第35話 パーティーへの参加
生徒会室は、午後の光がいつもより静かだった。
葵は書類の整理をしながら、ずっと考えていた。
人造神魔。コルプス。リオの夢に送り込まれた怪物。
リース先生は「想定より進んでいる」と言った。「今は言えない」と言った。
——誰が、何のために。
葵は手を止めて、蒼玲を見た。
「蒼玲先輩」
「なに」
「人造神魔って、知っていますか」
蒼玲の手が、一瞬だけ止まった。
「……続けて」
「先輩のお父さんの会社が作っているって噂を聞いたんですけど。天龍集団が、コルプスと組んで」
長い沈黙があった。
蒼玲がゆっくりと葵を見た。コレクションケースの中の一点を確認するような、静かで確信に満ちた目だった。
「本当に私のものになる覚悟があるなら、教えてあげるわ」
「お姉さま!」
エリサベットが声を上げた。蒼玲はエリサベットを一瞥してから、また葵を見た。
葵は少し間を置いてから、軽く笑った。
「……冗談ですよね」
「さあ、どうかしら」
蒼玲の目が、笑っていなかった。
「えっとねー」
イレムが端末から顔を上げた。ふわふわした口調で、でもいつもより少しだけ真剣な声で言った。
「蒼玲ちゃんの会社——天龍集団は、コルプスとは仲が悪いから。
コルプスと一緒に人造神魔を作ったりはしてないよー」
「……そうなんですか」
「うん。でもねー」
イレムが少し間を置いた。
「本当にやってそうな会社は、知ってるよー。
ていうか、今日その会社の人と会うんだけど——一緒に行く?」
葵は少し驚いた。
「今日、ですか」
「そうそう。パーティーがあってさー。私、顔出さないといけなくて」
「……どこの会社ですか」
「ヴァルハラ・アームズっていうの」イレムは端末の画面を葵に向けた。
「魔法武器の会社ね。お父さんの会社と取引があって、私も知り合いが多いんだ」
葵はその名前を、頭の中で繰り返した。
「でも、知ってどうするの?」とイレムが言った。
声はふわふわしていたけれど、問いそのものは真剣だった。「葵くんは、何をしたいの?」
「……友達の命を狙ったのなら、許せないです」
「許せないって」
イレムはまっすぐ葵を見た。
「どうするの? あなた個人で、メガコーポと戦うの?」
葵は何も言えなかった。
答えは出なかった。自分が何をできるのか、何をすべきなのか——まだ何も見えていなかった。
でも。
——見えないまま何もしないのは、違う。
「……とりあえず、会ってみます」
イレムはしばらく葵を見ていた。それからふわふわした笑顔に戻って言った。
「そうだよねー。じゃあ一緒に行こう。あ、でも正装ね。タキシードとか持ってる?」
「……持っていません」
「あ、そうなの! それはなんとかするから任せてー」
蒼玲が葵を見たまま、静かに言った。
「さっきの話——冗談だと思わない方がいいわよ、小春葵」
葵はその言葉を、黙って受け取った。
ライラが胸元で、静かに揺れた。
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パーティー会場は、洗練された空間だった。
巨大なホログラフィック・シャンデリアが天井に浮かび、光の粒子がゆっくりと舞いながら柔らかな音楽に同期していた。
壁面には最新の魔法工学技術で作られた光のスクリーンが広がり、参加企業のロゴや技術のデモンストレーションが優雅に流れていた。
イレムは葵の隣で、優雅に歩を進めていた。
180cm近い長身を活かしたスタイルの良さが、シンプルでありながら高級感のあるドレスを完璧に着こなしていた。
明るいブラウンの髪がゆるやかに波打ち、オリーブがかった健康的な肌と、ハシバミ色の瞳が自信と優雅さを同時に湛えていた。
葵は黒のタキシードを着ていた。イレムが「なんとかする」と言った通り、どこからか手配したものだった。
160cm前後の小柄な体躯に、タキシードは驚くほどよく似合っていた。
柔らかな黒髪が額にかかり、丸く大きな瞳と長いまつ毛が、精巧なドールのような愛らしさと気品を作り出していた。
左手のブレスレットが青白い光を放ち、会場の魔法光と呼応するように輝いている。
「んー……葵くん、今日は本当に素敵だねえ。タキシード、ぴったりすぎてかわいいー!」
「イレム先輩こそ、すごく綺麗です。みんな見ていますね」
「そうかなー」
二人が並んで歩く姿は、企業関係者たちの目を強く引いていた。長身でスタイルの良いイレムと、小柄で人形のように愛らしい葵のコントラストが、洗練されたパーティーの中でひときわ目立っていた。
「あ、そうそう」とイレムが葵の耳元に顔を寄せて言った。
「ここの人たちに、葵くんのこと、私の婚約者だって言っちゃったんだけどー。いい?」
「……え」
「いいよねー!」
いいとは言っていない。
イレムはすでに近くにいた企業関係者の男性に声をかけていた。
「こんにちはー! 久しぶりですねー。こちら、私の婚約者の葵くんです! かわいいでしょー!」
葵は「よろしくお願いします」と頭を下げながら、内心で何かを諦めた。
ライラが「かわいいって言われてるね」と言った。
「今はそれどころじゃない」と葵は小声で返した。
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会場を半周したあたりで、その人物が現れた。
「イレム!」
低い声が響いた。
スーツ姿の青年が、葵たちの前に立ちはだかった。背は高く、肩幅が広かった。企業関係者の子息、という雰囲気だった。
彼はイレムを見て、すぐに視線を葵に移した。
「そいつは……お前がイレムを連れ回しているという奴か」
葵は少し目を見開いたが、すぐに表情を落ち着かせた。
「連れ回しているというか、一緒に来ただけですけど」
「黙れ」と青年は言った。
「お前のような小さいガキが、イレムに近づくこと自体が許せない。決闘を申し込む。
どちらがイレムに相応しいか、決着をつけようじゃないか」
青年の右手に、魔法と科学が融合したデバイスが現れた。光の武器の小型デバイスが淡い光を帯びていた。
企業パーティーでの決闘は、魔法工学技術を競う非公式の儀式として黙認されるケースがある。
周囲の関係者が静かに距離を取り、魔法のバリアが自動的に展開され始めた。
イレムはため息をついた。
「うーん……婚約者って言ってるけど、私、ちゃんと承諾した覚えはないんだけどなあ」
「そんなことはどうでもいい!」
葵はブレスレットにそっと触れた。青白い光が少し強く瞬いた。
「……決闘、ですか」
追い詰められているのに、余計な感情が削ぎ落とされていく感覚がある。いつもそうだ。
「受けます」
イレムが嬉しそうに葵の袖を引いた。
振り返ると、イレムが鞄の中から細長いケースを取り出していた。
「こんなこともあろうかと、用意してきたんだよねー」
ケースを開けると、中に一本の杖があった。
白く細い杖だった。全体に細かな魔法陣が刻まれていて、先端の宝石が薄い光を帯びていた。一目で——とても高価なものだとわかった。
「はい、これあげるー。やっつけちゃって。返さなくていいよ」
葵は少し固まった。
「……受け取れません。これ、明らかに高いですよ」
「返されても困るよー」
「でも——」
「私、この杖と相性そんなよくないからー。置き場所に困っちゃう」
葵はケースの中の杖を見た。
光属性の杖だった。刻まれた魔法陣の構造から、演算補助性能が高いことがわかる。
おそらく同時に複数の大規模防壁を展開できるレベルの——かなり強い杖だった。
——なぜイレム先輩が、この杖を持っていたのか。
パーティーに来るのに、自分では使えない光属性の杖を。
ライラが胸元で、揺れた。
悪意はなかった。いつもと同じ、温かい気配だった。
でも——いつ準備していたのか。なぜ用意していたのか。
葵は杖を受け取った。手のひらに触れた瞬間、ブレスレットと呼応するように青白い光が強く輝いた。
「ほらほら、合ってるじゃーん! やっぱりあげてよかった」
イレムがふわふわした笑顔で言った。
会場に緊張の糸が張りつめ、光の粒子が二人の間に舞い始めた。
青年がデバイスを構えた。
葵は杖を持ったまま、静かに立った。
——始まる。




