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第63話 そばにいるから

プリンシパリティが動いた。


純白と深青のローブをはためかせ、七本の光条の冠から光が溢れ、王笏を葵へ向けて構える。


初動が速い。


葵は即座に横へ跳んだ。光線が石床を焼いた。一直線に抉れた跡が、扉まで伸びた。


茜が後方へ下がる気配がした。「ルケオ」と低く呟く声が聞こえた。全能力が小さく底上げされる感覚が体に広がった。


葵は走りながら距離を詰めた。光線は射角がある。懐に入れば使えなくなる——前回の戦闘で体が覚えていた。


プリンシパリティが王笏を引き、衝撃波を展開した。短距離、広範囲。


上に跳ぶ。


衝撃波が足元を抜けた。着地の瞬間、茜の声がした。「スクトゥム・ルクス」。光の盾が葵の前面に展開される。


プリンシパリティが光線を絞り込んだ。盾に直撃する。衝撃がきたが、弾かれなかった。


葵は盾の陰から前へ出た。


意識を向ける。胸の中からライラの魔力が動き、右手に集まった。光の剣が現れた。青白い刃。


プリンシパリティが次の光線を溜めている。王笏の先端に光が集束し始めた。


葵は踏み込んだ。全身の魔力を刀身に乗せる——スラッシュ。右足で地面を蹴り、上段から振り下ろした。


光の剣がプリンシパリティの王笏ごと胴体を斬り抜けた。


溜まっていた光が四散した。天使の体が揺れ、膝をつく。立て直そうとして——葵はもう一度踏み込んだ。


二撃目のスラッシュ。


プリンシパリティの体が光の粒子に分解された。静かに、散っていった。


石床に焦げ跡だけが残った。


葵は息を整えながら振り返った。茜が盾の魔法を解いて、立っていた。


「……怪我は?」


「大丈夫」と葵は答えた。「援護ありがとう」


茜は短くうなずいた。


――――――――――――――――――


21層は一面の深い森が広がっていた。


頭上に天井はなく、木の枝が幾層にも重なって空を覆っている。


マンドレイクが地面から飛び出してくる。葵が光弾で処理すると、茜がすかさず「ルケオ」と呟いてバフをかけ直した。


ノームが足元を盛り上げる。葵が踏み込んで短剣で仕留めると、茜が防御魔法を前方に展開して次の攻撃に備えた。


言葉を使わなくても動きが噛み合っていた。


23層を過ぎると、ドリアードが木の幹から飛び出してくるようになった。動きが速く、複数で同時に現れる。葵が前衛で引き付け、茜の天使が側面から光魔法を叩き込む。挟み撃ちの形が自然に生まれていた。


25層を過ぎると森が深くなった。木々の幹が太くなり、光がほとんど届かなくなってくる。代わりに地面の苔が淡く発光し始めた。青白い光が足元に広がっていた。


「……きれいだね」と葵が言った。


「……うん」と茜が答えた。


26層を過ぎたあたりで、茜が言った。


「……最近、忙しそうだね」


前を向いたまま、独り言のような言い方だった。


葵は少し考えてから、答えた。


「うん、ちょっと色々あって」


「……色々」


茜が繰り返した。それ以上聞かなかった。ただ隣を歩いていた。


なぜか、話してしまおうという気になった。


「友達が変な病気になって」


「……病気?」


「黒夢病って言うんだ。毎晩怪物に追われる夢を見て、衰弱して……最後は死ぬ病気。」


茜の足が一瞬止まった。


「……そんな病気があるの」


「でも、その夢の中に入って怪物を倒したら、黒夢病が治ったんだ。……その怪物は人造神魔、つまり人が造った神魔だと思ってる。」


「……人造神魔」


「うん、同じ症状の患者が20人いて、夢の中に入ってみたら——全員の夢の中に同じ怪物が出てきたんだ。......その怪物にヴァルハラ・アームズっていう会社が関係しているかもしれないって聞いて。

......その会社のサンクスギビングのボランティアに参加して、証拠を掴みたいんだ」


茜はしばらく黙っていた。また歩き始めながら、ゆっくり言った。


「……それって、本当に葵がやらなきゃだめなの?」


「僕にしかできないことかもしれないから、......それに」


葵は少し間を置いた。


「……そのために神様が力を与えてくださったのかも、って思ってる」


茜が黙った。


足音だけが続いた。苔を踏む柔らかな音。どこか遠くで鳥のような神魔の声がして、また消えた。


しばらくして、茜が言った。


「……葵がそう思うなら」


また間があった。


「……無理しないでね。それだけ」


「うん」


茜が葵を見た。真っ直ぐな目だった。


「……頑張って」


一拍おいて。


「私も、いつでもそばにいるから」


葵は少し驚いて、茜の顔を見た。茜はもう前を向いていた。横顔に何の表情も読めなかった。


胸元でライラがわずかに揺れた。


――――――――――――――――――


30層に入った瞬間、二体のスプリガンが動いた。


一体目が影の中から姿を現した。しわくちゃの灰黒色の皮膚が引き伸ばされ、筋肉が隆起する。身長が一瞬で三メートルを超えた。醜悪な老人のような顔に黄色い目が爛々と輝き、枯れた蔦と棘のような髪が逆立つ。岩のような拳を地面に突き立て、周囲の木々が震えた。


二体目がゆっくり姿を現した。ねじくれた古木のような歪んだ体。長く鋭い木の根の爪。全身に苔と蔦が絡み、胸に古い石の紋様が浮かぶ。口が裂けるほど開き、黒い粘液を垂らしながら重低音の咆哮を上げた。


茜が前に出た。天使が茜の隣に現れる。純白の翼を広げ、静かに浮いた。


二体は右と左から同時に迫ってくる。


葵は一体目——岩の拳を持つ方へ向かった。拳銃を抜きながら横へ動く。一体目が岩の拳を振り下ろした。


転がってかわした。


拳が地面を抉った。衝撃が広がり、二体目の足元まで揺れが伝わった。


茜の天使がその瞬間を見逃さなかった。光魔法が二体目の胸部の石の紋様に直撃する。二体目が大きくよろけた。


葵は立ち上がりながら一体目に向き直った。蔦で覆われた股間めがけて銃を連射する。一体目が膝をつき、地面を大きく震わせながら崩れ落ちた。


光の剣を呼ぶ。青白い刃が右手に現れた。全身の魔力を刀身に乗せる——スラッシュ。崩れた頭部へ斬り込んだ。一体目が光の粒子に包まれて激しく痙攣し、大きな破裂音とともに完全に崩壊した。


二体目が残った。茜の天使と向き合っていたが、葵が戻ってくるのを見て向きを変えた。


木の根の爪が茜へ向かって伸びた。


葵が先に動いた。爪の軌道上に割り込み、光弾で爪を弾く。二体目の動きが止まった。その隙に茜の天使が上から光魔法を叩き込む。二体目が膝をついた。


葵はもう一度踏み込んだ。スラッシュ。胴体を斬り抜ける。茜の天使が追撃の光魔法を放った。


大きな破裂音が響き、二体目も完全に崩壊した。


静寂が戻った。木々が静かに揺れていた。


茜の天使が翼を畳んだ。


葵は息を吐いた。体のどこにも傷はなかった。ふと視界のUIを確認する。神魔解析録の数字がいくつか上がっていた。


「……30層、来たね」と茜が言った。


「うん」と葵は答えた。


二人はしばらく黙って、スプリガンが崩壊した跡を見ていた。それから転移石へ向かって歩き始めた。

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