第61話 茜の力
一層から先、茜は慣れるのが早かった。
グレムリン、ダイモーン——廊下に現れる神魔たちに、最初は少し身構えながらも、一体倒すたびに動きが落ち着いていった。天使を使わずとも、光魔法で丁寧に仕留めていく。戦い方は堅実だった。華やかさはないが、隙もない。
七層を過ぎた頃だった。
「……なんだか」と茜が言った。
「何?」
「力が、あふれてる気がする」
体の中から何かが満ちてくるような感覚——そういう顔をしていた。
「レベルアップだと思う」
「レベルアップ?」
「先輩に教わったんだ。
神魔と戦うと、魔力の一部が吸収されて強くなることがある、って」
茜はしばらく自分の手のひらを見ていた。指を一度、ゆっくりと握りしめた。
「……そういうことね」
顔を上げた。目の色が少し変わっていた。
「じゃあ、もっと倒さないと」
「うん」
茜が先に歩き始めた。
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10層の入口に立ったとき、もう音がしていた。
カタカタ……カタカタ……。
足首に絡められた頭蓋骨の音。地面からゆっくりと浮かび上がるように、あの異形が姿を現した。
二つの上半身が背中合わせに融合した骸骨の舞踏者。左の髑髏は牙を剥き、右の髑髏は冷たく微笑んでいる。一本の細い脚が、重力を嘲笑うように軽やかに地面を踏んだ。眼窩の奥で、青白い炎がゆらりと灯った。
「……トゥルダク」と葵は言った。
茜はすでに前に出ていた。
胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。淡い金色の光がゆっくりと滲み出し始める。
「——天使様、お願い」
光の粒子が一気に渦を巻いた。純白の翼が広がり、銀色の装甲をまとった天使が降臨した。冷たく澄んだ瞳が、トゥルダクをまっすぐに捉えた。
トゥルダクが骨剣を振り上げた。魔法陣が展開しようとした。
その前に、天使の杖が光を束ねた。
白い光の奔流が、トゥルダクを正面から飲み込んだ。骨剣が弾かれた。魔法陣が散った。よろめいたトゥルダクに、天使がもう一度杖を掲げた。
二度目の光がトゥルダクを包んだ。骨が、ばらばらに散らばった。眼窩の炎が、消えた。
天使がゆっくりと茜の体に戻っていった。茜は少し肩で息をしていたが、しっかりと立っていた。
「……茜、すごい」
葵は思わず言った。
茜がこちらを振り返った。それから、ゆっくりと笑った。
「……嬉しい」
少し間があった。
「……これで、葵を守れるね」
——守る、か。
茜の目はまっすぐだった。どこにも迷いがなかった。その真っ直ぐさが、葵にはうまく言葉にできない何かを残した。
廊下の先に、次の下り口が見えた。
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11層に足を踏み入れると、空気が変わった。
前回と同じ、純白の大理石の廊下だった。天井から黄金色の光が降り注ぎ、聖なるオーブが静かに浮遊している。
「……神に反逆した悪魔のダンジョンよね、ここ」
「うん」
「神聖な感じがするわ」
「そういう層もあるって、先輩に教わった」
茜は少し廊下を見回してから、また歩き始めた。
しばらく進むと、前方に白い光が見えた。
石の台座に、天使が座っていた。純白の翼を優しく折り畳み、両手を膝の上に重ね、目を閉じている。表情は穏やかで、祈りを捧げているかのような静謐な光景だった。
茜が杖を構えた。光魔法の詠唱が始まった。
光が天使を包んだ。
しかし——天使は崩れなかった。
光が吸収されるように散った。天使がゆっくりと目を開けた。澄んだ瞳が、冷たい輝きに変わった。翼が音もなく広がり、光の剣が顕現した。
茜がもう一度光魔法を放った。
天使の翼が光を弾いた。今度は散りもしなかった。
「……効かない」
茜の声が低くなった。
「僕に任せて」
葵は前に出た。
視界の端で神魔解析録を確認した。エンジェル——光属性、闇に弱い。
天使が光剣を振りかぶった。葵は横に跳んだ。刃が空を切る。踏み込んで距離を詰めた。
暗い光を手のひらに集めた。
詠唱しなかった。暗い光が、天使の胴体を貫いた。
天使は一瞬静止した。それから、光の粒子に散った。
静かになった。
「……葵」
振り返ると、茜が葵を見ていた。
「……闇魔法も、使えるの?」
「うん。最近気づいた」
「……すごい」
少し間があった。
「……本当に、葵って……」
最後まで言わなかった。
葵は視界の端の神魔解析録を閉じながら、ふと思った。
——蒼玲先輩が僕を誘ったのは、複数の神魔と契約出来ることによる、こういう対応力のためだったのかもしれない。
「この層は僕が前に出る」
「……わかった」
「行こう」
二人は廊下の先へ歩き始めた。




