第106話 堕星の黒翼杖
「明日のスタディホールでダンジョンに行こう」
颯が言った。
「葵チーム以外は初回だから、全員で10層攻略を目指す。感触を確かめるんだ」
みんなが頷いた。それで解散になった。
廊下に出ると、茜が葵の隣に並んだ。
「ねえ、勉強......一緒にしたいんだけど」
「うん、一緒に勉強しよう」
「私もいい?」
セレンだった。茜がセレンを見た。目が細くなった。
「茜、いじわるだよ」
茜が葵を見た。それから前を向いた。
「……分かったわ」
三人で図書室に向かった。午後の光が窓から斜めに入って、テーブルの上に細長い影を作っていた。教科書を広げる。ページをめくる音だけが続いた。
放課後になった。
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鍛冶部の扉を開けた。
熱気が来た。
アリアがいた。朝と変わらず、黒いタンクトップ。
汗が首筋から鎖骨に伝って、胸の谷間に滴っている。脇から腹筋にかけて薄く光っていた。タンクトップが背中に張り付いていた。
「来た」
短く言った。
テーブルの上に、それがあった。
黒い杖だった。全長は葵の身長より少し短い。芯のあたりに、黒い宝石が埋め込まれている。光を吸い込むような黒さだった。
「この武器の名前はなんですか」
「堕星の黒翼杖」
葵はその名前を口の中で繰り返した。
「この武器は剣、ナイフ、拳銃、弓などに変形できる。あらゆる武器になれる」
「すごいですね」
手を伸ばしかけた。
「触ってみてもいいですか」
「まだ」
アリアが葵の真正面に立った。
黒いタンクトップは汗を吸って肌に張り付き、胸の谷間をくっきりと浮かび上がらせている。
首筋から鎖骨へ、さらには胸の膨らみの間へと、汗の粒がゆっくりと伝い落ちていた。
「動かないで」
短く告げると、アリアは両手を伸ばした。
左手が葵の胸の中央にぴたりと当てられる。
熱く湿った掌が、布越しに心臓の鼓動を直接感じ取るように押しつけられた。
右手は背中に回り、肩甲骨のあたりを強く抱き込む。
汗まみれの二の腕が葵の脇腹に密着し、脇の熱と湿り気がダイレクトに伝わってくる。
アリアの胸が、葵の顔にぐっと押しつけられた。
タンクトップと制服の間を、熱い汗が一筋、ねっとりと伝う。
アリアの腹部が密着し、鍛えられた腹筋の動きがはっきりと感じられた。息をするたびに、汗の匂いと鉄の匂いと、女性の甘い体臭が混じり合って葵の鼻腔を満たす。
葵は微動だにしなかった。
アリアは何も感じていない様子で、わずかに体を揺らしながら何かを確かめていた。
汗が滴り落ち、葵の鎖骨の窪みに溜まるのも気に留めず、ただ作業に没頭している。
「……完了」
ようやくアリアが離れたとき、葵の制服の胸の部分はアリアの汗でびしょ濡れになっていた。
「今のは何ですか」
「魂への登録。魂晶鉄製の武器は術者の魂と紐付けられる。これであなた以外には使えない。
あと、魂に収納して、呼び出せる」
魂に収納、よく分からないが、凄い。
「夢の中でも召喚できますか?」
「魂に紐付いているから、持ち込めるはず」
葵は手のひらを見た。意識すると、自分の中に何かが増えた感覚があった。重くはない。ただ、そこにある。
召喚と送還を試してみた。
戦闘中でも問題なく可能そうだった。
「演習場に行く」
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演習場に出ると、夕方の光が砂地を斜めに染めていた。的が並んでいる。
「変形させてみて。剣から」
葵が意識した瞬間、杖が動いた。黒い刀身が伸びていく。一秒もかからなかった。
剣だった。
素振りした。手応えがある。軌跡が空気を裂く。悪くない。でも知っている感触だった。訓練で使ってきた剣と、大きくは違わない。
「ナイフ」
刀身が縮んだ。片手に収まる大きさになった。的に投げた。刺さった。近距離なら使える。遠くには届かない。
再召喚して手元に戻した。
「弓」
形が変わった。黒い弓が手の中にある。矢が自動で生成された。引いた。放った。的の中心に刺さった。
「構えが甘い」
アリアが葵の背後に回り込んだ。
後ろからぴったりと体を重ねるように密着する。
汗で濡れたアリアの胸が、葵の背中にぐっと押しつけられた。
「こう。腰を落として、弓を体の一部に……」
「こうですか?」
「そう、次は拳銃」
コンパクトな形になった。引き金を引く。黒い光が飛んだ。的に穴が開いた。
一通り試し終わって、葵は杖形態に戻した。
砂地に風が吹いた。的が揺れる。
「先輩、この武器の変形機構はとてもすごいと思います」
「うん」
確かに変形機構はすごい。
だが最強の武器と言うにはそれぞれの武器の性能は普通のような気がした。
「その、攻撃力を引き出す方法を教えていただけます?
うまく使えていないかもしれなくて」
「現状、十分に引き出せている」
葵は剣形態に戻した。もう一度素振りした。やはり、知っている感触だ。
「......正直に言うと普通の性能に感じます。
最強の武器の力を引き出せていないのでは?」
「それでいい」
アリアが頷いた。意外なほどあっさりしていた。
「でも」
アリアが的を見た。
「前持っていた銃より、近距離が強い。演算補助も上だ。
杖より近距離と遠距離が両方強い。
剣より遠距離と魔法演算が上回っている」
葵は手の中の杖を見た。
一本で、全部をこなしている。
剣として使える。弓として使える。拳銃として使える。杖として使える。
それぞれが今まで持っていた武器を、何かしらの面で超えている。
「……なるほど」
「量産品レベルだけど、今までのあなたの武器を上回っている部分が必ずある」
「それで最強の武器なんですね」
「今は、ね」
アリアが葵を見た。
「その武器は理論上、無限に強くなれる。倒した敵の魔力と素材を取り込んでいくから。最終的に全形態で最高の武器になる」
葵は黒い宝石を見た。光を吸い込んでいる。今は小さい。でもこれが、いつか——。
「成長する武器、ということですか」
「そう。それがコンセプト」
「素材は先輩に持っていけばいいですか」
「うん。でもあなたもメンテナンスくらいはできるようになった方がいい」
アリアが腕を組んだ。
「鍛冶部に入りなさい。メンテナンス、教えてあげる」
「ありがとうございます」
葵はアリアを見た。
「一緒と言ったらなんですが——先輩の最強の武器作り、協力させてください」
アリアが少し黙った。
「……いいよ」
短かった。
夕方の光が、黒い宝石の表面を照らした。何も反射しなかった。ただ、吸い込んでいた。




