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第12話 賠償金

3限が終わり、スタディホールの教室に向かう前に、葵はアーデルに声をかけた。


「朝会った先輩——カヴィヤさんは、どんな人ですか」


アーデルは少し間を置いた。


「三年生だ。保健委員長を務めている。保健室にいることが多い」


「保健室、ですか」


「回復魔法を専門にしている。腕は確かだ」


それだけ言って、アーデルは歩き始めた。葵は頷いた。


「行ってみます」


改めてお礼を言いたかった。それと、アービターという組織のことも、もう少し聞いてみたかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


保健室は校舎の北棟にあった。


ドアをノックすると、穏やかな声が返ってきた。


「どうぞ」


中に入ると、薬草と何か甘いものが混ざったような匂いがした。壁際の棚に魔法具と薬品が整然と並んでいる。


窓際の椅子にカヴィヤが座って本を読んでいた。葵の顔を見て、少し目を細めた。


「来てくれたのね。座って」


葵は向かいの椅子に腰を下ろした。


「改めて、ありがとうございました。今日のこと」


「ううん、仕事だから」とカヴィヤは言った。「怪我はない? 心身ともに」


「大丈夫です」


「そう。よかった」


カヴィヤは本を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アービターって、どういう組織なんですか」


「企業間の揉め事を調停する機関。企業はみんな登録していて、登録している間はアービターのルールに従う義務がある」


「登録を外れると……」


「他の企業からの攻撃を受けても、アービターは守れなくなる。だからみんな外れたくない」


カヴィヤは静かに言った。


「今日みたいな案件——明らかに不当な行為——は、証拠が揃えば迅速に動ける。今回は証拠が十分だった」


「あの賠償金は……」


「企業側が支払うの。もう手続きは済んでいるわ」


葵はしばらく黙った。


「受け取れないです」


カヴィヤは少し首を傾けた。


「なぜ?」


「不当なことをされたのは確かですが——」


葵は少し考えた。自分が損をしたとは思わなかった。怒りも、悲しみも、出てこなかった。

ただ、大きな額を受け取る理由が、自分の中に見つからなかった。


「そんな大きな額を受け取るのは、違う気がして」


「あら」とカヴィヤは言った。「そんなに大した額でもないけれど」


葵はカヴィヤを見た。


「企業間の取引では、あの程度の賠償はよくある話よ。むしろ控えめな算出にしたくらい」


「それでも」


カヴィヤは少し考えてから、穏やかに言った。


「……では、こういうのはどう? 現金の代わりに武器で受け取る、というのは」


「武器?」


「魔法武器。あの賠償金額で買える武器の話をすると——」


カヴィヤはタブレットを取り出し、画面を葵の前に差し出した。


画面には一本の短剣が映っていた。細身で、刀身が淡い光を帯びている。柄の部分に細かい文様が刻まれていた。


「クラウ・ソラス・レプリカ」とカヴィヤは言った。「ケルト神話の光の剣、クラウ・ソラスを模した短剣。本物ではないけれど、十分一流の魔法武器よ。光属性の魔力との親和性が特に高い」


葵は画面を見つめた。


刀身の淡い光が、ライラの色に少し似ていた。


「光属性……」


「君の属性でしょう。あなたの契約神魔、ピクシーとの連携で、真価を発揮する設計になってる」


「やっぱり受け取れません。もともと賠償金も貰うつもりもなかったですし、どこかに寄付してください」


「あら、でももうクラウ・ソラス・レプリカ、取り寄せていたのよ」とカヴィヤは言った。「あなたに合いそうな気がして」


「なんで僕に合いそうって」


「勘よ」


カヴィヤは少し目を細めた。押しつけがましくない、静かな笑顔だった。


葵はその笑顔を見ながら、小さな疑問が浮かんだ。


——知り合ったばかりなのに、僕に合う短剣を「取り寄せていた」?


胸元でライラが、静かに揺れた。何も言わなかった。


葵はしばらく黙っていた。


カヴィヤは穏やかな先輩だ。腕のいい回復魔法使いで、保健委員長で、今日助けてくれた人だ。

だから「勘」と言うなら、たぶん「勘」なのだろう。


「……賠償金で買える額、なんですか」


「ええ」とカヴィヤは答えた。


葵はもう一度、画面の短剣を見た。


刀身の淡い光が、ライラの色に似ていた。


「……ありがとうございます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その晩、短剣が届いた。


葵は部屋のドアを開けて、宅配ボックスに入っていた細長い箱を受け取った。送り状を確認する。差出人の欄に、見慣れない機関名が書いてある。


「……今日届くんだ」


思わず声が出た。カヴィヤと話したのは今日の昼だ。それが夜には届いている。


葵はしばらく送り状を見つめた。それから、箱を開けた。


手に取ると、軽かった。でも手のひらに馴染む感触があった。


胸元でライラが、ぽわりと揺れた。


葵は短剣をライラの前に差し出した。


「うん」とライラが言った。


「大事にする」


葵は少し笑った。


ライラと色が似ている。それが、嬉しかった。


淡い光を帯びた刀身が、部屋の明かりを静かに反射していた。

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