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第53話 ホームカミングの午後

 企業関係者の何人かが学園長のもとへ向かっていた。


 一人ではなかった。複数だった。表情が硬かった。


 声は聞こえなかった。でも——穏やかな話し合いではないことは、遠目からでもわかった。


 結果が発表された。Sクラス、1位。


 拍手が起きた。でも——Sクラスの生徒たちの顔は晴れなかった。


 全員がわかっていた。あと少しで崩壊していた。


 企業関係者の前で、取り返しのつかない恥をさらすところだった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 更衣室でチアリーダーの衣装を脱いでいると、端末が振動した。


 葵は端末を見た。グループチャットに通知が来ていた。


 颯からだった。


「塔の仕上げの演出、すごかったな。」


 続いてリオ。


「葵のチアリーダー姿めちゃくちゃかわいかった!!」


 他の男子からもスタンプや「かわいい」という言葉が続いた。


 葵は端末をしまった。


 ——かわいかった、か。


 複雑だった。助けようとして動いただけだった。でもそう見えていたのか。


 チアリーダーの衣装のまま走った自分を想像すると——

 葵は端末をしまい、制服に着替えた。


 更衣室を出ると、茜が廊下で待っていた。


「葵、せっかくだから午後は一緒に回りましょう」


 いつもの静かな顔だった。でも——少しだけ、表情が柔らかかった。


「うん、行こう」


 ーーーーーーーーーーーーーー


 校庭の一角に、商業研究部の屋台が出ていた。


 魔法で温度管理された食べ物が並んでいた。魔力を込めた光る飴細工、魔法で瞬時に焼き上げたクレープ、冷気魔法で冷やし続けるジュース。どれも見た目が鮮やかだった。


「葵くんー!」


 イレムが屋台の後ろから手を振った。エプロン姿だった。


「来てくれたー! チアリーダー姿かわいかったよー、写真撮ればよかったー」


「……勘弁してください」


「えー、似合ってたのにー」


 イレムはにこにこしながら、葵にクレープを差し出した。


「はい、サービス。今日頑張ったんだから」


「いいんですか」


「いいのいいの。葵くんのおかげでSクラスの面目が保たれたんだから、これくらい当然だよー」


 葵はクレープを受け取った。イレムが葵の隣に身を乗り出して、メニューの説明を始めた。距離が近かった。


 茜は少し後ろに立っていた。


 葵が振り返ると、茜はいつもの静かな顔で前を見ていた。


「茜も何か食べる?」


「……いらない」


 それだけだった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 校庭の別の一角に、鍛冶部のブースが出ていた。


 魔法ゲームのコーナーだった。魔導的に設計された的に魔力弾を当てて得点を競う形式だった。的が動いたり、障壁を展開したりと、なかなか難しそうだった。


「葵」


 アリアが腕を組んで立っていた。


「よく来た」


「はい。これ、鍛冶部が作ったんですか」


「そう。的の設計は私」


 葵は的を見た。なかなか精巧な造りだった。


「やってみる?」


「いいんですか」


「あなたの射撃の精度を確認したい」


 葵は銃を取り出した。魔力弾を込めて、動く的を狙った。


 連続で三発。全部当たった。


 アリアが葵の手首を掴んだ。角度を確認した。


「二発目、肘が下がっていた」


「気づきませんでした」


「次から意識して」


 アリアは葵の手首を持ったまま、もう一度構えさせた。後ろから腕の角度を無言で確認する。


「そこ。その角度」


「わかりました」


「うん」


 アリアは葵の手首を離して、腕を組んだ。それだけだった。


 茜は少し離れたところに立っていた。


 アリアが葵の手首を持っているのを、まっすぐに見ていた。表情は変わらなかった。

 ただ——葵が振り返ったとき、茜はすっと視線を逸らした。


「茜、やってみる?」


「……いい」


 短かった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 夕暮れが近づいてきた。


 生徒会が校庭の中央に生徒たちを集め始めていた。魔法花火の時間だった。

 葵は生徒会のメンバーだったが、今日はSクラスの競技で手が離せなかった。準備には関われていなかった。


 葵と茜も人の流れに混じった。空が少しずつ橙色に染まっていた。


「小春葵」


 蒼玲が人ごみの中から葵を見つけて近づいてきた。


「今日はよくやったわ。咄嗟に動けたのはさすがのセンスね」


「……偶然です」


「偶然でも結果が出たなら十分よ」


 蒼玲は葵の隣に立って、空を見上げた。


「花火、綺麗よ。見ていきなさい」


 それだけ言って、蒼玲は生徒会の方へ戻っていった。


 葵は茜を見た。


 茜は空を見上げていた。表情は穏やかだった。でも——唇が少しだけ結ばれていた。


「茜?」


「……なんでもない」


 少しの間があった。


「葵って」


 茜が空を見たまま、小さく言った。


「先輩たちに、すごく好かれてるのね」


 葵は何と返せばいいかわからなかった。


「……そうかな」


「そうよ」


 茜はそれだけ言った。それ以上は何も言わなかった。


 空が完全に橙色に染まった。


 魔法花火が上がった。


 光の粒子が夜空に広がっていった。赤、青、金、白——魔力を帯びた光が、普通の花火より長く、柔らかく、空に漂い続けた。


 葵は空を見上げた。茜も空を見上げていた。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


 花火の光が、茜の横顔を照らした。


 ——綺麗だな、と葵は思った。花火のことなのか、茜のことなのか、自分でもわからなかった。

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