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第64話 試験準備

転移石に触れた瞬間、光に包まれた。


気づくと、ラビリンスの入口に立っていた。探索者の町の喧騒が遠くから聞こえてくる。葵は素早く周囲を確認した。見覚えのある石畳。崇拝者がひざまずく石碑。玉座の間への迷い込みは、なかった。


息を小さく吐いた。


「……ルシファーに、会わなかった?」


隣の茜に聞いた。茜は少し間を置いてから答えた。


「うん、大丈夫」


二人は探索者の町を抜けて、転移ゲートへ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーー


学園に戻ると、端末にメッセージが来ていた。


蒼玲からだった。「生徒会室へいらっしゃい」


生徒会室の扉を開けると、全員が揃っていた。蒼玲が長いテーブルの上座に座り、他の先輩たちがその周りに並んでいた。葵が入ると、蒼玲が口を開いた。


「中間試験まであと少しよ。生徒会として試験支援を行うわ」


蒼玲が端末を操作すると、壁面に企画の一覧が映し出された。


勉強応援ポスターの掲示。スタディブレイクとリラクゼーションイベントの開催。ピアサポートの開設。そして——天龍集団のお菓子配布。


「試験前の生徒たちに、天龍集団の厳選したお菓子を配るわ。休憩の質を上げることが集中力の維持に繋がるもの」


蒼玲が説明し終えた瞬間、イレムが手を挙げた。


「えっとねー……蒼玲ちゃん、これってお菓子の宣伝だよね?」


「天龍集団の品質を広めるのは当然のことよ」


蒼玲は涼しい顔で答えた。


しばらく、誰も何も言わなかった。


アリアが視線を窓の外に向けた。白羽が腕を組んで天井を見た。カヴィヤが穏やかな笑顔のまま端末に目を落とした。エリサベットが小さく咳払いをした。

胸元でライラがわずかに揺れた。


蒼玲が続けた。


「ピアサポートは学年別に担当を分けるわ。私とイレムは三年生を、エリサベットと白羽は二年生を担当。葵とアリアとカヴィヤは一年生を受け持ちなさい」


「……僕がですか」


「Sクラスの生徒が教える側に回る。それ自体が他の生徒への刺激になるわ」


葵は頷いたが、内心では少し迷っていた。自分が人に教えられる立場なのか、まだよく分からなかった。


企画の詳細が一通り決まったところで、解散の空気になった。葵が立ち上がりかけると、蒼玲の声がした。


「小春葵、少し待ちなさい」


先輩たちが順番に出ていく。部屋に二人が残った。


「あなた、生徒会なんだから恥ずかしい成績は許されないわよ」


「はい、わかっています」


「もしよければ、私が教えてあげてもいいのよ?」


「いえ、家庭教師の先生が来てくれることになっていて——」


「何も聞こえなかったわ」


蒼玲が微笑んだまま言った。


「もしよければ、私が教えてあげてもよくってよ?」


「……でも、先生が——」


蒼玲は何も言わなかった。ただ微笑んだまま待っていた。


葵は少し沈黙してから、言った。


「……お願いします、蒼玲先輩」


「ええ、いいわ」


蒼玲が椅子に座り直した。そして自分の膝をさりげなく示しながら、静かに「ここに座りなさい」と言った。


葵は端末をしまいながら内心で思った。


——やっぱりこういう教え方、流行っているのだろうか。


膝に座ると、蒼玲の体温が背中から伝わってきた。葵はオリビアに渡された数学の予想問題を開いた。


「これを解くの?」


「はい」


蒼玲が問題を覗き込んだ。それから、静かに説明を始めた。


思っていたより、ずっとわかりやすかった。言葉が整理されていて、どこで詰まっているかを自然に引き出してくる。葵が答えを出すたびに、蒼玲が次の問いを重ねた。教わっているのに、自分で考えた気になる不思議な感覚だった。


しばらくして、蒼玲が問題用紙を見ながら言った。


「……これ、あなたの家庭教師が作ったの?」


「はい、そうです」


「そう。なかなかやるわね」


葵は次の問題に目を落としながら、内心で思った。


——オリビア先生って、すごい先生なんだ

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