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第15話 模擬戦

 土曜の一限は剣技だった。

 基礎トレーニングが終わると、ハルトマンが前に立った。


「今日は防御と受け流しの形を教える。見ていろ」


 ハルトマンが木剣を構えた。


「防御は力で受けるな。相手の力を横に逃がす。受け流しだ」


 ハルトマンはゆっくりと動いた。上から来る斬撃を、剣を斜めに傾けて横に流す。


力は使わない。ただ、角度で逃がす。続けて横から来る攻撃を、一歩引きながら剣の腹で受け止め、そのまま相手の剣を押し流す。


「受け流した後は必ず次の動作に繋げろ。止まるな」


 もう一度、ゆっくりと。上から、横から、突きから——それぞれの受け流しを、無駄なく見せた。


「やれ」


 生徒たちが散らばり、それぞれ打ち込み台や壁に向かって形の確認を始めた。


 ひと通り終わると、ハルトマンが指示を出した。


「二人一組になれ。攻撃と防御を交互に確認する。怪我をするような力は要らない。形を確かめるだけでいい」


 葵が誰に声をかけようか考える前に、隣に気配があった。


「葵」


 セレンだった。


「私と組もう」


「……うん」


――――――――――――――――――


 二人で向かい合った。まず葵が攻撃、セレンが防御から始めた。


 葵がゆっくりとオーバーハウを振り下ろす。セレンが剣を斜めに傾けて、静かに流した。力が、するりと横に逃げた。


 ——うまい。


 葵は次に横から薙いだ。セレンが一歩引きながら受け流す。動きに無駄がない。受け流した後、すぐに次の構えに入っていた。


「交代」


 今度はセレンが攻撃、葵が防御だった。


 セレンの剣が上から来た。葵は斜めに傾けて流した——少し角度が浅かったか、力が残った。葵の手首がわずかにぶれた。


 セレンが止まった。


「もう少し傾ける」


 短く言って、葵の剣の角度を指先で直した。それだけだった。


 もう一度。今度はうまく流れた。


――――――――――――――――――


 形の確認が一通り終わった頃、セレンが口を開いた。


「ハルトマン先生」


 ハルトマンが振り返った。


「葵と模擬戦をしてもいいですか」


 教室が少し静かになった。ハルトマンは葵を見て、セレンを見た。しばらく何も言わなかった。


「魔法なしか」


「はい」


 また間があった。


「いいだろう。ただし怪我をするな」


 それだけだった。


――――――――――――――――――


葵とセレンは演習場の中央に向かい合って立った。


 周りの生徒たちが少し距離を取った。颯が葵の方をちらりと見た。茜は静かに腕を組んで、前を向いていた。


「魔法なし」とセレンが確認した。


「うん」


「剣だけ」


「うん」


 ハルトマンの低い声が飛んだ。


「始め」


――――――――――――――――――


 セレンが動いた。


 速かった。最初の一歩で間合いを詰めてくる。葵は後ろに引きながら、剣を横に流した。


 セレンの剣がぶつかった。乾いた音がした。


 ——力がある。

 葵は押し返しながら足を踏み直した。セレンの剣先を捌いて、右に回り込む。


 セレンがすぐに向き直った。動きに無駄がない。


 二度目の打ち合いは長かった。


 セレンが上から斬り下ろしてくる。葵は受けずに横に躱した。すれ違いざまにセレンの背中を狙う——

セレンが振り返りながら剣で弾いた。


 葵は距離を取り直した。


 ——読まれた。


 でも体が動いていた。考えるより先に——足が、剣が、動く。


 もう一度、葵から仕掛けた。


 フォム・タークから踏み込む。セレンが受ける体勢を取った瞬間——葵は途中で止めた。フェイントだ。そのまま右に流れて、セレンの側面に回り込む。


 セレンの体が半歩、よろいた。


 ——追い詰めた。


 葵はそのまま連続で仕掛けた。上、横、また上——セレンが防ぎながら後退している。打ち込み台の外縁が近づいていた。


 あと一歩。


 セレンの動きが変わった。


 後退が止まった。


 葵が踏み込んだ瞬間、セレンが低く沈んだ。葵の剣が空を切る。次の瞬間、セレンが葵の足元に絡んだ。


 体重の乗せ方が、変わった。


 葵の体が、崩れた。


 砂地に背中がついた。


 セレンが上から木剣の切っ先を、葵の首元に向けていた。


 静止。


 三秒——。


ハルトマンの低い声が飛んだ。


「そこまで。セレンの勝ち」


 セレンが木剣を引いた。葵に手を差し伸べた。


「負け」


「……うん」


 葵はその手を取って、起き上がった。


 セレンが近かった。


 汗が、セレンの頬を伝っていた。いつも感情が読みにくい顔が、少しだけ上気していた。


 髪が乱れて、一筋が頬にかかっている。目が、葵のすぐ近くにあった。


 葵の胸が、どきっとした。


 ——近い。


 セレンは葵を見ていた。静かな目のまま。でも——頬の汗と、乱れた髪と、上気した顔が、いつものセレンとは少し違って見えた。


 数秒、そのままだった。


 それからセレンが、静かに手を離した。一歩、距離を取った。


 葵は心臓がまだ少しうるさいのに気づいた。


 模擬戦のせいだ、と思うことにした。


――――――――――――――――――


演習が一通り終わり、ハルトマンが全体を見渡した。


 颯が葵の隣に来た。額に汗をかいている。


「お前、すごかったな、セレンを追い詰めてたぞ」


「最後にやられた」


「それでもすごいって。俺、あんな風に動けないもん」


 葵は苦笑した。


 茜が静かに葵の隣に並んだ。前を向いたまま、何も言わなかった。でも葵には——茜が模擬戦の一部始終を見ていたことが、なんとなくわかった。


 セレンは少し離れたところに立っていた。葵の方を向いていなかった。でも——葵は、セレンがまだ何かを考えているような気がした。


 ハルトマンの声が飛んだ。


 葵はセレンの横顔を一瞬だけ見て、前を向いた。

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