第111話 ジャハンナムの業火
ボスの階層が近づいていた。
地鳴りが足の裏から伝わり、階段を降りるごとに空気が重くなっていった。肩のバクが青白い光をいつもより濃く広げていたが、それでも熱が肌に届くようになっていた。
階段が終わった。
正面に高い扉があった。黒い金属に古代アラビア風の文様が刻まれ、その溝に赤い光がゆっくりと脈打っている。
セレンが葵の隣で立ち止まった。何も言わなかった。茜も後ろで立ち止まり、ドミニオンの光が静かに旋回している。
葵は二人を見て、扉に手をかけた。
重い音が岩肌に響いた。
扉が開いた。
熱波が押し寄せ、バクの青白い光が一瞬縮んでから、またゆっくりと広がった。黒曜石と溶岩が固まったひび割れた大地が広がっていた。床のひびから赤黒いマグマが泡立ち、天井では溶岩の滝が逆さに流れている。崩れた古代神殿の柱の隙間に、炎のルーンが浮かび、一つが爆ぜて火の粉を撒き散らした。
煙と硫黄の匂いが肺に届いた。
床のあちこちに、赤い円陣が描かれていた。円形の文様が低く脈を打っている。葵はしばらくそれを見ていた。
セレンが扉の脇に立っていた。腕を組んで、ガントレットの留め金に手を置いている。何も言わなかった。
茜がその斜め後ろに立ち、ドミニオンの光が茜の周囲だけを守る形に変わっていた。
二人は、見守る側に回っていた。
葵が堕星の黒翼杖を握り直した。ライラが胸元から飛び出して、葵の頬に触れた。
(葵、いくよ)
「うん」
遠くから低い咆哮が聞こえた。笑い声のような、含み笑いのような響き。岩肌が震えた。
葵が、一歩、踏み出した。
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岩盤が低く震えた。
ボスフロアの奥に、影が立ち上がった。黒い煙の柱が渦を巻きながら形を取っていく。太い四肢。広い肩。湾曲した二本の角。背中から、炎で出来た翼が左右に広がった。
巨大な炎の巨人が姿を現した。
身長は八メートルを超えていた。赤黒い肌の隙間から橙色の光が漏れ、煙が絶えず肩から立ち昇っている。黄金の目が葵を見下ろした。
神魔解析録が、視界に表示する。
イフリート。
咆哮がボスフロアを揺らした。岩肌が震えるほど低く、長い唸り。火の粉が口から散った。
葵は堕星の黒翼杖を、剣の形に変えた。肩のバクが葵の頭の上に移った。
ライラが葵の前で止まった。
(葵、強敵だよ)
「うん」
(私の言うとおりに、動いて)
「うん」
葵の中で、何かが切り替わった。
ライラの呼吸と葵の呼吸が、同じになっていた。
イフリートが両手を広げた。手のひらに、拳大の火球がいくつも生まれた。ひとつ、ふたつ、十、二十。
数えるのを、葵はやめた。
火球が放たれた。追尾しながら迫ってくる。
ライラの示すままに、葵は剣を弓に切り替えた。黒い宝石が青白い光を帯び、弓自体が凍りついた。氷の矢を番え、ライラの揺れに合わせて、五本を続けて放った。
左の三本、右の二本——火球が空中で凍りつき、砕けていく。
残りの火球が、追尾を続けて迫ってきた。肩のバクが目を青く光らせ、氷槍が扇状に飛んだ。追尾性能を上回る速度で、火球を一つずつ貫いていく。
蒸気が上がった。
火球が、止んだ。
ボスフロアの空気が、わずかに重くなった。
イフリートが右腕を伸ばした。腕が炎の鞭になった。長大な、何メートルもある鞭が、横に薙いだ。
ライラを感じながら、葵が伏せた。
鞭が頭上を通り過ぎ、熱波が髪をなぶった。
立ち上がる動きの中で、葵はすでに次の予感を体に取り込んでいた。
イフリートが煙に変わった。
赤黒い体躯が瞬時に黒い煙に解け、三方向に散る。三体の分身が姿を現した。全てが、同じ赤黒い体躯。同じ黄金の目。同じ角。
葵が三体を見比べた。
ライラの中で、真ん中の一体だけが、はっきりと立っていた。
葵が剣に切り替えた。弓の凍りが剣身に移り、剣が青白く凍りついた。
地面を蹴る。
真ん中のイフリートに距離を詰めた瞬間、両側の分身が火炎を吐いた。
跳んだ。
炎が、葵がいた場所で交差した。
空中で葵が剣を振り下ろし、真ん中のイフリートの肩に刃が入った。赤黒い肌が瞬時に凍りつき、煙が白く凝固する。
イフリートが咆哮を上げた。
本物だった。
両側の分身が、煙に戻って消えた。
葵が地面に着地した。息がわずかに上がっていた。バクの冷気が頭上から流れ落ちる。
イフリートが右足を上げた。
巨大な足が地面を踏みつけた。放射状に、溶岩の波が葵に向かって走ってきた。
葵が地面を強く蹴った。
溶岩の波が葵の足の下を通り過ぎる。
空中で、ライラが葵の前で何かを見ていた。
(あれ)
ライラが床を指した。
赤い円陣が、複数の場所で脈を打っている。一番近い円陣が、強く赤く明滅していた。
(あれを壊すと、止まる)
葵が空中で剣を構えた。着地と同時に、円陣に向かって走る。
イフリートの両手から、また火球が生まれ始めた。
ライラの示す方向に、葵は剣を振り上げた。円陣の中央に剣を突き立てる。凍りついた刃が、赤い文様を貫いた。
ひびが走った。
円陣が砕けた。
イフリートの動きが、止まった。
両手の火球が生まれかけたまま、消えた。
ボスフロアの熱が、わずかに引いた。
葵が剣を引き抜いた。
息を整えた。
ライラが葵の頬に触れた。
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イフリートが再び咆哮した。
最初の咆哮よりも、低く、長かった。ボスフロアの空気が震えた。赤黒い肌から漏れていた光が、強さを増した。
熱波がボスフロア全体に広がった。
バクの青白い光が一瞬縮んでから、また広がる。今度は葵の周りだけを守る形に縮んでいた。
イフリートが両腕を広げた。
床の溶岩が湧き上がった。五つの場所から、溶岩が立ち上がり、人型に近い形を取っていく。腕、脚、頭。五体の溶岩ゴーレムが生まれた。
葵が剣を構えた。
ライラの揺れに合わせて、バクの氷槍が右の三体に向けて飛んだ。胴を貫いて崩れ、首から砕け、膝を凍らせて止まる。
葵が地面を蹴った。
凍りついた剣で、三体目の溶岩ゴーレムを斜めに斬り抜ける。
左の二体が葵に迫ってきた。
ライラを感じながら、葵が跳んだ。空中で剣を二度振り、二体の頭蓋を上から割る。
着地した。
五体の溶岩ゴーレムが、全て崩れた。
イフリートが上を向いた。両腕を天に伸ばす。
煙と炎がボスフロアの天井に向けて立ち上がり、ドームの形になった。赤い光が、ドーム全体からボスフロアに降ってきた。
熱が肌に刺さった。葵の額に汗が浮いた。
バクの青白い光が、ドームの圧に押されて薄くなっていく。
(円陣、あと三つ)
ライラが三方向を指した。
葵が走った。
一つ目の円陣に剣を突き立てる。ひびが走った。ドームの一部が薄くなった。
二つ目の円陣まで、距離があった。
イフリートが両手に火炎の剣を生み出していた。赤黒い、巨大な剣。二本。
ライラの示す方向に、葵は走りながら右にずれた。火炎の剣の一本が葵の左を通り過ぎ、地面が深く抉られた。
二つ目の円陣に辿り着き、剣を突き立てる。円陣が砕けた。
ドームが揺らいだ。
三つ目の円陣は、左奥に残っていた。
葵が左に走った。
イフリートが、二本の火炎の剣を十字に振り下ろした。
ライラを感じながら、葵が伏せた。そのまま、左に転がる。
十字の斬撃が葵がいた場所で交差し、地面が放射状に裂けた。
葵が立ち上がった。膝にわずかに痛みが残った。
三つ目の円陣に、距離がまだ残っていた。
(バク)
ライラが頭上のバクに、初めて指示を出した。
バクが目を強く光らせる。氷の濁流が、三つ目の円陣に向けて放たれた。
円陣に氷が叩きつけ、ひびが走り、砕けた。
ドームが消えた。
赤い光がボスフロアから引いた。
熱が、わずかに引いた。
葵が息を整えた。肩で呼吸をしていた。
イフリートが、二本の火炎の剣を振り上げた。
咆哮がボスフロアを揺らした。
煙がイフリートの体から噴き出し、赤黒い肌の隙間から、橙色の光がより強く漏れ始めた。
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イフリートが煙を全身から噴き出した。赤黒い肌の隙間から、橙色の光がボスフロア全体を染めるほど強くなった。
両手の火炎の剣が巨大化し、背中の翼が広がった。
天井に、赤い光の輪がいくつも生まれた。
天井から、火の隕石が複数、落下してきた。着弾点に、赤い予兆円が床に現れる。
ライラの示す方向に、葵は踊るように動いた。
右、右、左、と避け続け、四つ目の予兆円の前で、跳んだ。
隕石が四つ、ほぼ同時に着弾した。炎の柱が四本、立ち上がり、ボスフロアが揺れた。
空中で、葵が次の動きを取り込んでいた。
着地と同時に転がり、左に逃げる。
五つ目の隕石が、葵がいた場所に落ちた。
葵が立ち上がった。息が上がっていた。バクの冷気が頭上から流れ落ちる。
イフリートが両手を、ゆっくりと胸の前で交差させた。
赤黒い体が内側から光った。
葵の視界が、揺らいだ。
ボスフロアが消えた。
代わりに、見覚えのない場所が広がった。白い部屋だった。何もなかった。誰もいなかった。
葵はそれを、見ていた。
何の感情も、起きなかった。
怖いとも、思わなかった。
逃げようとも、思わなかった。
ただ、視界に映ったものを見ていた。
白い部屋にひびが入った。ガラスのように、砕けた。
ボスフロアが、戻った。
イフリートが、動きを止めた。
両手の交差がほどけた。黄金の目が、葵を見つめ直した。赤黒い体が、わずかに後退した。
何か、精神に届く攻撃だったのかもしれない。
僕には効かなかったようだ。
葵はそう思った。ただ、それだけだった。
(葵、今)
ライラが、初めて、声を強めた。
葵が地面を蹴った。
イフリートとの距離を、一気に詰める。イフリートが、まだ動揺を残したまま、火炎の剣を振り下ろそうとした。
(最後の円陣、あれ)
ライラがイフリートの足元を指した。
赤い円陣が、一つ、まだ残っていた。最も大きな円陣。イフリートの体が立っている真下。
葵が剣を構えた。イフリートの脚の間を、低く、走り抜ける。
円陣の中央に剣を突き立てた。
ひびが走った。
円陣が、深く、長く、砕けた。
イフリートの体が傾いた。両足から、橙色の光が抜けていく。体躯が、わずかに、縮んだ。
咆哮がボスフロアを揺らした。今度は長く、悲鳴に近かった。
イフリートが、両手の火炎の剣を頭上に高く掲げた。
最後の力を、集めていた。ボスフロア全体に、溶岩の海を作るつもりだった。
(バク、上)
ライラが頭上のバクに、指示を出した。
バクが目を、最大に光らせる。氷の濁流が、天井に向けて噴き出した。ボスフロアの天井に、氷の層が広がる。
イフリートの炎が、天井の氷に阻まれた。
熱が滞った。
(心臓)
葵が地面を蹴った。
剣の凍りが強くなる。剣身が、青白く、強く光った。
イフリートの胸に剣を突き立てた。
刃が、入った。
凍りが胸の内側で広がっていく。イフリートの体の内部の橙色の光が、白く凝固していった。
イフリートが咆哮を止めた。
両手の火炎の剣が消えた。背中の翼が煙に戻った。体が凍りついていく。
剣を、引き抜いた。
イフリートが後ろに倒れた。ボスフロアに、長い音を立てて崩れた。
赤黒い体が灰色の氷に覆われた。ゆっくりと、形を失っていく。最後に、煙になって、消えた。
ボスフロアの熱が引いた。
床のひびから漏れていた赤い光が、静まっていった。
葵は剣を握ったまま、しばらく立っていた。肩で、息をしていた。膝が、わずかに震えていた。
バクが頭の上で、短く鳴いた。青白い光が薄くなった。
ライラが葵の前で、止まっていた。葵の頬に触れた。
何も言わなかった。
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ボスフロアが静かになった。
バクが葵の頭の上から、肩に戻ってきた。青白い光をまた広げる。熱が、すっかり引いていた。
葵は剣を、杖の形に戻した。黒い宝石が淡く光を返している。
ライラが葵の胸元に戻ってきた。葵の制服の襟の中に、小さく収まる。
足音が、後ろから近づいてきた。
セレンと茜が葵の脇に並んだ。セレンの腕は、組まれたままだった。茜のドミニオンの光は、葵の足元まで広がっていた。
「葵」
セレンが口を開いた。戦闘前の最後のひとことから、初めての声だった。
「これ、どうする」
セレンが地面を指した。
イフリートが消えた跡に、二本の黒い角が転がっていた。湾曲した形が、まだ熱を帯びている。その隣に、赤黒く脈打つ結晶。
神魔解析録が、視界に表示した。
イフリートの角。
イフリートの魔核。
葵が、二本の角と魔核を見た。
「……ドロップ、どうしよう」
「あなたが管理して」
セレンがそれだけ言った。
「私、お金はそんなに要らない」
茜が葵の手を握った。
「私もいいわよ。……お財布は1つ、ね?
でも、セレンとエリサベット先輩の分は別にしてね」
葵がしばらく考えた。
「……分かった」
「換金は」
セレンが聞いた。
「70層が終わってから、まとめて」
葵が答えた。
「イレム先輩のところに、持っていくんだ」
セレンが、頷いた。
葵が戦闘服のマジックバッグを開いた。角と魔核を、慎重に納める。熱は、ポーチに入った瞬間に遮断された。
セレンが葵の腰のあたりを見た。
「……それも、便利」
「うん。蒼玲先輩が、用意してくれた戦闘服に、付いてた」
セレンが、何も言わなかった。
しばらく、誰も何も言わなかった。
セレンがボスフロアの中央を見ていた。イフリートが立っていた場所。灰色の氷の跡が、まだ床に残っている。
「……分かった」
セレンが低く言った。
葵が顔を上げた。
「あなたたちを止めるのは、難しそう」
茜が葵の手を握ったままだった。セレンを、横目で見た。
「……でも」
セレンの声が、少し低くなった。
「死なないように、ダンジョンには着いてく」
葵がライラを見た。
ライラは葵の襟の中で、動かなかった。
「ありがとう、セレン」
葵がそれだけ言った。
セレンが、目を細めた。何も言わなかった。
茜が葵の手を、少しだけ強く握り直した。セレンを、もう一度、横目で見た。何も言わなかった。
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転移石の間に、戻った。
転移石が、青白く光った。1層へ。
1層に戻った。
入口の広間に、人影があった。ダンジョン部の男子たちが、全員揃っていた。
颯が葵を見つけて手を上げた。
「葵、戻ったか!」
葵が近づいた。ライラが、襟の中から、少しだけ顔を出した。
「うん。みんなは、どこまで?」
「19層」
颯が得意げに答えた。
「10層ボスのトゥルダクは、エリックがいるから楽勝だった。今、19層を探索中。ボス前ってことだな」
リオが、後ろで小さく頷いた。マルコが腕を組んでいる。
「俺は20層くらいで止めたいんだけど、颯が止まらないんだよ」
タヴィタが、にやりと笑った。
「素材、結構出たぞ。葵に渡して換金してもらおうって、みんなで話してた」
葵が頷いた。ダニエルがリュックの中の素材を見せた。
エリックが、腕を組んで立っていた。
「お前たちはどこまで」
エリックが葵に聞いた。
「60層」
葵が答えた。
エリックの腕が、一瞬、ほどけた。
「……60層」
「うん」
「ボスは」
「倒した」
エリックがしばらく黙った。男子たちも、黙った。
「……お前、本当にやるな」
エリックがそれから、笑った。
颯が葵の肩を叩いた。
「お前、すごすぎだろ。俺たち、1層のスライムで、エリックがやらかしたんだぜ」
葵がエリックを見た。
エリックが、咳払いをした。
「あれは、不運だった」
「何があったの?」
葵が聞いた。
颯が、にやりと笑った。
「リオが最初に1層のスライム見て、固まっちまったんだよ。俺もちょっとびびったし、マルコもジャックも、まあそんな空気でさ」
リオが顔を赤くした。マルコが横を向く。ジャックが頭を掻いた。
「そしたらエリックが、落ち着け、敵は弱い、最小限の力で戦うんだ、って言って」
颯がエリックの真似をした。胸を張って、腕を組む。
「テネブラ・サギタ、ってかっこよく闇の魔法、撃ったんだよ」
エリックがまた咳払いをした。
「で?」
葵が聞いた。
「スライム、倒れなかった」
颯が笑った。
「エリック、馬鹿な、って言ったんだぜ。本当に、馬鹿な、って」
リオが口元を押さえて笑っていた。マルコが首を振る。タヴィタが手を叩いた。
「あれは」
エリックが低く言った。
「あのスライムが、たまたま闇耐性を持っていただけだ。ダンジョンで稀に出る変異種。俺の魔法が悪かったわけじゃない」
ユースフが胸を張った。
「最小限の力だ、テネブラ……」
カイが続けた。
「最小限の力だ、テネブラ……」
ダニエルも真似した。
「最小限の力だ、テネブラ……」
男子たちが次々に真似をした。リオまで、小さく口を動かしていた。エリックの口真似が、ダンジョン部の合言葉になっていた。
エリックが額に手を当てた。
「お前ら、いい加減にしろ」
颯が笑いながら頷いた。
「で、結局、俺がシナツヒコの風で吹き飛ばして倒した」
リオも頷いた。
「颯くん、すごかった」
エリックがまた腕を組んだ。何も言わなかった。
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少し離れた場所に、葵がエリックを呼んだ。
「エリック、ちょっと」
「なんだ」
エリックがついてきた。
葵がエリックを見上げた。ライラは襟の中で、動かなかった。
「ありがとう」
「……何が」
「最初に、わざと、スライムで失敗してくれたんでしょ。みんなが、エリックに気を遣わなくなって、打ち解けられたよ」
エリックがしばらく葵を見ていた。
それから、目を逸らした。
「……まあ、そういうことだ」
葵が頷いた。
「ありがとう、エリック」
エリックが目を逸らしたまま、頷いた。何も言わなかった。
葵が男子たちのところに戻った。
エリックがしばらくその場に立っていた。それから、ゆっくりと、男子たちの方に歩いてきた。
「行くぞ。今日はもう、学園に戻る」
葵が頷いた。
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ダンジョンの入口を出た。
フレデフォートの空が、青く高く澄んでいた。朝の光が、まだ岩肌に残っている。
葵が空を見上げた。
「明日、70層だね」
茜が葵の隣で頷いた。セレンも少し遅れて頷いた。
転移ゲートをくぐった。




