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第62話 ドミニオン

「——輝けよ、ルケオ」


 茜の声が静かに廊下に響いた。


 淡い金色の光が葵の体を包んだ。一瞬、体が軽くなった気がした。


「……バフ?」


「うん、ここは相性が悪いみたいだから、せめて応援させて」


 葵は少し手を開いたり閉じたりした。指先まで魔力が通っている感覚があった。


「ありがとう」


 二人は廊下を進んだ。


 しばらく歩きながら、葵は視界の端の神魔解析録を開いた。


 茜の天使のデータが表示されていた。


 ドミニオン——解析度12%


 主天使の位階を持つ存在。天使の中でも上位に位置し、神の秩序の維持と執行を司る。


「……主天使」


 葵は少し立ち止まった。


「茜、天使様って呼んでるけど、お名前はないの?」


 茜が少し首を傾けた。


「……教えてくださらないの」


「教えてくれないんだ」


 茜は少し間を置いた。


「……『我が名は神のものであり、しもべのものではない。汝が呼ぶべきは我が名ではなく、我を遣わした方の名である』って」


 葵はしばらく黙っていた。


「……そういうものなんだね」


「うん」と茜は言った。「だから私は天使様って呼んでる」


 神魔解析録に視線を戻した。


 ——ドミニオン。主天使。これだけ強ければ、ヴァルハラ・アームズのインターンの条件に十分かもしれない。


「茜、しばらく天使様を出しっぱなしにしておいてもらえないかな。大変じゃなければ」


「大変じゃないよ」


 茜が少し葵を見た。


「……でも、なんで今まで出しっぱなしにしてなかったの?

 敵は弱いけど、危険はあるし」


 茜は少し間を置いた。


「……二人きりになりたかったから」


 葵は答えを探した。


 見つからなかった。


 その瞬間、胸元から何かが飛び出した。


 青白く発光する小さな体。透明の翼。ライラだった。


 ライラは茜の前に浮かんで、真正面から茜を見た。


「……ちょっと」


「え」


 茜が目を丸くした。


「……しゃべるの?」


「しゃべる」


 ライラは短く言った。それ以上は何も言わなかった。ただ、茜をまっすぐ見ていた。


 茜は少し間を置いてから、ゆっくりと視線を落とした。


「……ごめんなさい。あなたもいたのね」


 ライラは少し揺れた。それだけだった。


 葵はライラを手のひらで受け取った。ライラは葵の指の上に座って、また胸元に戻っていった。


「……ライラは、ずっといるから」


「……そうね」と茜は言った。少し間があった。「ごめんなさい、葵にも」


「うん」


 ——ずっといる。

 そうだな、と葵は思った。ずっと、そこにいる。


 茜の天使が、静かにそこに降臨した。純白の翼が廊下に広がり、銀色の装甲が天井の光を受けた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 進みながら、葵は神魔解析録のドミニオンの解析度を確認した。


 12%——18%——27%——38%——40%。


 40%で止まった。


 何体か一緒に神魔を倒しても、数字が動かなかった。


「茜」


「何?」


「解析が40%で止まった。……僕もドミニオン様と契約できるようになれるかと思ったんだけど」


 茜は少し首を傾けた。「難しいの?」


「……他の人の契約神魔は、一定以上解析できないのかもしれない」


 茜は少し間を置いてから、前を向いた。


「……天使様は私の天使様だから、ね」


「うん」


 それだけだった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 20層に到達した。


 七本の光条を持つ冠。王笏を持つ姿。純白と深青の装束。


 視界の端で神魔解析録が反応した。


 ——プリンシパリティ。権天使。


 葵は茜を見た。


「この天使とは僕が戦う」


「……わかった」


 茜の天使が、静かに茜の体に戻っていった。


 葵は前に出た。


 天使の七条の冠が輝いた。

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