上手だね」


「……オリビア先生に教わってるから」


 茜が少し間を置いた。「……オリビア先生って、補助教師の人でしょ」


「うん」


「……なんで家庭教師やってるの?」


 声は柔らかかった。ただ、どこか責めるような色があった。


「新人教師だから、教える練習がしたいんだって」


「……そうなの」


 茜がノートに視線を落とした。ペンを持つ手が一度だけ止まった。


 ライラが胸元でかすかに揺れた。何も言わなかった。


 セレンは黙々と問題を解いていた。茜がセレンをちらりと見た。セレンは気にしなかった。


 葵は自分のノートに視線を戻した。右から茜の気配。左からセレンの気配。ライラの震えはまだ続いていた。


 ——集中しよう。


 リンガの予想問題を開いた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 夕方になって、図書館を出た。


 外の空気が少し冷たかった。秋が深くなっている気がした。


 颯が「お疲れー」と言った。マルコが「意外とはかどったな」と言った。リオが静かに笑っていた。


 駅の手前で颯たちと別れた。セレンも「……また明日」と言って別の方向に歩いていった。


 葵と茜が並んで歩いた。


「……葵、試験大丈夫そう?」


「……やるだけやってみる」


 茜が少し間を置いた。「……葵なら大丈夫だよ」


 まっすぐだった。葵はどう返せばいいかわからなかった。


「……ありがとう」


 茜が微笑んだ。それ以上は何も言わなかった。


 モノレールの駅で茜と別れた。


 一人になった。


 ライラの震えが、ようやく少し収まった。


「……お疲れ様」と葵は言った。


「……うん」とライラは言った。「大変だったね」


 葵は少し可笑しくなった。「……そうだね」


 試験まで、あと1週間だった。

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