第128話 鎧の音6
朝の光がリビングに差し込んでいた。
葵がソファで待っていると、私室の扉が開いた。
「お、お待たせしました、葵殿!」
フィオナが出てきた。
昨夜の箱の中身だった。淡い若葉色のワンピース。肩に薄手のカーディガン。いつもの鎧でも、ジャージでもない。赤銅色の髪は下ろしたままで、灯りを受けて艶やかだった。花の匂いがふわりと立った。
フィオナは胸の前で手を握って、葵の前に立っていた。少しだけ、目を伏せている。
「……変では、ないでしょうか」
「変じゃないよ」
葵が言った。
「似合ってる」
フィオナの顔がぱっと上がった。
「ほ、本当ですか!」
「うん」
「よかった……! 三日、悩んだのです。どれが、葵殿に……いえ、町に出るのに、ふさわしいか」
葵殿に、のところで、声が少し小さくなった。フィオナは言い直してから、また胸を張った。
それから、急に居住まいを正した。騎士のように、背筋を伸ばす。
「葵殿。本日のことで、一つ、お願いがあります」
「うん」
「今日は一日、手を繋いで過ごすのです」
フィオナがまっすぐ葵を見て言った。宣言だった。重大な作戦を告げるような、真剣な顔。
「町を歩くときも、お店に入るときも、ずっとです。これは、その……恋人同士というのは、そういうもの、らしいので」
最後の方で、また声が小さくなった。耳が赤かった。
「うん。フィオナさんがそうしたいなら、そうするよ」
葵が言った。
「!」
フィオナが息を吸った。
「い、いいのですか」
「うん」
葵は特に何も思わなかった。フィオナが手を繋ぎたいと言うなら、繋げばいい。それだけのことだった。
フィオナがおそるおそる手を差し出してきた。葵はその手を取った。
少し、汗ばんでいた。それから、固かった。槍を握る手だった。フィオナの手は葵より大きい。指が葵の指を包むように、ゆっくりと閉じた。
「……っ」
フィオナが繋いだ手を見たまま、固まっていた。顔がだんだん赤くなっていく。
「フィオナさん?」
「な、なんでもありません! 行きましょう、葵殿! 今日は、最高の一日にするのです!」
フィオナが空いた方の手で、握りしめたメモを開いた。びっしりと、予定が書き込まれている。昨夜、調べたものらしい。
ライラが葵の胸元から、少しだけ顔を出した。繋がれた手を見て、それから、そっと胸元に引っ込んだ。
今日は、出てこないつもりらしい。
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中心街は、休日の人で賑わっていた。
フィオナは繋いだ手を、ぎゅっと握ったまま離さなかった。メモを片手に、葵を引っ張るように歩く。
「えっと、次の角を曲がって……あ、ここ、ここです!」
フィオナが足を止めた。
白い壁の、小さな店だった。窓際に観葉植物。看板に流れるような文字。中を覗くと、若い客が多い。雑誌に載るような、洒落た店だった。
「すごく、評判がいいお店なのです。写真が、その、映えると……」
フィオナがメモを見ながら言った。映える、という言葉を覚えたてのように使った。
二人は窓際の席に通された。フィオナは椅子に座ってから、繋いでいた手を名残惜しそうに離した。
「葵殿、何にしますか。私、決めてきました。一番人気の、ランチプレートです」
「うん。じゃあ、僕も同じものを」
しばらくして、料理が運ばれてきた。
白い大きな皿の真ん中に、こぢんまりと盛りつけられている。薄く切った肉が三枚。彩りの野菜が少し。ソースが皿の縁に、線を引くように飾られていた。
綺麗だった。
「わあ……」
フィオナが目を輝かせた。
「これが、映える、というやつですね!」
フィオナはまず写真を撮った。端末を構えて、何枚も。それから、ナイフとフォークを取った。
騎士らしく、背筋を伸ばして。上品に、一切れを口に運ぶ。
「……美味しい!」
フィオナの顔がほころんだ。
葵も一口食べた。肉は柔らかく、ソースは酸味があった。美味しい、と思った。
フィオナは上品に食べていた。最初は。
二切れ目。三切れ目。野菜を挟んで、ソースを拭って。
そして、皿が空になった。
「…………」
フィオナが空の皿を見ていた。
ナイフとフォークを持ったまま、動きが止まっている。さっきまでの輝きがすうっと引いていく。
「フィオナさん?」
「……いえ」
フィオナが背筋を伸ばし直した。騎士の顔を作る。
「美味しゅう、ございました。とても」
そう言って、水を一口飲んだ。それから、葵の皿をちらりと見た。すぐに目を逸らした。また、ちらりと見た。
葵の皿にはまだ半分以上残っていた。
「フィオナさん」
「な、なんでしょう」
「これ、食べる?」
葵は自分の皿を少し前に出した。
「!」
フィオナが葵を見た。
「い、いけません! それは、葵殿の分です!」
「フィオナさんが嬉しそうに食べてくれると、僕も嬉しいから」
葵は肉を一切れ、フィオナの皿に移した。
「でも……」
「まだ、食べたそうだったし」
葵が言うと、フィオナの動きが止まった。
「……バレて、ましたか」
「うん」
「騎士たるもの、食い意地を見せてはならぬと、思ったのですが」
「いいよ、別に」
葵は残りの肉もフィオナの皿に移した。野菜も。ソースのところも。
フィオナはそれを見ていた。少しの間、何も言わなかった。
「……いただき、ます」
小さく言って、フィオナはそれを食べた。今度は、写真を撮らなかった。背筋も少しだけ緩んでいた。
「美味しい、です」
さっきより、小さな声だった。
ライラが葵の胸元から、ほんの少しだけ顔を出した。フィオナの緩んだ背中を見て、また、引っ込んだ。
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水族館は、中心街の外れにあった。
海沿いに、巨大な半球型のドームが建っている。表面が海底のように青く輝き、薄い魔法陣がゆっくりと回転していた。
葵には、見覚えのある景色だった。昔、家族で何度か来たことがある。中学の頃には、茜とも来た。
でも、それは言わなかった。フィオナがメモを片手に、目を輝かせていたからだ。
「葵殿、こっちです! 入り口は、こっちだと、調べてあります!」
フィオナが繋いだ手を引いた。張り切って案内している。葵は黙って、ついていった。
入り口で、二人は腕に細い輪をはめられた。魔導ブレスレットだった。
はめた瞬間、ブレスレットが淡く光った。葵のは、静かな青。フィオナのは、温かい橙。
「わあ、光りました!」
「その人の魔力に、色を合わせるらしいですよ」
係員が言った。
「お二人、ご一緒ですか? でしたら」
係員が二つのブレスレットを近づけた。すると、青と橙が混ざり合うように、淡い金色に変わった。
「カップルの方は、こうして色がリンクするんです」
「か……!」
フィオナが固まった。耳の先まで、赤くなっていく。
「か、カップル……そう、ですね。今日は、そういう、ことに……」
フィオナは自分のブレスレットを両手で大事そうに包んだ。金色の光を覗き込んでいる。
「葵殿と、同じ色」
小さく、呟いた。
葵は自分のブレスレットを見た。金色だった。綺麗だな、と思った。
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中に入ると、照明が落ちていた。
青い魔力光とホログラムの光だけが、ゆらゆらと壁を照らしている。低い音楽に、微かな詠唱のようなものが混ざっていた。海の匂いがする。本物の潮の匂いに近い、けれど、もっと澄んだ匂いだった。
「綺麗……」
フィオナが立ち止まって見上げた。
通路の先に、大きな水槽があった。
暗い水の中に、無数のクラゲが漂っている。淡く光るクラゲだった。青、緑、紫。色がゆっくりと移り変わっていく。傘が開くたびに、光が水の中に滲んだ。
「クラゲです、葵殿! 光ってます!」
フィオナが繋いだ手を引いて、水槽に駆け寄った。
そばに、小さな案内があった。手をかざすと、好きな色にクラゲを光らせられる、と書いてある。
「やってみますか」
葵が言うと、フィオナは水槽に手をかざした。フィオナのクラゲが温かい橙色に光った。葵も手をかざす。葵のクラゲは静かな青に光った。
二つの光が、暗い水の中で、ゆっくりと近づいていく。
橙と青が隣り合った。
「……葵殿のと、私のが」
フィオナが水槽を見たまま言った。声が静かだった。
「並んでます」
「うん」
葵も、それを見ていた。青いクラゲと橙のクラゲが、暗い水の中で、ゆっくりと漂っている。離れたり、近づいたりしながら。
フィオナは何も言わなかった。繋いだ手に、少しだけ力がこもった。葵の指を握る手が、さっきより、温かかった。
ライラが葵の胸元から、ほんの少し、顔を出した。水槽の光を見て、それから、そっと引っ込んだ。
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順路を進むと、明るいエリアに出た。
浅い水場がいくつも並んでいる。水の中を、見たことのない生き物が泳いでいた。魔術で作られた、架空の生き物たちだった。
歌うような声を出す、人魚に似たもの。感情で体の色を変える、小さなタツノオトシゴ。水の上を、ふわふわと浮いている、小さな龍のような生き物。
「触れ合いOK」と、案内に書いてあった。
「葵殿! あれ、あれ! 浮いてます!」
フィオナが繋いだ手を引いた。小さな龍が、水の上をふわふわと漂っている。フィオナがそっと手を伸ばすと、龍は警戒もせず、その指先にすり寄ってきた。
「わ……! 来ました! 葵殿、来ましたよ!」
フィオナの声がはずんでいた。騎士の威厳も、メモの予定もどこかへ行っていた。ただの、はしゃいだ子供のような顔だった。
「可愛いです……ふふ、くすぐったい」
龍がフィオナの手のひらで丸くなった。フィオナは、それを壊さないように、そっと両手で包んでいる。
葵はその横で見ていた。
フィオナが楽しそうだった。それが、よかった。
タツノオトシゴが、フィオナの指に触れて、ぽうっと橙色に変わった。フィオナのブレスレットと、同じ色だった。
「葵殿、見てください! 私と同じ色になりました!」
「うん。フィオナさんの色だね」
フィオナが嬉しそうに笑った。
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順路は、だんだん暗くなっていった。
「次は……絶滅した生き物の、エリアだそうです」
フィオナがメモを見た。暗がりで、少し読みにくそうにしている。
通路を抜けると、巨大な水槽が目の前に広がった。
暗い水の中を、大きな影がゆっくりと横切っていく。
鮫だった。けれど、今の海にいる鮫とは比べものにならない。全長は二十メートル近くあった。バスを何台も繋げたような巨体が、暗い水の中をゆっくりと横切っていく。古代の海を支配していた、絶滅した鮫。魔術で蘇らせ、さらに巨大化させた個体だ、と案内にあった。
「……大きい」
フィオナが見上げた。
鮫がこちらに向かって泳いできた。ガラスの——魔力の膜の、すぐ近くまで。大きな口がぬっと迫る。並んだ歯が青い光に照らされた。一本一本がフィオナの腕ほどもある。
「ひっ」
フィオナが葵に身を寄せた。繋いでいた手を離して、葵の腕に両手でしがみつく。
「だ、大丈夫です、葵殿! 私が、守りますので!」
そう言いながら、フィオナの方が葵にしがみついていた。腕に、フィオナの体温と、少し速い鼓動が伝わってきた。
「守られてるの、僕じゃなくて、フィオナさんの方じゃない?」
「そ、そんなことは! 騎士ですから! 私は!」
フィオナは葵の腕を掴んだまま、離さなかった。鮫が、ゆっくりと向きを変えて、また暗い水の奥へ消えていく。
それでも、フィオナはしばらく腕を離さなかった。
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水槽の脇に、小さな台があった。
「絶滅種と、お話ししてみよう」と書いてある。魔導デバイスに向かって質問すると、その生き物の声で、答えが返ってくるらしい。AIと幻術で作った声だった。
「葵殿、これ、お話しできるみたいです」
フィオナがデバイスの前に立った。律儀に、姿勢を正している。
「えっと……何を、聞けばいいのでしょう」
「好きな食べ物とか、聞けるって書いてあるよ」
「なるほど! では……」
フィオナが水槽の鮫に向かって、声をかけた。
「あなたの、好きな食べ物は、なんですか」
少し間があって、水槽の鮫がこちらを向いた。低い唸るような声が響いた。
『——君の、心臓かな』
「…………」
フィオナの動きが止まった。
それから、すっと、葵の前に出た。両手を広げて、鮫と葵の間に立つ。
「葵殿は、食べさせません」
本気の声だった。騎士の構えだった。鮫をきっと睨んでいる。
「私の、目の黒いうちは、葵殿の心臓には、指一本——いえ、歯一本、触れさせません!」
「フィオナさん」
「下がっていてください、葵殿! ここは、私が!」
フィオナは本気で身構えていた。水槽の鮫は、もう興味をなくしたように、ゆっくりと泳ぎ去っていく。
「冗談だよ」
葵が言った。
「……きっと」
最後の方は小さくなった。
フィオナが振り返った。
「き、きっと、ですか?」
「うん。……魚だし。たぶん、冗談」
葵は泳ぎ去っていく鮫を見た。念のため、ガラスから少しだけ離れた。
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順路の終わりに、小さな水槽が並んでいた。
さっきの鮫ほど、大きくはない。古い時代の魚たち。鎧のような頭をした魚。宝石みたいに鱗が光る魚。どれも、とっくに絶滅した種だと、案内にあった。
「これも、みんな、いなくなった生き物なんですね」
フィオナが水槽を覗き込んだ。
「化石から魔法で、死んだ生き物を、もう一度生かしてるんです」
フィオナはしばらく、その魚たちを見ていた。光る鱗が、ゆっくりと水の中を泳いでいる。
それから、ふっと、笑った。
「私みたいですね」
軽い声だった。なんでもないことのように。
「死んだのに、もう一度、生きてる。葵殿のおかげで」
葵はその横顔を見た。
フィオナは水槽の魚を見て、笑っていた。本当に、なんでもないことのように。死んだことも、生き返ったことも、フィオナの中では、もう、当たり前のことなのかもしれなかった。
葵は何か言おうとした。
でも、言葉が出てこなかった。
「葵殿?」
「……ううん」
葵は首を振った。
「フィオナさんが、ここにいてくれて、よかった」
そう言った。それだけだった。
「!」
フィオナが葵を見た。それから、顔をゆっくりと赤くしていく。
「……は、はい。私も、ここにいます。葵殿のそばに」
繋いでいない方の手で、フィオナは、自分のブレスレットをそっと握った。金色の光が、暗いエリアで小さく灯っていた。
ライラが葵の胸元で、動かなかった。顔も出さなかった。ただ、静かに、そこにいた。
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水族館を出ると、日が傾き始めていた。
「葵殿、あちらに公園があるみたいです。少し、歩きませんか」
フィオナがメモを畳んで言った。予定の、最後の場所らしい。
海沿いの道を二人で歩いた。フィオナはまた葵の手を握っていた。夕方の風がフィオナの髪を少し揺らした。
公園は、海に面していた。芝生が広がり、ベンチがいくつか置かれている。子供連れの家族がのんびりと過ごしていた。
その一角に、石の碑が立っていた。
古い碑だった。表面が少し風化している。周りには、枯れかけた花がぽつぽつと供えられていた。葵は、それが何か、知っていた。三十年前、この島で大戦争が始まった日の、慰霊碑だった。
新年の式典に、悪魔が現れた。多くの人が亡くなった。その日を悼むための碑だ。今では訪れる人も、めっきり減っている。
二〇四五年、一月一日。
葵は碑に刻まれた日付を見た。それから、隣のフィオナを見た。フィオナが死んだ日と同じだった。
葵は何も言わなかった。
フィオナが足を止めた。
繋いでいた手が、葵の手から、するりと離れた。
フィオナは碑の前に立った。表面に、小さな文字がびっしりと刻まれている。亡くなった人の名前だった。
フィオナの目がその名前を追い始めた。
上から、ゆっくりと。一つずつ。何かを、探すように。
葵は少し後ろで、それを見ていた。
フィオナの視線が、ある列のあたりで、止まりかけた。
——けれど、フィオナはそこでやめた。
最後まで、探さなかった。目を碑からゆっくりと離す。それから、海の方を見た。夕日が、水平線に、沈もうとしていた。
「……フィオナさん?」
葵が声をかけた。
フィオナが振り返った。
笑っていた。いつもの、明るい顔で。
「なんでもないです。いい場所ですね、ここ」
「うん」
「海が綺麗です。葵殿と見られて、よかった」
フィオナは葵のところまで戻ってきた。そして、また、葵の手を取った。さっきより、少しだけ、強く。
葵はその手を握り返した。
フィオナの手は温かかった。生きている人の、手の温度だった。
「帰りましょうか、葵殿」
「うん」
二人は、碑に背を向けて、歩き出した。
夕日が二人の影を長く伸ばしていた。
ライラが葵の胸元から、一度だけ、碑の方を見た。それから、そっと、引っ込んだ。
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教員寮に着く頃には、すっかり日が暮れていた。
「ああ、楽しかったです……」
フィオナが玄関で靴を脱ぎながら、しみじみと言った。一日中握っていた手を、名残惜しそうに、最後にもう一度ぎゅっと握ってから離した。
「葵殿。あの、本日の、夕食のことなのですが」
「うん」
「本当は、予定では、お洒落なお店で、ディナーを、と思っていたのです。調べて、予約も……」
フィオナがもじもじした。
「でも」
「でも?」
「やっぱり、葵殿の、愛がこもった手料理がいいです」
フィオナがまっすぐ言った。それから、自分の言ったことに気づいて、耳を赤くした。
「あ、愛がこもった、というのは、その、言葉の綾で! 葵殿の手料理が、一番、美味しいという、意味で!」
「うん。じゃあ、何か作るよ」
葵は特に気にしなかった。フィオナが葵の手料理を食べたいなら、作ればいい。それだけのことだった。
「何が、食べたい?」
「ラムシチューが、いいです!」
「うん」
フィオナは上機嫌で、リビングのソファに、ぽふりと横になった。一日歩き回って、疲れたらしい。クッションを抱えて、足をぱたぱたさせている。
「今日は、本当に、最高の一日でした……」
「よかった」
葵が台所に向かおうとした、そのときだった。
玄関の、チャイムが鳴った。
「あ」
フィオナがソファから、顔だけ上げた。
「何かなー。あ、もしかして、頼んでおいた、おやつかもしれません。さっき、ネットスーパーで、ぽちっと」
のんびりした声だった。フィオナは、ソファに横になったまま、動かなかった。クッションを抱え直して、葵の方を見る。
「葵殿、悪いのですが……見てきて、くれますか。私、もう、一歩も、動けなくて」
甘えた声だった。一日中はしゃいで、すっかり気を抜いている。
「うん。いいよ」
葵は玄関に向かった。
チャイムが、もう一度、鳴った。
葵は扉の鍵を開けた。
そして、扉を開いた。




