第186話 庶民遊戯7
五戦目のステージが読み込まれる間、誰も喋らなかった。
蒼玲が椅子を引き直した。フィオナが両手でコントローラーを構えた。ライラは膝を立てて座っている。
「これで最後よ」
「はい」
開始と同時に、二人は形を作った。
四戦目と同じだった。シルヴィアが前、アウレリアが後ろ。今度は最初からそうしている。
「はい!」
火球が弾かれる。
「はい!」
もう一つ弾かれる。ライラが牽制をやめた。通らないと判断したらしかった。
葵は右から回った。従者が二体、進路に立つ。上へ抜けようとしたところに剣が上がってくる。
四戦目で通らなかった道が、五戦目でも通らなかった。
「葵」
「うん」
蓄積値が乗り始めていた。モフルは軽い。この状態で笏を貰えば、さっきと同じところまで飛ぶ。
葵は前に出た。
シルヴィアの正面に立って、吸い込んだ。
「あ」
入った。フィオナのコントローラーががちゃがちゃと鳴り始める。
そこへ、笏が振られた。
「え」
モフルは重かった。中に人が入っている間は、動きが鈍る。横に逃げようとしたが、間に合わなかった。
裾の判定に引っかかって、モフルが飛んだ。
飛んだ先に、テオがいた。
「ライラ!」
避けられなかった。重くなったモフルがそのまま突っ込んで、テオを巻き込む。二つがまとめて弾かれた。
蓄積値が跳ね上がる。
「そういうこと」
蒼玲の声が落ち着いていた。
葵はモフルの中身を吐き出した。シルヴィアが落ちて、剣を振り上げて戻ってくる。今度はちゃんと崖に手をかけた。
「戻れました!」
「うん」
四人が同じ画面に揃った。こちらは二人とも蓄積値が高い。向こうはほとんど無傷だった。
一発貰えば終わる。
葵は少しの間、モフルを浮かせたまま考えた。
吸い込めば弾かれる。近づけば従者が来る。離れれば笏が届く。
離れれば。
葵は下必殺を押した。
ふわふわの弾が、その場に置かれた。低威力の設置技で、当たっても相手はほとんど飛ばない。ただ、押し出す。
もう一つ置いた。もう一つ置いた。
「なにをしているの」
蒼玲が言った。
葵は答えずに、置き続けた。従者が弾に触れて、少しずつ後ろへ押される。アウレリアも押される。押されるだけで、ダメージにはならない。
ただ、位置は動いた。
「先輩」
「なに」
「玉座、真上にしか上がらないですよね」
蒼玲の手が止まった。
崖の縁まで押されている。
そこへライラが入った。テオが正面から突っ込む。従者が反応するより先に、マントが回った。近距離で相手を裏返す技だった。
アウレリアの向きが変わった。
そのまま崖の外へ押し出される。
玉座がせり上がった。上昇量は大きい。ただ、軌道が固定されている。
上がってくる場所は、二戦目と同じだった。
そこにモフルが浮いていた。
吸い込んだ。
「ちょっと」
そのまま、下へ運んだ。
ふわふわと、ゆっくり。
「離しなさい」
「はい」
崖の下で吐き出した。落下していく王女の下に、もう玉座は残っていなかった。
撃墜の表示が出た。
シルヴィアが一人になった。前に立つ相手がいなくなって、二人に挟まれている。
そこからは早かった。
「あ、葵殿、これは、その」
「ごめん」
「まだ、私は」
決着の表示が出た。
生徒会室が静かになった。
ライラがコントローラーを下ろした。それから、両手を上げた。
「勝った」
「勝ったね」
「守った」
「うん。ありがとう」
ライラは葵の方を見て、それからもう一度両手を上げた。
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「約束だったわね」
蒼玲が指を鳴らした。
床から木が伸びた。四本が立ち上がって、上で編み合わさる。葉が広がって隙間を埋め、部屋の隅に囲いができた。
蒼玲が箱を持って中へ入る。
フィオナはその場で自分の箱を開けて、白と淡い水色のものを広げていた。
「葵殿。これは、その」
「うん」
「私が持ってまいりました」
「そうだね」
「主君に着せようとしていたものを、私が着ることになりました」
フィオナは広げた衣装を見下ろしていた。裾の飾りが、床に触れている。
「よく考えますと、私は主君を裏切ったうえに、恥ずかしい格好をさせようとしていたのですね」
「今、気づいたの」
「今、気づきました」
葉の隙間が開いた。
蒼玲が出てきた。
葵は一度、目を上げて、それから普通に見た。布の面積が、着る前に見たときとほとんど変わっていない。肩も、脚も、腰のあたりも、隠すことを目的にしていない衣装だった。丈は明らかに足りていない。葵の背丈で作られたものを、頭一つ大きい人が着ているのだから当然だった。
それでも、蒼玲はまっすぐ立っていた。
「なにか言うことは?」
「寒くないですか」
「……そう」
蒼玲は歩いてきて、椅子に座った。座ってから、脚の位置を一度直した。それからもう一度直した。
窓の方を見ている。
やがて立ち上がって、窓際まで歩いていった。
引く音がした。
カーテンが根元から外れて、蒼玲の腕に落ちてきた。留め具の金具が二つ、床に転がる。
蒼玲はそれを肩に回して、前で結んだ。
「先輩、それ、備品では」
「誰かが直すでしょう」
「あ、はい」
蒼玲は椅子に戻った。カーテンの裾が床を引きずっている。マントのように見えなくもなかった。
「言っておくけれど」
「はい」
「恥ずかしいわけではないの」
「はい」
「寒いのよ」
「はい」
フィオナが着替えて出てきた。
白と淡い水色の裾が広がっている。ただ、肩から胸のあたりで生地が突っ張っていた。腕を上げようとして、途中で止まる。
「葵殿。これ、動けません」
「サイズが」
「私、こちらの方が大きいので」
「そうだね」
ライラがテーブルの上から二人を見上げていた。それから、自分の纏っているものを見た。同じ形の、白と淡い水色の裾が、羽の動きに合わせて揺れている。
ライラのは、体に合っていた。
「これ、私のが一番似合ってる」
「言わないの」
蒼玲がカーテンの前を押さえ直した。
「葵、端末」
「え」
「貸して」
ライラが両手で端末を受け取った。自分の体と同じくらいの大きさがあって、抱えるようにして構える。
「並んで」
「なにを言っているの」
「並んで」
蒼玲が動かなかった。フィオナが先に立ち上がって、その隣に並んだ。動くと生地が突っ張るので、腕は下ろしたままだった。
「蒼玲も」
「……一枚だけよ」
蒼玲はカーテンの前を押さえたまま立った。押さえているので、マントの形が崩れている。それでも背筋は伸びていた。
ライラがテーブルの上で位置を調整した。二人を画面に入れて、それから自分も入るように少し下がる。
「はい、チーズ」
音がした。
「もう一枚」
「一枚だけと言ったでしょう」
「ぶれた」
嘘だと思った。
二度目の音が鳴ってから、ライラは端末を葵に返した。
葵は画面を見た。カーテンを羽織った皇女と、突っ張った衣装の騎士と、その手前でこちらを向いている小さい妖精が写っている。
一番楽しそうなのは、手前だった。
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その格好のまま、一時間ほど遊んだ。
蒼玲はカーテンを羽織ったまま従者を三体呼び、フィオナは腕が上がらないと言いながら火球を弾き続けた。ライラは裾を揺らして走り回っていた。
「着替えるわ」
蒼玲は隅の囲いに戻っていった。葉はまだ落ちていない。
しばらく布の擦れる音がした。留め具の外れる小さな音。それから、制服の袖を通す音。葵は椅子に座って、コントローラーを片付けていた。
「フィオナ、次」
「はい!」
入れ替わりでフィオナが入った。こちらは出てくるまでに時間がかかった。生地が突っ張るので、脱ぐのに苦労しているらしかった。
蒼玲は机の上で、着ていた衣装を畳んでいた。角を揃えて、二つに折って、また折る。カーテンは別に畳んで、その隣に置いた。
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「先輩」
「なに」
「次回は、協力するゲームをやりませんか」
蒼玲が手を止めた。
「協力?」
「はい。庶民の遊びは、対決するものばかりじゃないんです。二人で同じ目的をやるのもあります」
「ダメよ、そんなの」
即答だった。
「そう言わず、お願いします」
「勝ち負けがないと、何が面白いの」
「先輩と一緒に遊びたいゲームがあるんです」
蒼玲が葵を見た。それから、机の上の畳んだ衣装を見た。
「……仕方がないわね」
「いいんですか」
「再来週は、特別にそうしてあげる」
「ありがとうございます」
蒼玲は片付けに戻った。片付けながら、耳のあたりを一度触った。
「フィオナさんも、再来週も来る?」
葵が振り返ると、フィオナが少し姿勢を正した。
「あ、いえ。再来週は、その」
「予定ある?」
「はい。実は、アルカディア島を、調査しなければならず」
「調査」
「はい。詳しく」
フィオナは頷いた。深く頷いた。
「そうなんだ。じゃあ、日曜に一緒に行こうか?」
「いえ!」
声が大きかった。
「い、いえ。あの、それは、その、一人でやるべき調査でして」
「一人で?」
「はい……そ、そう! ヴァルキリーの務めでありますからして」
「そうなんだ」
「はい」
蒼玲がフィオナの方を見ていた。何も言わなかった。
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十六時になった。
葵はスーツケースの取っ手を起こした。
「先輩、片付けありがとうございます」
「行きなさい」
「はい」
「小春葵」
扉のところで、蒼玲が言った。
「向こうは寒いのでしょう」
「はい」
「風邪を引かないことね」
「ありがとうございます」
蒼玲は畳んだカーテンを抱えたまま、そこに立っていた。
葵は頭を下げて、生徒会室を出た。




