第185話 庶民遊戯6
画面が壁に映った。
生徒会室の長いテーブルを端に寄せて、四人ぶんの椅子を並べる。蒼玲がやり慣れた手つきで配線を繋いでいった。
タイトルが出た。
黒い背景に、剣と拳と杖が交差する紋章が浮かび上がる。その下に、白い文字が並んだ。
クロスバウンド・アリーナ 〜次元闘技大戦〜
音楽が鳴り始めたところで、葵は少し姿勢を戻した。
同じ曲を知っていた。正確には、同じではない。似た旋律を、もっと簡単な音で鳴らすものだった。颯の家の居間で、床に座って、四人同時に画面へかじりついた。誰かが落ちて、誰かが笑って、また始まる。それを何時間もやった。
あれの、続編だった。
「知ってるの?」
蒼玲が言った。
「前のを、少しだけ」
「そう」
蒼玲はコントローラーを配りながら、画面を見ていた。
「私は初めてよ。買ったのは先週」
葵は頷いた。
蒼玲の指が設定の項目を開いた。上から順に見ていって、途中で止まる。
アイテム出現。
蒼玲はそれを、迷わずオフにした。
「先輩」
「なに」
「アイテム、なしですか」
「当然でしょう」
「あった方が面白いですよ」
「運で勝敗が決まるものを、勝負とは言わないわ」
葵は画面を見た。設定の一覧が閉じていく。
回復の実。剣。弓。稀に落ちてくる一発逆転の箱。低い確率でしか出ないが、出れば形勢がひっくり返る。あれを取り合うのが、あのゲームで一番騒がしいところだった。
パーティーゲームなんだけどな、と葵は思った。
言わなかった。今日は罰ゲームが賭かっている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ロスターの一覧が開いた。
四十を超えるキャラクターが、縦横に並んでいる。前のシリーズから続けて出ているものと、今回から入ったもの。葵の指が、迷わず端の方へ動いた。
白くて丸いのが一体、羽をぱたぱたさせて浮いている。
「モフル」
「知ってる」
ライラが横から言った。
「よく使ってた」
「うん。ずっとこれ」
葵は決定を押した。画面の中でモフルが一回転して、短く鳴いた。
「私はこれです!」
フィオナが選んだのは、黒と深紅の装甲を着けた女騎士だった。
「シルヴィア・レイヴン。私がこちらにおりました頃から出ておりまして、その、私は昔からこの者が好きでして」
「そんな前からいるんだ」
「はい。もう三十年になりますか」
そういえば、と葵は思った。このゲームには何作も前があった。フィオナが遊んでいたのは、葵が生まれる前のものになる。
シルヴィアは確か、腐敗した祖国に反逆して、守護していた聖剣を持って逃げた騎士だった。
隣を見た。フィオナは画面に向かって身を乗り出し、自分の選んだ騎士が構えるのを嬉しそうに見ている。今日、主君である葵に衣装を着せようと企んでいる人だった。
似ているかもしれない、と葵は思った。
「私はこれよ」
蒼玲が決定を押した。
金髪の縦ロールに王冠と笏。裾の長い礼装。滅んだ王国の最後の王女で、消えた臣下の幻影を呼んで戦うキャラクターだった。
これも似合っている、と葵は思った。似合っているというより、そのままだった。
確か、操作がとても難しかったはずだ。従者を呼びながら本体も動かすので、手が足りなくなる。颯が一度使って、すぐやめていた。
「ライラは?」
「これ」
ライラが選んだのは、赤いマントの少年だった。テオ・ブレイズ。技が素直で、全部の性能が平均のキャラクター。
「無難だね」
「うん」
ライラは両手でコントローラーを構え直した。小さな指がスティックの上に乗る。
うまくできるかな、と葵は思った。今朝届いたばかりで、まだ数回しか触っていないはずだった。
ステージが読み込まれる間、フィオナが操作の確認を始めた。
誰もいない空中に向かって、シルヴィアが跳び上がる。上昇して、止まって、剣を振り下ろしながら急降下した。地面に着弾して、火花が散る。
「この技が強いのです」
「強いよね」
「はい。必殺技です」
もう一度跳んだ。同じ場所に降りてきた。
蒼玲がそれを横目で見ていた。何も言わなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
古代遺跡が読み込まれた。崩れる床の定番ステージだった。
四人が同時に降りる。
葵は最初の三秒で方針を決めた。従者が増える前に落とす。呼ぶのに時間がかかるキャラクターなら、揃う前が一番弱い。
モフルを蒼玲の方へ滑らせた。
従者は一体しかいなかった。それを吸い込もうとした瞬間、蒼玲の本体が横に動いた。吸い込みの範囲から半歩だけ外れている。半歩だけだった。
笏が薙ぎ払われた。
裾の判定が思っていたより広い。モフルが浮いて、その先に従者が待っていた。追撃を受けて、また浮く。降りようとしたところに本体が来ていた。
三秒で蓄積値が跳ね上がった。
「え」
もう一度離れようとした。ふわりと上昇して距離を取る。取ったところに従者が二体になっていた。いつ呼んだのか見えなかった。
「葵、危ない」
ライラのテオが横から入ってきた。マントを回して従者を弾き返す。素直な操作だった。素直だが、位置取りが的確だった。
「先輩、それ、練習しましたよね」
「するでしょう。当たり前じゃない」
蒼玲の手元は止まらなかった。従者が三体に揃っている。
そこからは早かった。
モフルは軽い。蓄積値が乗っていると、掠っただけで飛ぶ。葵は画面の端まで押し出されて、羽ばたきで戻ろうとした。戻れる。モフルは落ちない。それだけが取り柄だった。
ただ、戻る途中に蒼玲の従者が並んでいた。
「危ない!」
ライラが場外まで出てきた。
テオが空中で葵の下に回り込む。上へ弾き上げてフィールドに戻す気だった。自分の復帰は後からでも間に合う。そういう判断だと、葵にも分かった。
そこへ黒い影が上から来た。
シルヴィアが跳び上がって、停止して、剣を振り下ろした。急降下の軌道が、ちょうど二人の真上を通っている。
「当たりました!」
当たった。
モフルとテオが、まとめて下へ叩き落とされた。画面の外へ抜けていく。
そしてシルヴィアも、そのまま下へ落ちていった。
「あ」
三人分の撃墜表示が並んだ。
残っているのは、蒼玲のアウレリアだけだった。従者を三体連れたまま、崩れかけた床の中央に立っている。
決着の表示が出た。
「勝ったわ」
蒼玲はコントローラーを膝に置いた。
「フィオナさん、今のは」
葵が振り返ると、フィオナは満足そうに頷いていた。
「二人まとめて落とせましたので」
「フィオナさんもだけど」
「……」
フィオナが画面を見た。それから、自分のコントローラーを見た。
「私も落ちておりましたね」
「落ちてたね」
「ですが、結果として勝ってます」
蒼玲が横から言った。
「良い判断だったわ。あそこで撃たなければ、二人とも戻ってきていた」
「あ、ありがとうございます!」
フィオナの背筋が伸びた。
ライラは何も言わずに、コントローラーを握り直していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「次は、私がやる」
ライラが言った。
「そうなの?」
「ちゃんとやる」
小さな指がスティックの上で位置を直した。今日初めて握ったはずの手だった。それなのに、置き方に迷いがない。
「蒼玲と、私で」
「あら」
蒼玲が眉を上げた。
「いいわよ」
始まってすぐ、二つが噛み合った。
テオが従者の間を抜けて本体に届く。届いた瞬間に笏が来る。ライラが引く。引いたところに従者が回り込んでいて、マントで弾き返す。弾き返した先に本体がいる。
同じ形が三度続いた。どちらも決めきれない。
頼りになるな、と葵は思った。今日初めて触ったとは思えなかった。
「葵殿!」
シルヴィアが跳んでいた。停止して、剣が振り下ろされる。
葵は横へ滑って避けた。モフルは地上が遅いが、空中は速い。
着地したシルヴィアの正面に回って、吸い込んだ。
「え」
そのまま場外へ運んだ。ふわふわと、ゆっくり。
「あ、葵殿、これは」
「ごめん」
崖の外まで来たところで吐き出した。シルヴィアが下へ落ちる。剣を振り上げながら上昇して、崖に手をかけた。
「戻れました!」
「うん」
葵はもう一度吸い込んだ。
二度目は、抜けるのが少し遅かった。
「む」
三度目はもっと遅かった。フィオナのコントローラーががちゃがちゃと鳴っている。スティックを左右に振り回して、口の中から出ようとしていた。
「あ、葵殿、これは、その、ずるいのでは」
「そういう技だから」
「動けません」
「うん」
四度目で、抜ける前に崖の外まで運べた。
吐き出す。シルヴィアが落ちる。剣を振り上げる。上昇する。
崖が遠かった。
シルヴィアの復帰は縦には伸びるが、横にはほとんど動かない。上がりきったところで、まだ崖まで距離があった。
「あ」
そこへ、上から。
もう一度剣が振り下ろされた。
自分の技だった。フィオナが復帰のために出した上昇のあと、続けて下方向の技が出ている。慌てて入力したのだろう、と葵は思った。
シルヴィアは自分の振り下ろしに引かれて、崖の下へ落ちていった。
撃墜の表示が出た。
「……ええと」
フィオナがコントローラーを見ていた。
「私、いま、自分で落ちましたね」
「落ちてたね」
「なぜでしょう」
「ボタンを押したからだと思う」
葵はふわふわとフィールドに戻った。
中央では、まだ同じ形が続いていた。従者が三体、テオが間を抜け、笏が振られ、マントが回る。どちらも削れていたが、どちらも落ちていない。
葵はその横から入った。
「葵」
「うん」
言葉はそれだけだった。
ライラが正面から入る。従者が反応する。その裏へモフルが回って、蒼玲の本体を吸い込んだ。
画面の中で、王女が丸い生き物の口に消えた。裾の長い礼装が、最後にひらりと見えた。
「ちょっと」
蒼玲の声が、少し高くなった。
「なに、これ。出しなさい」
「出しますよ」
「今すぐ」
「崖の外で」
「やめなさい」
モフルはふわふわと横へ動いていた。頬の膨らんだ丸い体が、上下に揺れながら崖へ向かっている。
「小春葵」
「はい」
「その顔をやめさせなさい」
「顔は変えられないです」
崖の外で吐き出した。アウレリアが落ちる。玉座がせり上がって、本体を持ち上げた。上昇量は大きい。ただ、軌道が固定されている。
上がってくる場所が、最初から分かっていた。
そこにテオが待っていた。
アッパーライズが下から入った。玉座から弾き出されたアウレリアが、上へ抜けていく。
画面の外まで。
決着の表示が出た。
「一対一」
ライラがコントローラーを下ろした。
蒼玲はしばらく画面を見ていた。それから、膝の上で指を組み直した。
「もう一回」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三戦目は、葵とライラが取った。
蒼玲の従者が揃う前に二人で削り切る形になった。同じ手が二度通った。
「もう一回」
蒼玲は画面から目を離さなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
四戦目が始まって、しばらくフィオナが黙っていた。
シルヴィアは前に出なかった。跳ばず、突っ込まず、蒼玲のアウレリアの少し前に立っている。テオが放った火球が飛んでくると、そこで剣が動いた。
弾かれた火球が、明後日の方向へ散る。
「はい」
もう一つ来た。
「はい!」
二つ目も弾かれた。フィオナの声が、だんだん大きくなっていく。
「葵殿、これは、当たる直前に押すのですね」
「うん」
「はい!」
三つ目も落ちた。
葵はモフルを回り込ませようとした。回り込む先に、シルヴィアが先に立っている。上へ抜けようとすると、剣が上がってきた。
抜けられなかった。
その間に、蒼玲の従者が三体揃っていた。
「フィオナ」
「はい!」
「そのままでいなさい」
「はい!」
蒼玲の指示は一言だけだった。それ以上は言わなかったし、フィオナも聞かなかった。
前に立っている騎士と、後ろで組み立てている王女。それだけの形なのに、崩す場所がなかった。
葵が正面から入れば剣が来る。横から回れば従者が待っている。ライラが火球で牽制すれば、全部弾かれる。
「葵」
ライラの声が短かった。
「二人で行く」
同時に入った。テオが上、モフルが下。
上を剣が受けた。下に従者が三体来た。
モフルが浮いて、そこへ笏が入った。
軽い体が、画面の端まで飛んでいく。羽ばたきで戻ろうとしたところに、シルヴィアが待っていた。
崖の外で、剣が振り下ろされる。
「二対二です」
蒼玲がコントローラーを置いた。息を一度吐いてから、フィオナの方を見た。
「良かったわ、今の」
「わ、私は、その、前に立っていただけです」
「立っているのが仕事でしょう」
フィオナが背筋を伸ばした。
「はい!」
葵はライラの方を見た。ライラは画面を見たまま、何も言わなかった。小さな指が、スティックの上で二度動いた。




