第34話 人造神魔
リオは今日、休むことになった。
颯からメッセージが来ていた。
「目を覚ました。でもまだ体が重いみたいで、今日は休むって」
それだけだった。でも——目を覚ました。それだけで十分だった。
葵は授業が終わった後、一人で廊下のベンチに座って端末を開いた。神魔解析録を起動する。
あの怪物のデータを探した。
ない。
倒したはずだった。確かに倒した。でもデータがない。
葵は画面を一番上に戻した。
ピクシー、100%。バク、100%。一番下に、バラキエル、1%のまま。
該当するものは、なかった。
機械の脚を持つ怪物は、どこにも登録されていない。
葵は端末を閉じた。
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リースの研究室の扉をノックした。
「入れ」
リースは机に向かっていた。端末と書類が並んでいる。葵が入ってきても、すぐには顔を上げない。
「小春」
「少し、聞いていいですか」
リースが顔を上げて葵を見た。いつもの、つかみどころのない目だった。
「座れ」
葵は椅子に腰を下ろした。
「神魔解析録のことで来ました。
昨日、リオの夢の中に入って怪物を倒したんですが、データが登録されませんでした」
「どんな怪物だった」
「上半身は、人に似た形でした。長い髪が、重力に逆らって広がっていました。
顔に目が四つ。額に角。
腰から下が、機械でできていました。二本の鋼の脚で立っていて、関節に金属の節がありました。
睡眠魔法を使ってきました。機械の脚で、上級光防壁を砕かれました」
リースは少し間を置き、端末を脇に置いた。
「解析録に登録されなかった理由、わかるか」
「わかりません。だから来ました」
「神魔解析録は、神話に由来する神魔しか認識しない」
リースはそれだけ言って、葵の顔を見た。
「お前が見たのは、どこにも属さない形だ」
葵はリースを見返した。
リースが少し笑った。目だけが笑っていた。
「人造神魔、というのが業界の言い方だ」
「人造神魔」
「神魔の力を、機械で模倣する。だいぶ前から噂だけはある」
「噂、というのは」
「都市伝説レベルだ」
リースはそれだけ言って、少し間を置いた。
「今の世界には、国家より強い力を持つ企業がある。
天龍集団、ヴァルハラ・アームズ、サンクタス・メディカ。いわゆるメガコーポと呼ばれる連中だ。
これらメガコーポが、コルプスと組んで人造神魔の研究をしているという噂がある」
「コルプス」
「アニマの次に作られた都市支援AIだ。世界各地で、インフラ管理、医療支援、治安維持に使われている。
このアルカディア島でもな」
リースはそこで少し止まった。葵はその「アルカディア島でも」を、黙って受け取った。
「……なぜ、そんなものを作るんですか」
「神魔は強い。契約した人間の力を、何倍にも引き上げる。
自分たちで作れれば、契約者に縛られない自由な戦力になる」
葵は少し考えた。
「宗教的に、まずくないですか」
リースが葵を見た。少し意外そうな顔だった。
「そうだ。例えばサラーム教の立場から言えば、神魔は神が創ったものだ。人間がそれを模倣して作ろうとすることは、神への冒涜にあたる。
私はサラーム教の信者ではないが、こういった信者の団体から激しい批判を受けるだろうということは、想像に難くない」
「それでも、やっているということですか」
「噂だ」
リースはそれだけ言った。
葵は立ち上がった。
「ありがとうございます」
「葵」
扉に向かいかけた葵を、リースの声が止めた。
葵が振り返ると、リースの呼び方が、変わっていた。
「リオが目を覚ましたなら、よかった」
それだけだった。
葵は少し間を置いてから「はい」と言って、扉を出た。
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廊下に出ると、夕方の光が差し込んでいた。
コルプス。
名前は、知らなかった。都市支援AI。メガコーポと組んで、リオの夢にあの怪物を送り込んだのか。
葵は歩きながら端末を開いて、神魔解析録の検索機能を起動した。
「コルプス」
結果は出ない。
葵は端末を閉じた。
「ライラ」
「うん」
「コルプス、知ってる?」
ライラは少し間を置いた。
いつもより、長かった。
「……知らない」
知っているのに言えない「知らない」なのか、本当に知らない「知らない」なのか。今の葵には判断できなかった。
でも聞き返さなかった。
窓の外で、夕方の鐘が鳴っていた。
葵は歩き出した。




