第11話 証明
翌朝、葵が登校すると、昨日のスカウトが廊下で待っていた。
部長ではなく、若い男の方だった。昨日と同じスーツで、昨日とは違う顔をしていた。口元に、薄い笑みがある。
「おはよう。少し付き合ってもらえるかな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
応接室に通された。今度は別の人間が一人増えていた。白衣を着た中年の男で、手元に機材のケースを持っている。
「単刀直入に言う」とスカウトが言った。
「君が詠唱なしで上級魔法を使えるというのは、魔道具による不正ではないかという疑いがある。正式な調査を要求する」
葵は少し間を置いた。
「不正?」
「体内に魔力増幅・発動補助系の魔道具を埋め込んでいる可能性がある。調査に応じてもらう」
葵はしばらくスカウトを見た。
「わかりました」
「……素直だね」
「やましいことはないので」
スカウトは少しだけ面白くなさそうな顔をした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
調査の担当教師を選ぶことになった。
「契約説法担当か、剣技担当か。どちらかに立ち会ってもらう」
葵は一瞬だけ考えた。
「アーデル先生でお願いします」
「理由は?」
「ハルトマン先生は怖いので」
スカウトは小さく鼻を鳴らした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アーデルが呼ばれた。
状況を説明されたアーデルは、スカウトをしばらく見てから、静かに葵を見た。
「小春、構わないか」
「はい」
「……わかった」
アーデルは白衣の男が広げた機材を確認した。魔力スキャナーだ。
体内の魔力反応を感知する装置で、埋め込み型の魔道具があれば微細な反応として検出される。
アーデルは検査用の手袋を取り出した。
「手袋は外せ」とスカウトが言った。「素手でやれ。手袋越しだと感度が落ちる」
アーデルはスカウトを一瞥した。それから、手袋をしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
別室に移り、調査が始まった。
スキャナーを使った全身の魔力マッピングが先に行われた。
白衣の男が機材を操作し、葵の体の各部位に端末をあてていく。数値が画面に流れる。
異常反応はなかった。
「体内の精密スキャンも行う」とスカウトが言った。「服を脱いでもらう必要がある」
アーデルが静かに言った。
「調査に必要な範囲で行う。それ以上はない」
スカウトは少し考えてから頷いた。
葵は言われた通りにした。
アーデルが丁寧に、しかし淡々と検査を進めた。白衣の男がスキャナーのデータを記録していく。
昨日馬鹿にされて、今日はこれだ。
葵自身は、なにも感じなかった。
ただ——アーデルの顔をちらりと見ると、アーデルがわずかに眉をひそめていた。
申し訳ない、と葵は思った。先生に、こんなことをさせてしまっている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
結果は出た。
異常反応なし。体内に魔道具の類は一切存在しない。
「……」
スカウトは画面を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「機材が古いんじゃないのか」と言った。
「最新型だ」と白衣の男が答えた。
「もう一度やれ」
「同じ結果になる」
スカウトは舌打ちをした。
「これは納得できない。別の機材で再検査を——」
「それには応じられない」
アーデルの声が、静かに、しかしはっきりと割り込んだ。
「調査は完了した。不正の証拠は何一つない。これ以上の検査要求は、不当な拘束にあたる」
「君は教師だろう。企業の調査に口を出すな」
「私はこの生徒の担当教師だ。生徒の権利を守るのは私の職務だ」
二人の視線がぶつかった。
スカウトが何か言いかけた、そのとき——
応接室のドアが、ノックなしに開いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
入ってきたのは、見慣れない女生徒だった。
三年生だろうか。穏やかな顔立ちで、動きに無駄がない。制服のリボンの色は——金色だ。
「失礼します」
女生徒はスカウトを見た。笑顔だったが、目が笑っていなかった。
「アービターの調停申請が受理されました。
該当企業による一年生への不当検査、および昨日の応接室での侮辱的発言について、正式な審査を開始します」
スカウトの顔色が変わった。
「……誰だ、君は」
「カヴィヤ・シャルマ。アービター調停官補佐です」
カヴィヤはタブレットを取り出し、スカウトの前に差し出した。
「こちらが申請内容と、暫定賠償額の算出です。ご確認ください」
スカウトは画面を見た。1000万クレド——島の中心部で豪邸が建てられる金額だ—— 一瞬、目が止まった。
「……これは」
「妥当な額かと思いますが」とカヴィヤは穏やかに言った。「異議があれば正式審査に移行します。その場合、審査期間中は御社のアービター登録停止の手続きを開始します。登録が外れると、他企業からの不当な行為に対してもアービターは介入できなくなります。今現在、御社に敵対的な企業がいくつかあることは……ご存知ですよね」
沈黙があった。
スカウトは白衣の男と目を合わせた。それから、小さく息を吐いた。
「……確認する」
「ありがとうございます。では手続きをお願いします」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
廊下に出ると、アーデルとカヴィヤと葵の三人になった。
「ありがとうございます」
ありがとう、と葵は本当に思った。
「気にしないで」とカヴィヤは言った。
「こういうことは、早めに動いた方がいいわ。放置すると面倒になるから」
穏やかな声だった。押しつけがましいところが全くない。
「カヴィヤ・シャルマ。よろしく、葵くん」
「葵です。よろしくお願いします」
カヴィヤはにこりと笑った。それから、アーデルに軽く会釈して廊下を歩いていった。
葵はその背中を見送った。
胸元でライラが、静かに揺れた。温かくも——冷たくもない、判断のつかない揺れ方だった。
「あの人は……」
「三年生だ」とアーデルが言った。
「知っておいて損はない人間だ」
アーデルはそれだけ言って、歩き始めた。
「1限は休め」
「大丈夫です」
アーデルは少し間を置いた。
「……そうか」アーデルは切れ長の目を細めて、葵の髪を軽く撫でた。
温かい手だ、と思った。
葵はそっと胸元に手を当てた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
葵が呼び出されている間、教室ではハルトマン先生が契約説法の代理を務めていた。
アーデルが不在のため急遽呼ばれたらしく、教科書を手に淡々と内容を読み上げているという話を、後から颯に聞いた。
「なんか怖かったぞ。あの先生が教科書読むと、呪文みたいだった」
葵は少し笑った。




