第52話 ホームカミングデイ
朝、目が覚めた。
いつもより、体が軽かった。
端末を開いて神魔解析録を確認した。解析度に変化はなかった。
——夢の中で何かあったのかもしれない。でも、わからない。
葵はそのまま端末をしまった。
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ホームカミング当日、校庭には各クラスの建築エリアが設けられていた。企業関係者や保護者が観覧席に並んでいた。魔導塔建設は午前中の目玉競技だった。
Sクラスのエリアに着くと、生徒たちはすでに素材を広げて準備を始めていた。葵も手伝おうと近づいた。
「あ、葵くん」
Sクラスの女子生徒が葵に近づいてきた。手に何かを持っていた。
「これ、着てもらえる?」
それはチアリーダーの衣装だった。
「え」
「葵くんってかわいいじゃない。絶対似合うよ。塔の建築はみんなに任せて、応援してくれたらみんな頑張れると思うから」
ポジティブな笑顔だった。悪意は、なかった。
「いや、でも僕は……」
胸の奥で、ライラがふわりと揺れた。
葵は衣装を受け取った。
——確かに、塔の建設には貢献できない。それは本当のことだ。
「……わかった」
——悔しいね、葵。
ライラがそう言っていた。
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競技が始まった。
葵はポンポンを両手に持って、Sクラスのエリアの端に立った。
ピンクと白のフリルたっぷりのチアリーダー衣装。
短いプリーツスカートが太ももを露わにし、胸元には小さく「GO!」の文字。
手に握ったピンクのポンポンが、緊張で少し震えていた。
葵は小さく深呼吸をしてから、チアリーダーの定番ポーズを取った。
片足を軽く上げ、ポンポンを両手で高く掲げ、
顔が勝手に熱くなるのを感じながら、それでも元気よく言った。
「頑張ってください、Sクラス!」
我ながら間抜けな格好だと思った。でも——やると決めたなら本気でやる。
「行けます、もう一層!」
「その調子です!」
ポンポンを振るたびに、Sクラスの何人かがちらりと葵を見た。笑いをこらえている顔もあった。でも——悪い顔ではなかった。
葵は構わず続けた。声を張った。ポンポンを振った。
それが今の自分にできることだった。
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Sクラスの動きは速かった。一人一人の素材の扱いは洗練されていた。魔力の込め方、層の置き方、どれも正確だった。個人個人を見れば、文句のつけようがなかった。
ただ——全体として、噛み合っていなかった。
誰かが火属性の素材を置けば、別の誰かが風属性を重ねる。それぞれの判断は正しい。でも方向がばらばらだった。束ねる者が、いなかった。
そして——隣のAクラスのエリアを見て、Sクラスに緊張が走った。
アーデル先生が指揮するAクラスの塔は、Sクラスより明らかに速く、安定して伸びていた。魔力の流れが均一で、層ごとの密度が完璧に保たれていた。見ているだけで、練度の差がわかった。
「まずい、このままじゃ負ける」
「もっと高く積めるはずだ、急げ」
Sクラスに焦りが広がった。
誰かが指示を出した。別の誰かが違う指示を出した。声が重なった。誰の言うことに従えばいいのか、誰もわからなかった。まとめる者が、いなかった。
一人が強引に次の層を積み上げた。
その瞬間——めきめき、という音が塔全体に響いた。
「……っ」
誰かが息を呑んだ。塔がわずかに傾いていた。魔力の循環が乱れ始めていた。このまま続ければ——崩れる。
葵はその音を聞いた瞬間、体が固まった。
観覧席に企業関係者がいた。保護者がいた。崩れたら、下にいる人間に直撃する。
——どうにかしなければ。
葵は無意識に胸元に手をやった。
いつの間にか、指がルシファーの羽根に触れていた。
一人一つまで素材を持参していい——そう言われていた。
葵が持っている魔法素材はこれだけだった。だから一応、持ち込んでいた。
——これを、塔の弱点に組み込めば。
直感だった。根拠はなかった。でも——できる気がした。
でも、もし台無しにしたら。勝手なことをして、崩壊を早めたら。
葵の足が止まった。
「小春」
低い声だった。エリックだった。
葵の隣に来て、塔を見たまま言った。
「お前、何か考えがあるんじゃないのか」
「……わかりません。直感なので」
「このまま壊れるくらいなら、やってみたらどうだ」
エリックは葵を見た。葵の目を、一秒だけ見た。それだけだった。
葵は羽根を握った。
チアリーダーの衣装のまま、塔に向かって走った。
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塔の根元に近づいた。めきめきという音が大きくなっていた。
魔力の流れが乱れている場所がわかった。体が、知っていた。どこに組み込めばいいか——考えるより先に、手が動いていた。
羽根を塔の継ぎ目に差し込んだ。
その瞬間——羽根が動いた。
まるで意志を持つように。塔の中を走る魔力の流れに沿って、羽根が黒い光を帯びながら広がっていった。乱れていた魔力の循環が、一本の流れに束ねられていく。傾いていた塔が、ゆっくりと垂直に戻った。
めきめきという音が、止まった。
静寂が広がった。
Sクラスの生徒たちが、葵を見ていた。企業関係者が、葵を見ていた。
チアリーダーの衣装を着た少年が、塔の前に立っていた。
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競技が終わった。
観覧席がざわめいていた。企業関係者の何人かが顔を見合わせていた。
低い声で何かを話していた。穏やかな雰囲気ではなかった。
モローが葵のそばに来た。にこやかな顔だった。
「よかった。うまくいってよかったね」
他人事だった。
Sクラスの生徒たちの間に、静かな空気が漂っていた。
「……モロー先生がちゃんと指導してくれていたら」
誰かが、小さく言った。
誰も否定しなかった。
ルシアンが葵のそばに来た。腕を組んだまま、前を向いたまま、低く言った。
「……チアリーダーが塔を救うとはな」
それだけだった。
——あの瞬間、ルシファーの羽根が塔の魔力を支配するように動いた。
——これは、何なんだろう。
葵はそれを胸元にしまった。何も言わなかった。




