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第127話 7日間の叫び

北京から戻ったのは、夕方から夜にかけての頃だった。


教員寮の二階。葵が玄関を開けると、廊下の奥から肉を焼く匂いがした。


「葵殿! お帰りなさいませ!」


フィオナがエプロン姿でリビングから飛び出してきた。普段は低くまとめている赤銅色の髪を、今日は後ろで一つに結んでいる。袖をまくり上げていた。


「ただいま、フィオナさん。何か作ってるの」


「はい! 本日は私が腕によりをかけました!」


フィオナが胸を張った。


葵がリビングに入ると、ダイニングのテーブルに皿が二つ並んでいた。アーデルの席にも、オリビアの席にも、何もない。


「アーデル先生は」


「アーデル殿には、お夕飯は私が作りますと申し上げたのですが」


フィオナが少しだけ眉を下げた。


「今日は予定があるとのことで。オリビア殿も、お留守でした」


「そう」


「なので、葵殿と二人です!」


フィオナの声が弾んだ。ライラが葵の胸元からひょこりと顔を出して、フィオナの方へ飛んでいった。


「フィオナ、それ、焦げてる」


「な……!」


フィオナがキッチンを振り返った。フライパンの上で、何かがじゅうじゅうと鳴っている。


「い、今のはわざとです! 香ばしさを出すために!」


「ほんと?」


「……少し、強かったかもしれません」


ライラがフィオナの肩のあたりをくるりと回った。フィオナはライラに、普通に話す。葵以外で、ライラと喋れる相手は珍しかった。


「座ってお待ちください、葵殿! すぐにお持ちします!」


フィオナがキッチンに戻った。


葵は椅子に座った。テーブルの上には、もう取り分けられた皿があった。ラム肉のステーキだった。


赤銅色の肉に、深い焼き色がついている。脂が縁で白く固まっていた。ところどころ、焼き色を通り越して黒くなっている部分がある。


葵はフォークでステーキを切った。中はちゃんと焼けている。一口、口に入れた。


ラムの脂の匂いが、舌の上で広がった。塩が少し強い。焦げた縁は、苦かった。


「美味しいよ、フィオナさん」


葵が言った。


キッチンから戻ってきたフィオナが、ぱっと顔を上げた。


「本当ですか!」


「うん」


「よかった……! 騎士たるもの、戦のあとに自ら肉を焼くもの、と聞いたことがありまして」


聞いたことがあるだけらしい。フィオナが向かいの席に座って、自分の分のステーキを切った。


ライラがテーブルの端に降りて、腕を組んだ。


「フィオナ、まだまだ」


「うっ」


「火、強すぎ。塩も多い」


「で、ですが葵殿は美味しいと……!」


「そう、愛の力で、美味しくなるのです!」


フィオナが胸を張った。ラム肉の脂が、口の端についている。


ライラがテーブルの上で、少しだけ目を細めた。


「……それは、間違ってない」


ライラが認めるのは、珍しかった。


葵はもう一口、ステーキを切った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夕食のあと、フィオナが先にお風呂に入った。


「葵殿、お先にいただきました!」


リビングに戻ってきたフィオナから、いつもと違う匂いがした。花のような、甘い香り。フィオナがそばを通ると、それがふわりと立った。


「フィオナさん、いい匂いがする」


「お、お分かりになりますか!」


フィオナが嬉しそうに胸を張った。


「天龍集団のネットスーパーに、いい香りのするものがたくさんあったので。色々と、試してみました」


赤銅色の髪が、いつもより艶やかだった。低くまとめていない、下ろしたままの髪が、灯りを受けてさらさらと光っている。


「髪も」


「これも、試してみたのです」


フィオナが髪を一房つまんで、得意げに見せた。


ライラがテーブルの端から、フィオナの髪を見上げた。


「つやつや」


「でしょう!」


そのとき、葵は玄関の脇に置かれた箱に気づいた。フィオナのものらしい。包みが一つ、開けられている。中から、淡い色の布が見えた。服のようだった。


「フィオナさん、それ」


「あ……」


フィオナが箱の前に立った。少し、もじもじしている。


「その、明日のために……町に出るのに、鎧では目立つかと思いまして」


ジャージでもないらしい。フィオナが箱から、畳まれた服を少しだけ持ち上げて、すぐに戻した。


「ま、まだ秘密です! 明日まで!」


「うん」


「葵殿に、変だと思われないか、心配で……何着か、頼んでしまいました」


箱は、一つではなかった。玄関の脇に、二つ、三つと積まれている。


「キャンセル、できなかった?」


「……はい」


フィオナが小さくなった。天龍集団の規約だった。


「いいよ。明日、楽しみにしてる」


葵が言うと、フィオナの顔がぱっと明るくなった。


「は、はい! 私、明日のために、早く休みます!」


フィオナが箱を抱えて、葵の私室の方へ向かった。途中で一度振り返る。


「葵殿! 明日は、私、頑張りますので!」


「うん。おやすみ、フィオナさん」


「おやすみなさいませ!」


フィオナは私室に消えた。ほどなくして、扉の向こうから明かりが消えた。


ずいぶん、早かった。


ライラがテーブルの上で、フィオナの消えた扉を見ていた。


「フィオナ、楽しみなんだね」


「うん」


葵はリビングの灯りを少し落とした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フィオナの部屋の明かりが消えてしばらくして、玄関が開いた。


「ただいま戻った」


アーデルだった。


「おかえりなさい、アーデル先生」


「……フィオナさんは」


「もう寝ました。明日、出かけるので」


アーデルは小さく頷いた。手に提げた紙袋を、ダイニングの椅子に置く。何かの会合の帰りらしい上着の匂いがした。


「先に風呂をもらう」


「はい」


アーデルが浴室に消えた。


葵はリビングのソファに座って、テレビをつけた。土曜の夜だった。天龍集団チャンネルが映る。ちょうど、番組の合間の予告が流れていた。


「蒼龍伝、もうすぐだね」


ライラが葵の膝に降りてきた。


「うん。第2話」


「賢者が、出てくるやつ」


「叫ぶやつ」


ライラが葵の膝の上で、ころんと丸くなった。


しばらくして、アーデルが戻ってきた。髪がまだ少し濡れている。風呂上がりのアーデルから、葵と同じ石鹸の匂いがした。


アーデルは、いつもの椅子に向かわなかった。


ソファの、葵の隣に座った。


葵は自分の座る場所が減ったことに気づいた。アーデルは葵より背が高い。肩幅も腰回りもしっかりしている。ソファの半分以上が、アーデルの側になっていた。


近い。


肩の位置が違うので、葵の肩のあたりにアーデルの腕があった。


「アーデル先生、椅子は」


「……ここでいい」


アーデルはテレビを見ていた。葵の方を見なかった。


「今日は、二人だからな」


低い声だった。


ライラが葵の膝の上で、丸まったまま動かなかった。残った隙間に押し込まれる形で、葵はリモコンを膝の横に置いた。


オーケストラが流れ始めた。金の筆文字で「蒼龍伝」と出る。


第2話が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


画面は北京の紫禁城。玉座に座った蒼煌が、窓の外の街を見下ろしている。ナレーションが流れた。


「北京を解放した蒼煌であったが、民の暮らしはなお苦しく——彼は、当代一の賢者・周瀾の名を耳にする」


「なるほど。三星将軍が仲間になるまでを描くのか」


アーデルが言った。


「さんせいしょうぐん?」


葵が顔を上げた。


「蒼鋒、珠瀾、烈焔。蒼煌の三人の将軍だ」


「あれ。今、周瀾って言ってましたよね。名前が違いますけど、何でですか」


「ああ。八つの勢力に三方向から攻められる戦争があってな。その戦で活躍して、蒼煌から名前を贈られるからだ」


ライラが、膝の上ではっと顔を上げた。


「ネタバレやめて!」


「いや、これは歴史の話であって、ネタバレではない」


「いいからやめて!」


ライラが膝の上で、ぷんと胸元の方を向いた。アーデルが、それを見て黙った。


蒼煌の傍らには、第1話で忠誠を誓った王鋒が控えている。


「民の未来を、待たせるわけにはいかぬ」


蒼煌が立ち上がった。たった一人で、城を出ていく。


「一人で行くんですね」


葵が言った。


「……側近がいるだろう」


アーデルが画面を見たまま言った。隣の体温が、葵の肩のあたりにあった。


「賢者を勧誘するのに、軍勢はいらないという演出だろうが」


画面が切り替わる。北京郊外の山麓。古い屋敷の門の前に、蒼煌が立っていた。門は固く閉ざされている。屋敷の周りに、淡く光る結界が張られていた。


蒼煌が門を叩く。返事はない。何度叩いても、屋敷は静まり返っている。


「留守でしょうか」


「いるという前提で話が進んでいるな」


蒼煌は門の前をしばらく見上げてから、踵を返した。山を下りていく。


画面が、麓の貧しい村に変わった。


家々は傾き、畑は乾いている。村人たちが、涸れた井戸の前で肩を落としていた。


「水が出ねえ……もう三日も……」


蒼煌が村に入っていく。村人の一人が顔を上げた。


「旅の方か。すまんが、この村に水はもう……」


「井戸が涸れたのか」


蒼煌が井戸を覗き込んだ。


そのとき、別の村人が言った。


「先生がいてくだされば……」


「先生?」


蒼煌が振り返る。


「ええ。近頃、流れの学者先生が、村をよく見てくださって。前の日照りのときも、あの方が水脈を当ててくだすった」


「あの方のおかげで、わしらは生きとる」


葵がソファの上で、少し前のめりになった。


画面では、村の奥から一人の男が歩いてくる。


ゆったりとした白い衣。穏やかな顔立ち。所作の一つ一つに、品があった。村人たちが「先生」「先生」と頭を下げる。男は柔らかく微笑んで、井戸の方へ歩いてくる。


葵が画面を指した。


「あの人、絶対そうですよね」


「……隠す気がないな」


アーデルが腕を組んだ。男は明らかに只者ではない歩き方をしていた。貧しい村に、一人だけ場違いに高貴だった。


男は井戸を覗き込み、地面に手を当てて目を閉じた。


「水脈が、東に逸れている。古い井戸の三十歩ほど東を掘るといい」


「東……!」


蒼煌が立ち上がった。


「俺がやろう」


蒼煌が青龍の力を込めた拳で、男の示した場所を掘る。土が大きく抉れ、やがて——水が湧き出した。


村人たちが歓声を上げた。


「先生! 旅の兄さん! ありがとうございます!」


蒼煌が、白い衣の男を見た。


「あんた、ただの学者じゃないな」


男は微笑んだだけだった。


「私は、ただの通りすがりです」


そう言って、男は背を向けた。村人に見送られながら、山の方へ去っていく。


蒼煌が、その背中を見送った。


「……感心な男だ。民のために、見返りも求めず」


「気づいてない」


ライラが葵の膝の上で言った。


「うん」


「あんなに、バレバレなのに」


葵が小さく笑った。アーデルが、その横で息を吐いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


画面が、再び山麓の屋敷の門前に戻った。


蒼煌が、また門の前に立っている。


ここで、画面に大きく字幕が出た。


『第二章 賢者を求め、一週間の叫び』


「出ました」


葵が言った。


「一週間、ですか」


「……これから一週間叫ぶということだな」


アーデルが画面を見たまま言った。


「先週、先生がツッコんでたやつですね」


「ツッコんではいない」


アーデルが腕を組み直した。葵の肩のあたりで、その腕が少し動いた。


「これは、三顧の礼を下敷きにした話だろう」


「さんこのれい?」


葵が顔を上げた。


「劉淵徳が、賢者の諸葛網明を三度訪ねて、ようやく迎え入れた故事だ。賢者を得るには礼を尽くして何度も足を運ぶ、という古い話だ」


「諸葛網明って、蜀の天才軍師ですよね」


「そうだ」


「名前だけは知ってます」


葵は少し考えた。


「じゃあ、蒼煌さんも三回訪ねるんですか」


「そのつもりで作ったんだろうが」


アーデルが画面を見た。門前の蒼煌は、一歩も動く気配がない。


「三回では地味だと思ったんだろうな。三顧の倍の六日では、収まりが悪い。それで七日にしたんじゃないか」


「七日の方が、すごそうですもんね」


「中身はない」


画面では、蒼煌が門に向かって声を張り上げていた。


「周瀾殿! 民が苦しんでいる! どうか、力を貸してくれ!」


返事はない。


雨が降り始めた。激しい雨だった。蒼煌は門の前に立ったまま、ずぶ濡れになっていく。


字幕に「一日目」と出た。


「周瀾殿! 聞こえているなら、返事をしてくれ!」


蒼煌の声に、何かが混じり始めた。悔しさのような、ものだった。


「俺の力では……足りないのか。民を思う気持ちは、こんなにあるのに……どうして、伝わらない……!」


雨に打たれながら、蒼煌が膝を折りそうになる。それでも、立ち続ける。


回想が挟まった。セピア調。大戦争で焼かれた村。倒れた人々。幼い子供が、蒼煌の腕の中で動かなくなる。


ナレーションが流れた。


「あの日、彼は誓った。もう二度と、民の涙を見ぬと——」


葵が画面を見ていた。


「……かわいそうですね」


「演出だ」


アーデルが言った。だが、葵は画面から目を離さなかった。


「民のために泣いてるの、本当に伝わってきます」


「役者は泣くのが仕事だ」


字幕が「二日目」「三日目」と進む。雨はやまない。蒼煌の声はかすれ、それでも止まらない。


「民は……今も……苦しんでいる……!」


「三日、飲まず食わずだとナレーションが言っているが」


アーデルが腕を組んだ。


「人間は水を飲まずに三日が限界だ」


「蒼煌さんは青龍の力があるので、平気なんだと思います」


「青龍は水分を供給しない」


四日目。雨が、雪に変わった。


「あ、雪」


葵が言った。


「十月の北京近郊なら、雪が降ることもあり得る」


アーデルが言った。


「でも?」


「雨が三日続いて、雪が三日。しかも交互だ。都合がよすぎる」


画面の蒼煌は、雪の中で凍えていた。唇が紫色になっている。それでも座らない。


「この雪も……民の涙だ……一緒に、世界を変えよう……!」


「五日目」「六日目」と字幕が続いた。


ライラが葵の膝の上で、画面をじっと見ていた。


「あの人、死んじゃう」


「ドラマだから」


「でも、つらそう」


ライラが小さく丸まった。葵がその上に、そっと指を添えた。


アーデルが、横で一度、息を吐いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


字幕が「七日目」になった。


雨と雪が、交互に降っている。極寒の朝だった。蒼煌は門の前で膝をつきかけ、それでも立ち上がろうとしている。青龍の紋章だけが、額で弱々しく光っていた。


そこへ、遠くから蹄の音が響いた。


魔科義勇軍の残党と、略奪者の集団が現れる。先頭の男が、馬上で笑った。


「あのボロボロの男など放っておけ! まずは村の民を皆殺しだ! 賢者の屋敷も焼き払え!」


アーデルが画面を見たまま言った。


「賊は、なぜ山の上にいる」


「村に行く近道だったんじゃないですか」


「わざわざ何もない屋敷の前を通る近道があるか」


村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。なぜか、その村人たちも山の上にいた。


蒼煌の目が、かっと見開かれた。


「民を……狙うな……!」


次の瞬間、蒼煌の体から青龍の力が爆発した。


七日間ボロボロだったはずの体が、嘘のように動く。咆哮とともに、略奪者の魔科兵器が次々と吹き飛んだ。馬が宙を舞い、兵が地面に叩きつけられる。


「すごい、急に元気になりました!」


葵が前のめりになった。膝の上のライラも一緒に傾く。


「七日間、飲まず食わずだったはずだが」


アーデルが画面を見たまま言った。


「民を守らなきゃって思ったら、力が湧いてきたんですね」


「さっきまで膝をついていた」


蒼煌は無双していた。略奪者の集団が、面白いように吹き飛んでいく。スローモーションがかかり、魔科爆発のエフェクトが画面を埋めた。


略奪者が、みるみる減っていく。残るは、頭目ただ一人になった。


その瞬間——蒼煌の動きが、止まった。


膝が折れる。剣を支えに、かろうじて立っている。さっきまでの力が、嘘のように消えていた。


「……っ、ここまで、か……」


「あ、力尽きちゃいました」


葵が言った。


「最後の一人でか」


アーデルが眉を寄せた。


「さっきまで百人吹き飛ばしていただろう」


「最後の一人が、よっぽど強い相手なんだと思います」


「ただの頭目だ。雑魚だと自分で言っていた」


頭目が、ボロボロの蒼煌に剣を振り上げる。


「死ねえ! 青龍の化身めえ!」


蒼煌は動けない。


そのとき——屋敷の門が、大きく開いた。


白い衣の男が、結界を解いて飛び出してくる。


「あ」


葵が声を上げた。


「さっきの人」


村で水脈を当てた、あの「先生」だった。穏やかな顔の青年——周瀾が、雨と雪の中を、傘も差さずに歩いてくる。


「やっぱり賢者だったんですね!」


「最初からそう言っている」


アーデルが言った。


画面の蒼煌が、かすれた声で言った。


「あなたは……あの時の……」


「気づいてなかった」


ライラが膝の上で言った。


「うん」


「村のみんな、先生って呼んでたのに」


葵が小さく笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


周瀾が、優雅に手をかざした。


その瞬間——どこからか、また略奪者の集団が大量に現れた。さっき蒼煌が吹き飛ばしたはずの数より、明らかに多い。


「まだ敵がいたんですね」


葵が言った。


「さっき全部倒しただろう。なのに増えている」


アーデルが言った。


周瀾の量子仙法が展開された。淡い光の刃が舞い、魔科兵器が次々と無力化されていく。略奪者たちが悲鳴を上げて吹き飛び、退散していった。


「先生、強いです」


「賢者ではなかったのか」


アーデルが腕を組んだ。


「知恵者のはずだが、なぜか前線で戦っている」


戦いが終わると、蒼煌が力尽きて膝をついた。周瀾が、雨と雪の中を歩み寄る。傘も差していない。


「七日間、飲まず食わずで民のために叫び続け、限界を超えてもなお民を守るために戦うとは」


周瀾が、静かに言った。


「君は本物の、愚直な聖人だな」


葵が画面を見ていた。


「いい言葉ですね」


「七日間見ていたなら、もっと早く出てくればよかっただろう」


アーデルが言った。葵が少し笑った。


周瀾が、蒼煌に問いかける。


「天下統一の後、どうする気だ?」


蒼煌が、かすれた声で、それでも笑った。


「まだ……考えていません。しかし、あなたがいれば……民が笑う世界を、考えられるはずだ……」


周瀾が、小さくため息をついた。それから、優しく微笑む。


「ならば、ただ国を取るだけでは終わらない。魔科と神魔の力を、支配ではなく、民に豊かさを与える形に。それを——『企業』と呼ぶのはどうだ」


画面に、荘厳な音楽が流れ始めた。


「その名を……天龍集団と、名付けることを提案する」


「天龍集団って、ここで決まったんですね」


葵が言った。


「会社の名前が、雪の中で決まったことになっているな」


アーデルが画面を見たまま言った。


場面が切り替わる。数日後。回復した蒼煌が、紫禁城の広間に立っていた。傍らに王鋒。その前で、周瀾が片膝をつく。


「これより私は、蒼煌様の配下として、民のために策を練りましょう」


蒼煌が頷いた。


「頼む、周瀾」


画面では、雨上がりの空に、巨大な青龍の幻影が浮かんでいた。ナレーションが流れる。


「こうして、青龍の聖人と当代一の賢者の出会いが、天龍集団の基盤となった。民を守るために自らを顧みぬ蒼煌の姿に、天もまた涙した——」


主題歌のサビが流れ始めた。男性ボーカルが「蒼き龍よ、吼えろ!」と歌い上げる。


次回予告が始まった。


「第三章 炎の守将 ~華中の烈火と運命の出会い~」


「来週も、見ますか」


葵が言った。


アーデルが、少し間を置いた。


「……烈焔が、どう仲間になるか気になるだろう」


ライラが、胸元でぴくりと動いた。


「ネタバレ!」


「……これは予告から分かることだ」


「やめて!」


葵が小さく笑った。


画面が暗転し、エンドロールが流れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おやすみなさい、アーデル先生」


「ああ」


葵がソファから立ち上がる。アーデルは座ったまま、消えたテレビをしばらく見ていた。それから、傍らに置いていた本を開いた。


ライラが、最後に葵の胸元で、一度だけ静かに揺れた。

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