第55話 補助教師
ヴァルハラ・アームズのボランティア募集の詳細はまだ出ていなかった。
だが——参加出来るのは、成績優秀な生徒だけだろう。
中間試験まで時間はない。
葵は放課後、職員室に向かった。
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ドアをノックして職員室に入った。
ハルトマンが机の前に座っていた。その向かいに、見知らぬ女性が座っていた。
栗色のウェーブ髪。細フレームの眼鏡。少し落ち込み気味の目元。白い肌。ブラウスのボタンがわずかに張っていた。疲れているのに優しそうな、不思議な印象の人だった。
「……無理です」
女性がハルトマンに言っていた。小さな声だった。
「Sクラスの補助教師なんて……人前に立つのは、私には無理で……免許はありますけど」
「お前の実力は私が一番知っている。できないはずがない」
「でも……生徒に何か聞かれたら、うまく答えられなくて……それで余計に混乱させてしまったら……」
「答えられなければ調べればいい」
「でも、その場で固まってしまったら……前もそうで……うまく話せなくて、それで……」
「オリビア」
ハルトマンが低く遮った。
「お前が教えた生徒が伸びなかったことがあるか」
オリビアは黙った。
「ない。一人もいない。それがお前の実力だ」
「……それは」
「人付き合いが苦手なことと、教えることができないことは別だ」
オリビアはうつむいた。眼鏡の奥の目が揺れていた。
「……でも、やっぱり無理で……」
オリビアが入り口を見た。
視線が合った。
女性の目が、止まった。
一秒。二秒。三秒。
「……あ」
小さな声が漏れた。女性の頬が、じわりと赤くなった。眼鏡の奥の目が、葵から離れなかった。
葵は少し困惑した。
「……すみません、邪魔でしたか」
「い、いえ……っ」
女性が慌てて首を振った。眼鏡がずれた。
ハルトマンが葵を見た。
「小春。何の用だ」
「成績を上げたいんです。中間試験に向けて……Sクラスの授業って家庭教師が前提みたいで、何かいい方法はないかと思って」
ハルトマンが何か言おうとした。
その前に、女性が口を開いた。
「……やります」
ハルトマンが女性を見た。
「補助教師、やります」
声は小さかったが、はっきりしていた。女性はまだ葵を見ていた。頬が赤かった。
ハルトマンは一瞬だけ黙った。それから小さく息をついた。
——やっと分かってくれたようだな。
そう思っていそうな雰囲気だった。
「よし。頼む」
女性——オリビアが葵に向き直った。眼鏡を押し上げた。
「あの、君の名前は...」
「小春葵です、よろしくお願いします」
「あの……葵くん、って呼んでいいですか」
「はい」と葵が答えた。
「よかったら……家庭教師、しましょうか。授業だけじゃ、たぶん足りないと思うので」
葵は少し驚いた。
「そんな……先生を雇うお金が、ないんですけど」
「あ、お金はいらないです。私もまだ新人教師で……教える練習がしたいので」
オリビアは眼鏡を押し上げながら、小さく付け加えた。
「葵くんが、嫌じゃなければ」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
葵は頭を下げた。オリビアの頬がまた赤くなった。
「あの……いつから、始めましょうか」
オリビアが眼鏡を押し上げながら言った。
「できれば早い方がいいんですけど……迷惑じゃなければ、明日からでも」
「……明日、大丈夫です」
「場所は……どこがいいですか。私は、人が少ない方が……」
「図書室の奥の個室はどうですか。あまり人が来ないので」
「……そこで、お願いします」
オリビアはそれだけ言って、小さくうなずいた。
ハルトマンは二人のやり取りを黙って聞いていた。何も言わなかった。ただ、腕を組んで前を向いていた。
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職員室を出た。
廊下を歩きながら、葵は少し考えた。
——なんで家庭教師まで引き受けてくれたんだろう。
理由はわからなかった。でも——断る理由もなかった。
中間試験まで、時間はない。
葵は足を速めた。




