表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/111

第2話 仮クラスの空気

仮クラスの最初の授業は、基礎魔法の座学だった。


担当は三十代ほどの女性教師だった。切り揃えられた黒髪。静かな佇まい。名前はアーデル・クライン。


切れ長の目が教室をゆっくりと見渡した。何かを確認するような目だった。


「まず確認する。ここにいる全員が、何らかの魔法適性を持っていると判定された。だが適性があることと、使えることは別だ。これからの一ヶ月で、君たちには基礎を叩き込む」


淡々とした口調だったが、話の一つひとつに重みがあった。


「契約神魔を持っている者、アピールしたければ今言え。黙っていたいなら黙っていていい」


教室がざわついた。


契約神魔。神・悪魔・妖精・魔獣。異界の存在と契約を結んだ相手のことだ。術者に力を貸し、魔法を強化する。人間が一生に契約できるのは、一体だけ。


現代において、その使い手は最大の戦力だった。核も爆撃機も、彼らの前では意味をなさない。世界中のスカウトが、常にこの学校に目を光らせている。


アーデルが、教室を見渡した。


手を挙げる者、迷ってから挙げる者、じっと黙っている者。教室の半数ほどが手を挙げた。


葵も挙げた。隠す理由がなかった。


一人ひとりが告げていく。


炎の精霊。水の龍。土の魔獣。風の式神。雷の獣。

古い言葉も混ざった。誰かが祖父から受け継いだ呼び名。誰かの一族が代々契約してきた古い名。

どこかの神話で語られたものたちが、教室の空気の中に、ひとつずつ名前を置いていった。


葵の頭の中で、ライラの声がした。


「申告しない方がいい」


(なんで?)


ライラは黙った。


(ライラ?)


「……」


(なんで?)


隣の生徒が申告を終えた。


教室に、一瞬の静けさが落ちた。葵はまだ手を挙げたままだった。


最初は一人。次に二人。視線が、葵に集まってきた。誰かが小さく首を傾げ、隣の生徒がちらりとこちらを見た。


「……妖精、ピクシーです」


空気が、わずかに動いた。


葵の頭の中で、ライラが言った。


「ほら」


胸元でライラが、ぴりっと揺れた。


申告しない者も、何人かいた。颯も茜も手を挙げなかった。


アーデルが教室を出るとき、葵の方をほんの一瞬だけ見た。


その目が、何かを知っているような色をしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


午後のオリエンテーションが終わった。


廊下に出ると、外が騒がしかった。


窓の向こう、校舎の中庭の方角から何かが聞こえてくる。音楽というより、音の塊だった。


オーケストラと電子音が混ざり合い、魔法で増幅されて、壁越しでも腹に響いてきた。


「なんだ、あれ」


颯が窓に近づいた。


空に、巨大なホログラムが展開されていた。


渦を巻く星と魔法陣が夜空を模して広がり、その中心から何かが降りてくる。反重力のプラットフォームだった。


乗っているのは女子生徒だろうか。角度によって虹色に変わるドレスを纏い、周囲に小型のドローンが何十体も飛び回って、花びらと光の粒子を撒き散らしていた。


「歓迎パレードか」


颯が言った。


「すごいな。お金かかってそう」


廊下にいた他の新入生たちが、ざわめきながら窓に集まってきた。


誰かが「見に行こう」と言い、数人が走り出した。


葵も窓の外を見た。


行列が通る地面から光の花が一斉に咲き、踏まれるたびに色が爆発するように変わっていく。空ではレーザーと本物の火の鳥が交錯していた。召喚されたフェニックスが炎の軌跡を描きながら、ホログラムのコーラス隊と絡み合うように飛んでいる。金色の粒子が、シャンパンのように空から降り注いでいた。


光は、贅沢に降っていた。

ひとひらの粒子の中にも、誰かが膨大な魔力を込めたのだろうと、葵は思った。

それが惜しげもなく、空に撒かれていた。


綺麗だな、と思った。

それから、少しだけ眩しいな、とも思った。


「見に行く?」


颯が振り返った。


葵は中庭の方向に目をやった。


すでに人が集まっているのが遠くからでも分かる。新入生だけではない。歓声が重なり合い、廊下まで熱気が伝わってきた。


見ようかと思った。一瞬だけ。


でも、あの人の中に入って、押されながら、上を見上げて。


「帰る」


葵は歩き出した。


「え、もう?」


颯の声が後を追ってくる。


「あの先輩さ、生徒会長じゃないかな。めちゃくちゃ綺麗だったし、せっかくだから」


「颯は行けばいいよ」


「……いや、まあ。お前が帰るなら俺も帰るけど」


少し間があった。


「惜しいとは思わないの」


颯が言った。責めているわけではなかった。ただ、純粋に不思議そうだった。


葵は少し考えた。


「思わない、かな」


「なんで」


「あそこに行っても、たぶん疲れるだけだから。あと、前に颯と行ったお祭りの時、人混みで後悔してたよね?」


颯は黙った。


「……まあ、確かに」


颯はそう言って、葵の隣に並んだ。


合流した茜を含め、三人で廊下を歩いた。窓の向こうでは、まだ音楽が続いていた。クライマックスに向かっているらしく、さっきより音が大きい。空が虹色に染まっていくのが、窓から見えた。


学校全体を包む光のバリアだった。新入生全員への、歓迎の祝福らしい。


「運が良くなるやつだって」


颯が言った。


「同じクラスのやつが教えてくれた。今日一日だけだけど」


「へえ」


「受けてよかったのかな、俺たち」


葵は窓の外を一度だけ見た。虹色の光が、少しずつ薄れていくところだった。


「……いいんじゃないかな」


廊下の角を曲がったとき、小さな機械が飛んできた。


手のひらほどの大きさのドローンだった。三台。それぞれが葵、颯、茜の前で止まり、表面のパネルが光った。


「ようこそ、小春葵さん。あなたの適性属性は——光です」


合成音声だった。葵のドローンが光の粒子を一瞬散らして、静かに飛び去っていく。


「夏目颯さん。あなたの適性属性は——風です」


「おお」


颯が声を上げた。


「かっこいいじゃん、風」


最後に、茜のドローンが光った。


「夕凪茜さん。あなたの適性属性は——光です」


茜がこちらを向いた。


「お揃い」


葵を見て、少し笑った。


葵は茜を見た。何か感じた。名前は分からなかった。


「そうだね」


颯が二人を交互に見て、口を尖らせた。


「俺だけ違うじゃないか」


「風も悪くないよ」


葵は言った。


「そりゃそうだけど。なんか、二人だけ仲良さそうで悔しい」


茜は颯をちらりと見て、また前を向いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日、どうだった?」


「普通……だったよ」


茜は前を向いたまま、それだけ言った。


颯が口を開いた。


「俺、昼休みに隣のやつと話しててさ。そいつ契約神魔が氷の精霊なんだって。握手したら手がひんやりして、思わずびびった」


「そっちが挨拶したんでしょ」


「まあな。でも、話しかけてみて初めてわかることってあるよな」


葵は少し考えた。そうかもしれない、と思った。


三人でモノレールに乗り、丘を下りた。


車窓から、アルカディアの街が夕暮れの橙に染まっていくのが見えた。窓の向こうで、まだ花火が続いていた。音はもう聞こえなかった。光だけが、遠くで静かに広がっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


部屋に戻った。


ライラが胸元から出てきた。葵のベッドの端に腰を下ろして、膝を抱えた。


「ねえ、ライラ」


「なに」


「人前で喋らないのも、そういう理由?」


「うん」


「僕は気にしないよ。人にどう思われたって、ライラが大切。妖精なら分かるでしょ?」


「分かる」


ライラは少し間を置いた。


「でも、葵が傷つくのはイヤ」


「なんで僕が傷つくの」


「私を心配して傷つく」


葵は少し黙った。


ライラは、僕のことを心配してくれているのか、と葵は思った。

それが、嬉しかった。

同時に、少し申し訳なくもあった。

ライラに、そんなふうに気を遣わせていることが。


「……そっか」


ライラは何も言わなかった。膝を抱えたまま、葵を見ていた。目を逸らさなかった。


葵もそれ以上は聞かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ